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異世界FIRE~平民の幼女に転生したので経済的自立を目指します!~  作者: 青月スウ
第五章 イベント事業編

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81. どこかで聞いたことあるような台詞だ

 貴族学園へと移動した日、寮に王子様から私宛の面会依頼が届き、側近達が騒めいた。


 「行く必要などありません! リリアンナ様の御身が危険です! こんな不幸の手紙は暖炉にくべて燃やして参ります!」


 クリストフがせっかくの綺麗な顔を、毛虫でも見るかのように盛大に歪めて王子様へ不敬な事を言っているが、それを窘める者はなく、他の側近達も大体似たような意見のようだ。

 スタンピードの際に辺境に対して不義理をし、その後も私達を貶めるような噂を流した王族への印象は底辺を這っている。


 王家からの要請を断る正当な権利がヴァルツレーベンにはある為、行かなくても良いと皆は言う。


 「いいえ、会ってみます。もちろん取り込まれるつもりはありません。相手のことがわからなければ戦いようがありませんからね。これから私達が戦う相手の顔を拝みに参りましょう」


 「「リリアンナ様……!」」


 側近達がキラキラした目を私に向けている。

 私の意を汲んで王子と面会する方向へ意見が傾いた側近達の様子を見てカインが「はぁ」とため息をついた。


 「なんでそんなに無駄に男らしいのですか。……いいですか、絶対にケラウノスを外さず、ミルと我ら護衛騎士見習い全員を連れて、レオンハルト様達に伝えてから向かうこと。これが約束できなければ許可できません」


 「約束します」 


 カインの言葉に元気にお返事をする。

 年齢の近い側近達は私の決めた事に素直に追従することが多い中で、カインだけは実兄ということもあり、苦言を呈してくる。

 でも結局は色々制限をつけた上で私のやりたい事をさせてくれるのだけど。


 筆頭護衛騎士のアードルフは貴族学園に連れて来れないので、護衛騎士見習い達の実質的なまとめ役はしっかり者のカインだ。

 誰かがそう決めたわけではなく、これまでの関係性から自然とそうなっていた。


 カインの許可も出たので、レオンとユーリに王子様に会いに行ってくる事を報告して(「行かなくていい!」と言うユーリを説得するのには骨が折れた)、貴族学園の敷地に詳しいイングリットに案内されながら、王子様の待つ建物へと護衛騎士見習い達と一緒にぞろぞろと向かった。(側仕えは寮内のみ大人の側近を連れていくことができる)


 そして、初めて顔を合わせた王子様が開口一番に放ったのが次の言葉である。


 「君を愛することはない」


 「……はい?」


 何を言っているんだろう、この人。

 前世の小説サイトでよく見た流行りの台詞だが、私と王子様の間にそんな言葉をかけられるような関係性はない。

 言う相手を間違えていないだろうか。


 王子であるヴィクトールは、艶やかな濡羽色の髪に群青色の瞳を持ち、前髪が目にかかるほど長めで伏し目がちなところがアンニュイなイケメンという感じだ。

 やはり王子様というだけあって見た目が整っているが、どちらかというとクリストフの方が爽やかで王子様っぽいし、色気でいったらレオン、美しさでいったらユーリの方に軍配が上がると思う。

 何より若干自分に酔ってそうな雰囲気がちょっと残念だな……。


 王子様に対して不敬極まりない事を、顔はクリスマイルを維持しながら考えていると、ヴィクトールはため息をついてファサッと前髪を払った。


 「国王である父上の命令だ、婚約者の勤めとして新入生歓迎パーティーのエスコートはしよう。けれど、そういった場以外では私に近づかないでほしい。これは政略での婚約でそれ以上でもそれ以下でもない。私の心が得られるなどと、勘違いをしないように。私は、君のように薄っぺらな笑顔を貼り付けて、腹の底では何を考えているかわからないような者に心動かされることはないのだから」


 「はぁ……」


 笑顔に関しては、確かにバリエーションがこれしかないし、貼り付けているで間違いないので、お気に召さなかったのならすみませんね、としか言いようがない。


 それよりも、私達婚約した事になってる?

