108. 相談事(ベアトリクスの場合)
今回はちょっと短めです。
「結局、フローラ様は実家に戻され、ヴィクトール王子は廃嫡になることが決定したそうです」
人払いのされた学園のお茶会室。
何やら相談事があると私を呼び出したベアトリクスは、淡々とそう告げた。
その内容は、カインから報告を受けていたものとほぼ同じだった。
フローラは、娘が王族を誑かしたと聞き慌てた親によって強制的に学園を退学させられ、既に戒律の厳しい修道院に送られたそうだ。
神の乙女の候補者であるフローラが退学となったため選定式に参加できないが、選定式当日が間近に迫っており今から新しい候補者を立てても準備がとても間に合わない。そのため今回の選定式は候補者三人での舞台となることが正式に決定した。
そしてヴィクトール王子の方は、王位継承権を剥奪され、学園卒業と同時に適当な爵位を与えられ王族からも除籍となるらしい。
聞くところによると、王は今回の王子の行動にかなりお怒りで、王子を切り捨てることにしたようだ。
王の子供はヴィクトール王子しかいないのに、跡取りは一体どうするつもりなんだろうか……。
「そうなのですね。わざわざ教えて下さり、ありがとうございます」
「リリアンナ様とヴィクトール様の婚約の事実がなかったとはいえ、夜会であんなことがあったのです。貴女も当事者ですから、その後どうなったかお知りになりたいだろうと思いまして」
「……その、ベアトリクス様は、大丈夫ですか? 王子の婚約者になりたかったとおっしゃっていたので、それはつまり、ヴィクトール王子のことを……」
「勘違いしないでいただきたいのですが、わたくしは王妃を目指していたのであって、ヴィクトール様個人のことをお慕いしていたわけではございません」
「そ、そうなのですか?」
「はい。わたくしは『お前は王子と結婚し王妃になるのだ』と、幼い頃より父にそう言われて育ってきました。今思えば、それはわたくしを縛る呪いのようなものでしたが、わたくし自身も王妃として国を支え、導いていきたいと思っていたのです。ヴィクトール様はあの通り、少々……頼りない方でしたから、国のためにはわたくしがしっかりしなくては、と頑なになっていたというのもあります」
ベアトリクスは憑き物が落ちたような、どこかスッキリしたような顔をしていた。
彼女が求めていたのは、玉の輿ではなく、やりがいのある職場だったということなのだろうか。
「ベアトリクス様は、これからどうなさるのですか?」
「どうやら王妃となることは叶いそうもありませんが、わたくしが王妃となる為に学んできた知識や立ち居振る舞いはなくなりはしません。磨いた能力を国の為に活かすことのできる道を、これから模索していきますわ」
か、かっこいい……!
ベアトリクスは成績も優秀だし、王城でバリバリ働く女性官吏なんかもとても似合いそうだ。
そんな彼女の姿を想像して、ほうっと息を吐く。
「そんな風に、どんな時でも前を向いて自分にできることを探し、努力し続けるかっこいいベアトリクス様だからこそ、周りの方々も貴女を支えたいと思われるのでしょう。ベアトリクス様、素敵です。わたくしも、もし何かお力になれることがございましたら微力ながらお力添えさせて頂きますので、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「なっ、きゅ、急に何を言いだすのですか!? リリアンナ様、貴女、わたくしを口説いておいでなの!? そ、そういうことは、誰にでも言うものではなくってよ!」
「いいえ、誰にでもではありません。強くご自分を持たれているベアトリクス様がかっこいいなと思ったので、貴女のお力になりたくなったのです」
「ひあっ!?」
顔を真っ赤にしたベアトリクスから謎の鳴き声が上がった。
この程度の褒め言葉なんて、彼女は言われ慣れているだろうに、何をそんなに恥ずかしがっているのだろうか。
「わ、わたくし、わかってきたわ……。天然……そう、天然なのね。もし男性であったなら勘違いしていたところよ。……こうなってくると、最初の頃ライバル視していたわたくしが、本当に馬鹿みたいじゃないの」
