76. あたしの大事な最高の友達 <リラ視点>
誤字報告ありがとうございます。
話はスタンピードの次の日から始まります。
「はい?」
シンとした部屋の中、あたしの上司にあたるヨナタンの間の抜けた声が響いた。
昨日はとても良い図案が思い浮かんで、工房の私専用の作業場に籠ってずっとレースを編み続けていたんだけど、実は結界が壊れた上に魔物が大量になだれ込んできて街は大騒ぎだったのだと後から知った。
幸いうちの工房もあたしの家族も特に被害はなかったので、今日もレースの続きを編むつもりでいたら、ユーリに商会の方に呼び出されて、あたし、デニスさん、イーヴォさん、ヨナタンが会議室に集められ、ユーリから話を聞かされて、今。
ユーリは、何て言った?
リリーが、聖女?
で、領主の娘になる?
ついでにユーリも領主の息子?
は? 何の冗談?
「平民のリリーは今回のスタンピードで命を落としたことにするらしい。貴族らしい名前に改名することになるから、タイガーリリー商会の商会長の名前を書き換える準備をお願い。個人口座の方はこっちでなんとかするから」
「かしこまりました」
いち早く我に返ったらしいイーヴォさんが、ユーリに対して恭しく頭を下げている。
え、なにこれ本当の話? 冗談じゃなく?
ユーリは次々に指示を出し、デニスさん達は戸惑いながらもこれからどうするかと話をし始めた。
正直あたしは話についていけない。
何がどうなってそうなったのかさっぱりわからないけれど、あたしのたった一人の大事な友達が、簡単には会えない遠いところに行ってしまったということだけはわかった。
ユーリが迅速に動いたおかげで、リリーは領主の娘になってからもタイガーリリー商会の商会長のままでいられることになったので、リリーからの呼び出しがあればデニスさんやヨナタンは会うことができるらしい。
あたしは簡単には会うことができないから、もしかしたらあたしのことなんて忘れちゃうかもしれない……。
焦ったあたしは、あたしたちが友達だってことを忘れないような物を作ってリリーに渡してもらうことを思いついた。
ヨナタンに相談したら、かかるお金は商会から出すと言ってくれた。
むしろ「金に糸目は付けない、思う存分やれ」というようなことを言われたので、思い切り良い素材を使わせてもらうつもりだ。
「ううん、こっちの方が近いかしら?」
「ちょっと、僕忙しいんだけど。早く決めてくれる?」
衝撃の事実を告げられた数日後、商会にいたユーリとヨナタンを捕まえて、生地屋に引き摺ってきた。
リリーへのプレゼントの布地を選ぶためだ。
「だって、あたし一人の記憶じゃ心もとないんだもの。あんた達の方がリリーと付き合いは長いんだから、協力しなさいよ。……やっぱりこっちの方が、リリーの瞳の色に似てる気がするわ」
「はぁ? 君の目は節穴なの? そんな濁った色なわけないじゃん。絶対こっち」
「それだと明るすぎよ! こっちの方が近い!」
「絶対これ!」
「あの……僕も本当に忙しいんですが。品質は十分ですし、どちらでも良いでしょう。大して違いませんよ」
「ちょっと! 仮にもこれから服飾系の商会としてタイガーリリー商会を盛り立てていく立場のあんたがそれはどうなの!? よく見なさいよ、全然違うでしょうが」
三人でやいのやいのと言い合うけど中々決まらず、たまたま通りがかったホラーツさんが提案した生地がどう見てもドンピシャでリリーの瞳の色で、あたし達は完全敗北したのだった。
無事に生地も決まったので、あたしはリボンに刺繍をし始めた。
図柄は、ちょっと重いかなとも思ったけれど、百合とライラックにすることにした。
これならリボンを見れば絶対にあたしのことを思い出すもの。
あたしはこんなに大事に思っているのに、忘れたら許さないんだから。
いつヨナタンがリリーから呼び出されるかわからないので、丁寧な作業を心がけながらも超特急でリボンを仕上げた。
だけど、リリーからの呼び出しの連絡は待てど暮らせど中々来ない。
ユーリは「リリーはさみしがっていたからすぐにでも呼び出されると思う」と言っていたのに。
貴族ってそんなに忙しいのかしら。
ちゃんとご飯食べてるかなぁ。
リリーがいつもあたしにちゃんと寝ろご飯を食べろって言ってくる気持ちがわかったような気がした。
リボンが完成してからずいぶん経ち、ようやくヨナタンの元にリリアンナ様からの呼び出しの連絡が入った。
リリーの貴族としての名前はリリアンナというらしい。
リリーの語感は残っているけど、あたしにとってリリーはリリーなのに、全然違う人みたいだ。変なの。
ちょっと恥ずかしかったけど、あたしは字が書けないのでヨナタンに代わりに手紙を書いてもらって、プレゼントのリボンと一緒に城に持って行ってもらった。
もう貴族に染まっちゃって、あたしのことなんてどうでもよくなってたらどうしよう……。
違う、リリーはそんな子じゃない!
