84. 生徒会のお仕事
生徒会に入ることになったはいいものの、具体的に何をすればいいのかわからなかったので、次の日改めて生徒会室に出向いて仕事内容を尋ねてみることにした。
生徒会室にいたのは、私達にとっての要注意人物であるシュヴィールス公爵令息、リュディガーただ一人だった。
くすんだ金髪に緑色の瞳、容姿はグレゴールそっくりだが、感情がすぐに顔に出てしまうところは父親よりもよっぽどわかりやすい。
リュディガーは私の姿を見て、綺麗に整った顔を不快そうに歪めた。
「残念でしたね、ヴィクトール様なら本日はいらっしゃいませんよ」
「いえ、生徒会に入ることになりましたが、仕事内容を伺っておりませんでしたので今日はそちらを教えていただこうと思って参ったのです」
「はぁ……点数稼ぎに熱心なことだ。そんなことをしたところで王子の寵愛を得ることなど不可能だというのに」
相変わらず彼らの中では謎のストーリーができあがっているらしく、私のやることなすこと全て変な方向に捉えられているようである。
「まぁそこまでやる気があるというのなら、存分に働いてもらいましょうか」
リュディガーはそう言うと、本棚から資料をいくつか抜き出して、机の上にドサッと置いた。
「あなたに今年の学園魔法剣技大会の運営を任せます。仕事内容はこちらの過去の資料を見ればわかりますから、忙しい王子や私たちを煩わせることのないようお願いしますね。やる気に溢れた貴女に仕事をわざわざ与えて差し上げるのですから、感謝して下さい」
学園魔法剣技大会の、運営……?
私はただ生徒会としての通常業務の内容を聞きに来ただけなのに、急に一大イベントの責任者を押し付けられてないか?
とんでもない無茶ぶりをされた気がして、慌てて目の前の資料をめくった。
「あの、ここに会計報告書がありますけど、この費用はどうすれば良いのですか? 生徒会の活動費のようなものがあるのでしょうか?」
私の問いにリュディガーは「はぁ」と煩わしそうにため息をついた。
まるで「今煩わせるなと言ったばかりだろう」とでも言いたげだが、これだけは聞いておかなければ。
お金の話はとっても重要なんだから、なぁなぁにはさせられない。
「費用は基本的に生徒会役員からの持ち出しです。今回はあなた一人の負担でお願いします。ヴァルツレーベンは国に税を納めていないのですから、余裕があるでしょう? 収益が上がればその分は貴女のものになりますから、せいぜい頑張ることですね」
リュディガーはニヤニヤと笑っている。
今チラッと見たのは昨年の大会の会計報告だけだが、収支はマイナスである。
目の前の彼はこのイベントで利益が上がるとは思っておらず、これは私に対する嫌がらせなのだろう。
腸が煮えくり返っているのが顔に出ないようになんとか抑えて、資料を持って生徒会室を後にした。
寮の自室で借りてきた資料に目を通すと、内容はまぁひどいものだった。
毎年、イベントの収支は大赤字。
歴代生徒会役員メンバーは裕福な家の者ばかりなので、各家で損失分を負担するのが伝統的に続いてきたようだった。
今回リュディガーは、その金銭的負担とイベント運営の全てを私一人に押し付けてきたのだ。
ふざけるな。
お金をなんだと思っているんだ。
領地が税を納めてる納めてないは、今この件にまったく関係のない話だろう。
自分の力で一ギルも稼いだことのない貴族の坊ちゃんが、ナマ言ってんじゃない。
家にお金があるからと、生徒会役員に不当な負担を強いてきたこれまでの杜撰なやり方にも、お金の大事さも知らず、気に入らない相手への嫌がらせとしてこのような事をするリュディガーにも、腹が立ってしょうがない。
正直、イベントに必要な費用は私の個人資産で十分賄える額ではあるのだが、それとこれとは話が別だ。
私のお金は、私だけでなくユーリやヨナタンやリラが汗水流して働いてくれたおかげで貯まったものでもある。