「?」
何故か胸を抑えてプルプルしているベアトリクスが何か呟いているが、あいにく聞き取ることができなかった。
不思議に思って見ていると、それに気づいたベアトリクスは取り繕うようにゴホンッと咳払いをした。
「わ、わたくしのことはどうでも良いのです。本日リリアンナ様をお呼び立てしたのは、こんな話をするためではないのです!」
「そういえば、何かご相談事があるとか……」
「そうなのです。というのも、実は兄の事で……」
「ベアトリクス様のお兄様というと、リュディガー様のことですよね?」
「はい。お兄様とは特別仲が良いわけではございませんが、実家が没落し、遠縁のキュッテル伯爵家に引き取られてからもずっと、お兄様とは兄妹として過ごしてまいりました。そのお兄様の様子が、最近おかしいのです」
気を取り直して神妙な面持ちで話し始めたベアトリクスの悩み事は兄のリュディガーに関してだった。
正直リュディガーとは親しいどころか因縁しかないのだけれど、私で何か力になれることがあるだろうか。
「おかしいというのは、どんな風に?」
「兄は、以前は良くも悪くも素直で、感情を表に出さず取り繕うということがあまりできない、分かりやすい方でした」
それはちょっとわかるかも。
私に対しても初対面で敵意剥き出しだったし。
「けれど、最近のお兄様は、何を考えているのか全く読めません。柔和な態度なのに、時折ゾッとするほど冷たい目をする時もあったりして、こう言っては何ですが、まるで、父のようなのです」
「ベアトリクス様の、お父様……」
「はい。グレゴール・フォン・シュヴィールス。……国家反逆の罪で処刑された、わたくしたちの父です。父は、表面的な人当たりは良いですが、その実、自分以外のこの世の全てを見下しているのではないかと思うほど傲慢なところがあり、その前に立つと、わたくしはいつも委縮して体が震えていました。今のお兄様の持つ雰囲気が、父を彷彿とさせる時があるのです。最近は隠れて怪しげな男たちとやり取りをしている様子もあり、一体お兄様はどうしてしまったのか……」
そう言うと、ベアトリクスは悲し気に目を伏せた。
私にとってはリュディガーは嫌な奴だったが、ベアトリクスには今となってはたった一人の家族だ。心配して当然だろう。
「そして、お兄様のご様子でおかしなところがもう1つ。わたくしにやたらとリリアンナ様のことについて聞いてくるのです」
「わたくしのことを……?」
「はい。どんな性格なのか、交友関係や趣味嗜好に至るまで、貴女に関する様々なことを聞かれました。始めは恋愛感情からのことなのかと思いましたが、それも違うようで……。何か嫌な予感がいたします。今のお兄様は普通ではありません。お兄様が何をするつもりなのかはわかりませんが、リリアンナ様が害される可能性もございます。どうか、気を付けて下さいませ」
ベアトリクスからの話は、相談事というよりも忠告だった。
彼女は言うべきことは言い終えたとばかりに、「それでは、また選定式のレッスンでお会いしましょう」と言って、お茶会室を去っていった。
リュディガー……そういえば、私も少し前に彼の雰囲気が前と違っているように感じたんだった。
家族でも変わったように感じるということは、やはりそうなのだろう。
現状は情報が少なすぎてよくわからないが、側近やレオンたちともこの情報を共有して警戒するようにしよう、と決めて、私は本日二件目の呼び出し先の方へ移動することにした。
リリーの発言は、割と思ったことをそのまま口にしがちな元からの性格というもありますが、幼い頃から褒め言葉を(主にカインから)たっぷり浴びて育ってきているので、このくらいの褒め言葉なんて普通だろうという認識です。
対してベアトリクスは、親に厳しく育てられたことと、容姿や雰囲気から一見してキツく見られがちで近寄りがたいところがあり、純粋な褒め言葉というものを掛けられずに生きてきたので、あまり耐性がありません。
次回は、第109話「相談事(ヴィクトールの場合)」です。
お楽しみに~!




