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Flag23:まずは見守りましょう

 アル君が呼びに行ってから30分ほどでガイストさんが船までやってきました。急にお呼びたてしたことを謝罪しつつ、ルムッテロの町で聞いたローレライの方々を捕まえるという噂を伝えます。私の話を難しい顔をしながら聞いていたガイストさんでしたが、すべてを話し終わった私へとはっきりと言いました。


「情報は感謝する。しかし対応はこちらに一任してもらいたい」

「そうですか」


 その言葉に驚きはありませんでした。ガイストさんの性格を考えればそう言うのではないかと思っていましたから。


「いいのか、親父。おっちゃんの船とかこの船を使えばみんなも安全に戦えるんじゃないのか」

「我々はローレライだ。だからこそワタル殿の助力を求めるわけにはいかんのだ。では俺は戻って皆と対策を練ってくる。せわしなくてすまんな」

「いえお気になさらずに」


 ガイストさんが船から飛び降りて水中へと消えていきます。その様子をアル君は気に食わなさそうに見つめていました。


「なんでだよ。意味がわかんねえ。仲間の命の方が大事だろ」


 ぼそりと呟いたそんな言葉が耳へと残ります。うーん、と少し考え、そして座り込んでアル君と視線を合わせます。


「アル君。ガイストさんの言っていることは間違ってはいませんよ」

「なんでだよ! 俺の考えが違うってのか!?」


 こんなにむき出しの敵意を向けられるのは初めて会った時以来でしょうか。それだけアル君にとって仲間というものが大事なのでしょう。


「もちろんアル君の考えも間違っていません。というよりも正解のないことなのですよ。アル君が仲間の命を大事に考えたのと同じように、ガイストさんも何か別のことを大事だと考えてそう決断したのです」

「別のことってなんだよ?」

「さあ、それは私にもわかりません。推測は出来ますが、知りたいのならガイストさんに聞いてみることです。でもその前にアル君なりになぜガイストさんがその選択をしたのかを考えてからにしましょうね。それはとても大切なことですから」

「……わかった。考えてみる」


 そのまま考え込み始めてしまったアル君を乗せたままフォーレッドオーシャン号を目指します。この経験がアル君にとって良いものになるといいのですがね。





 ローレライの子供たちの遊び場と化していた船の掃除や整備をしたり、お土産を渡したりしているうちに3日が過ぎ、ついにローレライの方々を捕まえるための4隻の船がキオック海へと近づいてきたという一報が入りました。


「親父たちは出て行った。だからチビたちはここで待機だ」

「わかりました。いつも通り好きにしてください」


 現在フォーレッドオーシャン号にはローレライの子供たちとアル君、そして子供たちの監視役のローレライの方がお2人乗っており、子供たちはめいめいの場所で楽しそうに遊んでいます。

 どうやら私がルムッテロの町へ行っている間に貸したこの船のことを子供たちはかなり気に入ったようで完全に新しい遊び場所の認定を受けてしまったようです。一応監視役のローレライの方々が中には入らないように注意してくれていたらしく、被害にあっているのはデッキ周りだけなのが救いです。


 いつもならアル君も他の子供たちに交じって遊びに行くのでしょうが、やはりガイストさんたちのことが心配なのか物憂げな表情をしています。


「心配ですか?」

「いや。今までも人間が襲ってきたことは何度もあるし、それをいつも撃退してきたことを知っているから心配はしてない。チビたちもそう思ってるからこんな風に遊んでいられるんだけどな」

「ふむ、そうでしたか」


 どうりで子供たちの表情に暗いところがないはずですね。人間が捕まえに来るなんてことを知れば少なくとも怖がる子ぐらいいるはずだと思ったのですが、常に勝っているからこそ負けるというイメージが出来ないのでしょう。

 仕方がないのかもしれませんが危険な傾向だと思います。


「では、アル君を悩ませているのはどんなことでしょうか?」

「うん。おっちゃんに言われて親父の考えを理解しようとしたけど大事なものが全く思い浮かばないんだ。親父には聞きたくねえし」


 あぁ、そのことをまだ考えていたのですか。そういえばアル君はまだ子供でしたね。一人で考えすぎて行き詰ってしまっているのでしょう。もう少し年を重ねれば、他の人に相談するなり、あっさりと本人に聞くなり、なにがしかの手段をとることが出来るのでしょうが。