訳の分からない嫌がらせのためになくなってもいいお金など、一ギルたりとも私の口座にはないのである。
リュディガー・フォン・シュヴィールス。
貴様、私の逆鱗に触れたな……。
「リリー、どうしたの? 君がそんなに怒っているなんて珍しいけど、何かあった?」
資料を握りしめ怒りでぷるぷると震えていたら、いつの間にか目の前にユーリがいて不思議そうな顔をしていた。
社交の場以外では相変わらず無表情の私だが、付き合いの長くなったユーリや側近たちは、僅かな変化から私の感情を読み解くスキルを身に着けつつある。
昨日から協力者となったユーリにも、先ほど生徒会室で言われたことを説明し、資料を見せた。
「なっ、なにこれ!? 毎年大赤字じゃないか! バッカじゃないの!? こんなのリリーがお金を出す理由全くないじゃん。生徒会の話は今からでも断ろう。この組織、ヤバすぎ。ていうか、なんなのそいつ。どうせ一ギルも自分で稼いだことのない貴族のボンボンでしょ。ふざけてる」
事情を知ったユーリは同じく腹を立て、その感想は私と概ね同じだったので「だよね」と怒りを分かち合った。
私たち商人は、自分たちに損をさせようとしてくる相手を許せないのである。
余談だが、ユーリは城にいながら指示を出すだけの私と違って、下町の商会店舗で平民達に混じって仕事をしているためか、たまに物凄く口が悪くなる時がある。
紳士的なデニスやヨナタンから仕事を学んでいるはずなのに、おかしいな。
「リュディガーの事は腹が立つけど、このまま逃げ出すのも悔しいし大会の運営はやってみるよ。なんとか利益を出せないか、ちょっと作戦を考えてみる。方針が決まったら、ユーリも力を貸してくれる?」
「もちろん。こうなったらがっぽり稼がせてもらおうよ。利益はリリーのものにしていいって自分が言ったんだから、真っ黒な収支報告書を見せて、悔しがらせてやろう。一体誰を敵に回したのか、思い知るがいいさ」
ふふんとニヒルに笑ったユーリに、私もサムズアップで返す。
リュディガーめ、私を誰だと思っている。
天下のタイガーリリー商会の商会長だぞ。
全力でイベント事業にあたらせてもらおうじゃないか。
学園魔法剣技大会とは読んで字のごとく、学園の生徒で行われる魔法剣技大会のことである。
会場は学園の敷地内にある闘技場だが、当日は一般の観客も入るかなり大規模なイベントとなる。
その一般客からの入場料が主な収入源となるが、会場の誘導スタッフや貴族席の設営、試合の進行管理などの全てを手配しなければならない。
今までは外部の業者に丸投げする形で委託していたようで、とんでもない費用がかかっていた。
調べるとどうやらその業者も別の業者に委託して結構な額の中抜きもあったようなので、そこをちゃんとするだけでもかなりコストカットにはなりそうだが、リュディガーが泡を吹くほどの利益を得るにはほど遠い。
幸い大会まではまだ時間があるので、学生の本分である勉学に励みながら作戦をじっくり考えることにした。
ユーリとはほとんどの授業が被っているため、次の教室にユーリと側近達と連れ立って向かっていると、教室の中から女子生徒の話声が聞こえてきた。
「ウルリーケ様はいつも教室の隅で絵を描いていらっしゃるわね。なんだか教室の空気が陰気になって、息が詰まりそうですわ」
「いつもうつむいてカリカリカリカリ……何を描いていらっしゃるのかしら? そうですわ、わたくし幼い頃より有名な先生に絵画を習っておりますの。貴女の絵を評価してあげてもよろしくてよ」
「や、やめてください……」
そっと教室の中を覗くと、どことなく陽キャの雰囲気を持つ令嬢たちが、眼鏡をかけて髪をおさげにした一人の大人しそうな令嬢を取り囲んでいた。
陽キャ令嬢たちはクスクスと馬鹿にしたように笑っていて、お世辞にも仲が良さそうには見えない。
