62 かなり重い珪の事情・・・
さて、どうしようか。静かに怒っている秀勝おじさんを見てから、視線だけで珪のことを見る。珪も器用に方眉をあげて合図を寄越した。
「伯父さん、舞も困ってますから、それぐらいにしておいてあげてください」
「だがな珪一。これは大した侮辱じゃないか。お前のことはいいとしても、舞子のことまで疑っているということだろう。妻のことを信じられないというのなら、一緒にいない方がいいのじゃないかね」
秀勝おじさんの言葉に蒼褪める夫。・・・そのまま私に視線を向けてきたけど・・・。
おじさん。どうしてカオスを作り出したのさ。私は旦那の言葉に驚いたけど、大いなる誤解があるだけだと判っているからさ。
目の端に珪が大きくため息を吐いたのが見えた。
「だから伯父さん。あんまり浩輝さんをいじめないでください。これ以上勘違いを拗らせさせないでくれよ」
「いやいや、ここははっきりさせた方がいいのじゃないかい。舞子のこれからのためにもね」
だから、おじさん。旦那を追い込まないでください。
「あり得ないことを話したってどうしようもないだろ、おじさん。俺と舞はどうにもなりようがないんだから」
「あの、ちょっといいですか」
珪とおじさんの会話に尚人が割り込んだ。
「前々から聞きたかったんですけど、珪さんは母の事どう思っているんですか」
「大切な女性だよ」
私は頭を抱えたくなった。
・・・おい。即答でそれって誤解を増長するだろ。
「じゃあ、父の立場を奪いたいと思ったことは」
「それはないな」
「はっ? どこがだよ。あの態度でよくそんなことが言えるな」
珪が尚人の言葉に意味がわからずに、私の方に視線を寄こした。いや、私も判らないから。
「だってそうだろ。学校から帰ったら二人が仲睦まじい感じでいたんだぞ。実は引き裂かれた恋人だったって言われた方が納得するだろ」
思わず顔の前で手を振ったら、珪も同じ動作をしているのが目に入った。
「いやいや、ないない。あり得ないから」
「そうだぞ、尚人君。もし昔恋人だったのなら、引き裂かれる前に自分の物にしているから」
「おい、珪」
「本当のことだろ。手放して後悔するのは一度でいい」
珪の言葉に私は頷いた。まあねぇ~、あそこで恋人を連れ戻しに行っていれば、今とは違った未来に・・・。今言っても仕方がないんだけどね。
それをどう取ったのか、尚人が険しい顔をして言葉を続けた。
「じゃあ、なんでだよ。なんで母さんは珪さんのことにあんなに一生懸命になるんだよ。別れた恋人が産んだ子供との仲を、取り持つなんておかしいよ。今はそんな気がなくても、前は珪さんのことを思っていたと言われた方が納得するんだよ」
尚人の言葉に、言葉が詰まる。それは私が軽々しく言ってはいけないことだもの。どうしようかと思ったら、呆れたような珪の声が聞こえてきた。
「なんだ舞、話してないのか」
「勝手に話すわけにいかないでしょ」
珪のことを睨みつけたら、苦笑が返ってきた。
「夏葉ちゃんには早い話かもしれないかな」
と、呟くように言ったあと、微苦笑を浮かべたまま話し出した。
「浩輝さん、尚人君、解っているとは思うけど、俺は舞に頭が上がりません。今までに何度も舞に助けられています。今こうして生きていられるのも舞のおかげです」
「そんな大げさな」
「舞、茶化すな」
つい口を挟んだら、珪に睨まれた。
「へいへい」
返事をしたらもっと睨まれた。・・・というかここで言う気か、珪さんや。
「俺は大学の時に結婚まで考えた女性がいました。彼女は俺より一つ上で、俺には勿体ないくらいの女性でした。だけどある日、彼女から急に別れを告げられ、そのすぐ後彼女と連絡が取れなくなりました。彼女の友人達に訊けたのは、家の都合で大学をやめて実家に戻ったということだけだった。その時どうしていいか分からずに俺が動けずにいたら、舞が代わりに動いてくれたんだ。最初は舞とも会ってくれなかったそうだけど、しばらくして彼女から舞に連絡が来て、舞が彼女に会いに行ったそうです。そこで舞は彼女が俺の子供を産んだことと、家のために嫁ぐことが決まっていると告げられたそうでした」
ここで珪が言葉を切った。夫と息子は場所が場所なので周りを見回している。でも、珪はそんなことに構わずに言葉を続けた。
「彼女は子供を実家に置いて嫁いだそうです。舞はその話をしばらくは俺に黙っていました。本当は話すつもりはなかったのだと思います。俺があんなバカをやらなかければ」
珪はあの時のことを思い出したのか溜め息を吐き出した。
「俺は彼女がいなくなってから荒れた生活を送っていました。そのせいですかね、俺は罰を受けたのだと思います。大学3年の冬に事故に遭いました。かなりひどい状態でしたが、一命は取り留めました。命は助かりましたが、その時医者に言われたことがあります。それはこれから子供は持てないだろうということでした」
この言葉に夏葉は口元に手を当てて、息を飲み込んでいた。夫と息子も顔色を悪くしていた。
「それを聞いた俺は絶望しました。自殺を考えて何度か行動に移そうとしたことがあります。そんな俺を見かねた舞が助けてくれたんです」
自嘲気味に少し俯いて話していた珪は、顔を上げて私のことを見てきたのでした。