ぶんぶんと頭を振って気持ちを切り替えて、じっとしてるから良くない方に考えちゃうんだ、とより一層レース編みに精を出した。
城から帰ってきたヨナタンに様子を聞くと、今までのように気安く会話をすることはできなかったけれど、リボンを渡したら喜んでいたと言っていたので安心した。
ただ、疲れているのか顔色が悪いように見えたというのが気になった。
やっぱり、貴族になるって大変なことなんだ。
すごく心配なのに、最近はユーリも忙しいみたいで中々商会の方に顔を出していないらしくてリリーの様子を聞くことができない。
……使えないやつ!
やきもきしながらも、どうすることもできないあたしはひたすらハーリアルレースを編み続けていたんだけど、久しぶりにリリアンナ様に呼び出されて城から帰ってきたヨナタンの様子が以前とは大分違っていた。
「これからまた忙しくなりますよ! まずは職人を当たらなければ!」
なんでもリリーが新しい商品を思いついたとかで、そういう時は大体めちゃくちゃ売れるので、ヨナタンが言うには特大のビジネスチャンスなんだそうだ。
大興奮して動き回るヨナタンを捕まえてリリーの様子を聞くと、ずいぶん顔色も良くなっていて、部屋の中でならこれまで通り親しげに話してもいいことになったので楽しく商売の話をしてきたのだと教えてくれた。
心配していたけど、リリーが元気を取り戻したみたいで良かった。
「ああ、そういえば、あなたにも急ぎの依頼が入ったんでした」
「あたしに?」
「他の作業を止めていいので、最優先で最高級のハーリアルレースのリボンを一本お願いします」
「それはいいけど、リリーが使うの?」
「神様です」
「は?」
「聖女であるリリアンナ様から神へ献上するそうです。ハーリアルレースの話をしたらとても興味を示していたので、次に会うときに持っていくと約束しちゃった、と言っていました」
「…………はぁ!?」
神様がつけるの!? あたしが編んだレースのリボンを!?
意味わかんない!
「約束しちゃった」といつもの無表情で淡々と言うリリーが簡単に想像できて、そういえばそういう子だった、とはじめてリリーにイラっとした。
そういうことはもっと早く言いなさいよ!
その後は「神様に献上するなんて下手なもの渡せないじゃない!」と顔を青くしながら死ぬ気で最高級のハーリアルレースを編み上げた。
我ながら良い出来の物が出来たと思うが、完成まで生きた心地がしなかった。
これを乗り切ったあたしは、今なら王様のレースを編めと言われても動じない気がするわ……。
それからもちょくちょく新商品を思いついたリリーからヨナタンに話がくるらしく、リリーからの呼び出しを首を長くして待っていた時が嘘みたいに商会は大忙しになっていた。
時にはタイガーリリー商会だけに飽き足らず、カールハインツ商会まで巻き込んだ事業をして、ヨナタンやデニスさん達を振り回しているようだった。
会えなくなってもうずいぶん経つけど、リリーからの無茶ぶりに忙しそうにしているヨナタン達を見ていると、貴族になっても相変わらず生き生きと商売をしているあの子の姿が思い浮かぶようで嬉しくなった。
それでこそリリーだ。
やっぱりあたしの親友は最高ね。
貴族の中でも頑張っているらしい親友との約束をあたしも守るために、マダムデボラの工房の門をたたいた。
「マダム。ハーリアルレースの製法を教える許可が出ました。あたしの持つ技術は全て教えるので、その代わりにあたしに貴族のドレスの作り方を教えて下さい。領主の娘が着てもおかしくないような、素敵なドレスを作れるようになりたいんです!」
第四章スキルアップ編はこれにて終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
えー、なんと次回からは約十年後、イベント事業編という名の学園編が始まります。
年頃になったリリー達に、一体どんな学園生活が待ち受けているのでしょうか。
明日からは次章準備の為、二週間ほどお休みをいただきます。
次回の更新は9/13(土)を予定しています。
また、活動報告を上げますので、もし良かったらご一読よろしくお願いいたします。
ワンポイント次章予告もあります。
それでは、次回の更新をお楽しみに~!