スケッチブックを奪われそうになったおさげの令嬢が、慌てて胸に抱えて教室を飛び出してきたので、思い切りぶつかり、二人して尻もちをついてしまった。
「わっ」
「きゃあっ!……あっ、も、申し訳ございません!」
「リリー! 大丈夫!?」
ユーリに助け起こされ、私は少しお尻を打っただけで痛みもすぐに引いたので平気だと返事をした。
「ありがとう。わたくしは平気です。そちらはお怪我はございませんか?」
「わたくしも、へ、平気です」
幸いお互いに怪我はないようだが、ぶつかった拍子にスケッチブックが落ちて中身が散乱してしまっていたので拾い集めてあげる。
「あっ、それは……!」
何やらおさげの令嬢が焦った声を出したので、手元に目を落とすと、そこには色々な角度や表情のレオンのイラストがびっしりと描かれていた。
「これは……兄上?」
足元に落ちていた紙を拾い上げたユーリも、これはレオンだと思ったようだ。
それだけよく特徴を捉えているし、普段より色気三割増しで魅力的に描かれていて、物凄くうまい。
「レオン兄様のことが好きなのですか?」
「えっ!? ち、違います! あの、も、申し訳ございません……」
おさげ令嬢は真っ赤な顔で否定しているが、そんな顔で言われても説得力はない。
レオンは女子生徒からとても人気があると聞くし、別に恥ずかしいことではないと思う。
残念ながらヴァルツレーベン貴族の婚姻は当代王の治世の内は領地内に限られているので婚約者になることはできないが、恋をするのは自由だと思う。
ちらりと横のクラウディアを盗み見ると、彼女はうっとりとした様子でレオンのイラストを眺めていた。
本人からハッキリと聞いたことはないが、その様子から察するにクラウディアはレオンに恋をしているようなのだ。
正直なところを言うと、レオンは良い兄ではあるが、軟派なところが婚約の相手としてはどうなのかなという気持ちがある。
クラウディアにはちゃんと幸せにしてくれる相手と結ばれてほしいと思っているのだが、人の気持ちをどうこうすることはできませんからね。
青春だなぁ、と微笑ましい気持ちで見ていると、おさげ令嬢は俯きながら蚊の鳴くような声を出した。
「あ、あの、本当に違うのです……。わたくし、その、レオンハルト様のお顔が好きで……」
令嬢はレオンの顔が好きなのだと言うが、それはレオンのことが好きということとどう違うのだろうか?
この年になっても恋愛レベルゼロの私には難問が過ぎる。
「レオンハルト様だけではなくて、お顔が綺麗な方を見ると、どうしても描きたくなってしまうのです……」
おさげ令嬢はそう言って申し訳なさそうに別のイラストを見せてきた。
そこには、王子やリュディガー、ユーリやクリストフのイラストまであった。
たしかに、ここに描かれている人物は全員もれなく顔がいい。
彼女は恋する乙女ではなく、好みの被写体を見つけると描かずにはいられない芸術家だったようだ。
イラストのユーリは、絶対零度の冷たい表情でこちらを見ていて、まさにクールビューティーと言った感じだ。
モデル本人である実物のユーリの方は、非常に嫌そうに顔を歪めているけれど。
「あの……勝手に、こんな……も、申し訳ございません……」
おさげ令嬢は小さくなって本人に許可を取らず勝手にイラストを描いていたことを謝っているが、そんなことはどうでもいい。
私はガシッと彼女の両手を握った。
「この絵はとても素晴らしいです。貴女に、絵のお仕事の依頼をさせて頂けませんか? もちろん、謝礼はお支払いいたします」
おさげ令嬢は「え? え?」と目を白黒させ、ユーリは私を見てやれやれといった顔をしている。
ビビビときた。
私の商人としての勘が言っている、この絵は売れる、と。
この商機を逃すまいと、私は神絵師の手をガッチリとホールドした。
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