 その話は速攻でお断りの返事をしたはずだ。


 困惑している私のことなど目に入らない様子で、ふと何かを思い出したように呟いた。


 「ああ、新入生歓迎パーティーが君にとってデビュタントなのだったか。王家で君のドレスを準備するようなことはしないので、自分で用意したまえ。こちらの衣装はもちろん君に合わせることはないから、合わせたかったらそちらで勝手に合わせてくれ」


 「ドレスは領地で仕立てたものを持ってきているので大丈夫です。でしたら、わたくしのドレスと合わせたクラヴァットやカフスボタンなどの装飾品をお贈りしても構いませんか?」


 「リリアンナ様!?」


 私の発言に側近達が目を丸くしているが、ヴィクトールは肩眉を上げ意外な事を言われたような顔をした。


 「田舎のヴァルツレーベンに私の眼鏡に叶う品が用意できるとは思わないけれど、やりたければ勝手にすればいい。気に入れば身に付けてあげてもいい」


 そんな物は用意できないだろうけど、という副音声が聞こえた。

 この王子様はヴァルツレーベンが流行の最先端と言われている事を知らないのだろうか。

 辺境に関する情報が一昔前のもので止まっているように見え、次代の国を背負って立つ人が世情に疎くてやっていけるのだろうかと心配になった。


 話は終わったので、王子の側仕えに当日着る予定の衣装の詳細を聞いて、私達は応接室を後にした。


 「リリアンナ様! 王子のエスコートを受ける気ですか!?」


 建物を出るや否や、クリストフが噛み付かんばかりに取りすがってきた。


 「そうしようかな、と思っています」


 「そんな……ヴィクトール王子は確かに見目は良いですが、まさかこんなに早く攻落されてしまうなんて……」


 クリストフが青い顔で嘆いているが、そんなわけあるか。


 「違います。大体、ヴィクトール王子より、私の側近達の方がかっこいいし、可愛いではありませんか。私は目が肥えているので、あの程度では攻落されませんよ。それにあの方、自分に酔っている感じがして、ちょっと残念ではありませんでしたか?」


 「ブハッ!」と思い切り吹き出す音が聞こえた。

 驚いてそちらを見ると、イングリットが口元を抑えてプルプルと笑いを我慢していた。

 いつも真面目なイングリットがこんな姿を見せるのは珍しい。


 「も、申し訳、ありません。確かに、少々、いえ、かなり、残念な方でございましたね……」


 イングリットは目尻に涙まで湛えながら、息をするのも苦しそうにそう言った。

 何やら相当ツボに入ってしまったらしい。


 イングリットの背をメラニーがよしよしと摩ってあげていた。

 メラニーは無口だが、思いやりのある良い子なのである。

 

 「王子が残念なのはどうでも良いのですけれど、何故かわたくし達が婚約しているかのような口ぶりでいらっしゃったことが気になりました。その話はお断りしているはずですのに、うまく伝わっていないのでしょうか……?」


 私の疑問にカインが口を開いた。


 「婚約のような重大事項がうまく伝わらないというのは考えにくいです。婚約の打診に対してきちんと書面で断っているはずですし。王子の様子からして嘘をついているようには見えませんでしたから、何者かが意図して情報を改ざんしている可能性があります。少し時間をください。後で調べてみます」


 カインはここ数年でかなり情報通となり、調べてみると言った数日後には欲しい情報を手に入れてくる事がよくある。

 一体どうやって情報を集めているのかはわからないが、かなり確かな筋からの情報とのことでとても助かっている。

 私のお兄ちゃんはとっても優秀なのである。


 カインが調べるということは、数日後には私の疑問は解消されているのだろう。

 安心して寮までの帰路を皆でてくてくと歩きながら、もう一つ気になっていたことを口に出す。

 

 「そういえば、王子はドレスを自分で用意しろとおっしゃっていましたけれど、ご自分が婚約者だと思っていらっしゃったのだとしたら、おかしな話ではありませんか? もしわたくしが婚約者から贈られるつもりで自分で用意していなかったら、パーティーまであと数日しかないのに、今から作って間に合うはずがないですよね。王子はドレスを作るのに時間がかかる事を知らないのでしょうか。それとも、あれは不本意な婚約を強いられたと思い込んでいる王子の遠回しな嫌がらせのつもりだったのでしょうか?」


 「難しいところですね。何となくですけれど、ヴィクトール王子の場合は前者のような気がいたします。あの方は少々っ、ゴホン、思い込みの激しい方のように見受けられましたから……」


 なんとか復活したらしいイングリットが気を取り直したようにそう言うが、不自然に声が引きつっていてまだ引きずっているようだった。

 本当に珍しいものを見た。


 「王子様となると何でも用意されているのが当たり前で、その商品がどのくらいの時間やお金や手間がかかっている物かなんて知る機会がないのかもしれませんね」


 ドレス一着作るのってすごく大変なのに、その価値がわからない王子に少しイラっとした。




 「はぁ!? 王子のエスコートを受ける!? なんで!」


 王子との面会から帰ってきて、領内にある領主一族専用の談話室でレオンとユーリに王子と話した内容を報告すると、ユーリが物凄く怒った。


 「婚約者でもないのに被害者ぶって命令してくる勘違い王子の事なんて無視しなよ! リリーが付き合ってやる必要なんてないじゃん」


 ユーリの辛辣な物言いが更にツボに入ったらしく、視界の端でイングリットが顔を背けてプルプルしているのが見えた。

 私も王子の態度には思うところがないわけではないが、王子のエスコートを受けることで得られるメリットもあるのだ。


 「わたくし、今日は敵情視察のつもりでヴィクトール王子との面会に臨みました。ヴァルツレーベンを取り込もうとしてくる敵として警戒しておりましたけれど、実際に王子と会ってみた正直な感想といたしましては、わたくしの心配は取り越し苦労だったと言わざるを得ません。それだけ、彼の王子は情勢に疎く、あまり物を考えていない小物のように見えました」


 「その感想から、なんで王子のエスコートでパーティーに行くことになるんだよ。しかもお揃いの小物までこっちで準備するなんて」


 「広告塔です。わたくしにはタイガーリリーブランドの商品を王都の社交界で流行らせるという使命がありますから。デニスも流行はより高位の貴族から広めるものだと言っていたではないですか。王族なんてこの国で一番高位なのですから、王子にうちの商品を身につけてもらえばきっと注目されるに違いありません。ついでにその隣にいるわたくしのドレスも目立ちまくりのはず。大流行間違いなしです。勘違い王子は好きなだけ自分に酔わせておいて、その勘違いを有効利用させていただきましょう」


 「わぁ! こちらを利用しようとしてくる相手にそうとは知らせず逆に利用し返す。かっこいいです、リリアンナ様! 肉を切らせて骨を断つ、まるでデュッケ夫人のようです!」

 

 クリストフが目をキラキラさせて褒め讃えてくれる。


 ふふん、そうでしょう。

 デュッケ夫人の教えの元、私も大分貴族らしい振る舞いができるようになってきたと自負している。

 何が肉を切らせて骨を断つなのかはよくわからないけれど、えへんと胸を張る。


 「はぁ……わかったよ。こうなったら王子の勘違いをとことん利用させてもらおう。王子に贈る小物類は流石にこれから作るわけにはいかないから、リリーが着る予定のドレスに合った既製品を探すように商会には連絡しておくよ。クラヴァットとカフスボタンでいいの?」


 「できればハーリアルレースのポケットチーフもつけたいところですね」


 「……了解」


 ユーリは渋々といった感じではあるが納得し、商会への連絡を請け負ってくれた。

 商会とのやり取りはユーリに任せておけば間違いない。

 相変わらずのしごできである。


 ユーリから商会への指示書と、王子の容姿とサイズなどの情報と合わせて「今後しばらくは王子にタイガーリリーブランドの男性ラインのモデルになってもらう予定なので、そのつもりでデザイン案を出しておいてほしい」というリラ宛ての私からの手紙を、転移魔導具を起動して領地に送っておいた。


 手紙を受け取ったリラが「王子様の衣装をあたしがデザインするの!?」とひっくり返ることになるのだが、それを私は知る由もないのだった。

 


 

 


 この約10年でリリアンナの考え方もかなりヴァルツレーベンナイズされています。

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