 いえ、これも若いからこそ出来る経験と考えれば大事なことでしょう。しかしヒントぐらいは与えても良いかもしれませんね。


「ヒント、聞きたいですか?」

「おっちゃん、わかるのか?」


 アル君が驚きの表情で私を見るので苦笑で返します。そして少し表情を引き締めて話し始めます。


「ガイストさんは先のことを考えているのだと思います。」

「先のこと?」

「ええ、今はたまたま私がいますが、私はいつかいなくなります。しかしローレライの方々は私がいなくなってもずっとここにいるでしょう。それは先祖から代々未来へと続いていく流れです。だからこそガイストさんは自らの種族の力だけで撃退することを選んだのです。それを後世へと受け継いでいくために。まあ、あくまで私の予想ですがね」


 アル君が私の言葉をかみしめるようにして考え続けています。今まで自分で考え続けていたことと、今の私の意見を混ぜ合わせながら理解しようとしているのでしょう。なかなかアル君ぐらいの子供に出来るようなことではありません。

 アル君の揺れていた瞳がこちらを向き、しっかりと私を見ました。


「ありがとう、おっちゃん。親父の気持ちもわかった気がする。でも俺はやっぱり仲間の命の方が大事だと思う」

「ええ、それで良いと思います。そもそも正解などないのですからね。ガイストさんはガイストさんの立場で、アル君はアル君の立場で考えることこそが重要なのですから。1つの意見しか出ない集団などただ腐っているだけですしね」


 幾分かすっきりした顔のアル君がいつも遊んでいる2人の元へと向かっていきました。それを見送り、私も本を読みながらゆったりと過ごします。

 ガイストさんに手出し無用と言われた手前、私にできることなど他にはありません。ここで子供たちを預かっていることこそが手助けになっているのですから。


 子供たちの遊ぶ声を聴きながらページをめくっていきます。船が見えたとの報告があったのは朝の9時頃、もうすぐお昼の時間ですからそろそろ会敵している頃でしょう。何事もなければ良いのですがね。


 そんなことを考えながら、子供たちの分も含めて昼食を作ろうかと本を置いたその時、船の外から今まで聞いたことのないほど切羽詰まった声が聞こえてきたのです。


「アルシェルはいるか!? 族長が、ガイストが重症なんだ。来てくれ!」


 その内容に慌てて外へと出てみるとバシャンという水音を残してアル君はすでに海へと飛び込んで行ってしまったところでした。

 先ほどまではいなかったローレライの青年が海面に残っていたため手を大きく振ってこちらへと呼び寄せます。


「どういう状況ですか?」

「わかりません。いつも通り私たちは歌を歌ったんです。でも誰も海に飛び込んで来たりせずに代わりに魔法や弓、そして砲弾が飛んできたんです。今のところ死人は出ていませんが、ガイストさんが私をかばって魔法に当たってしまって。それで血がどばって出て。それで……あの……」

「状況はわかりました。今はみなさん船からは離れられているんですよね」

「はい、怪我した者などは他の仲間で運んだりして。で、ガイストさんが一番危なそうなのでアルシェルを呼んで来いって……私、どうしたら? 私、私のせいでガイストさんが……」


 報告に来たはずのローレライの青年が涙を流し始めます。せっかく子供たちに聞こえないように小さな声で話していたのですが、感情が爆発してしまったのかその青年が大きな声で話し始めてしまったために今の状況がこの辺りにいる子供たちにも知られてしまいました。

 これは失敗しました。


 伝播していくように子供たちが声を上げて泣き始めています。監視役の2人がなんとかなだめようとしていますが焼け石に水状態です。これはまずい。下手をすれば勝手に海に飛び込んで親を探しに行きかねない状況です。何とかしなければ。

 目の前で泣いている青年の頬を少し強めに張ります。パンッと言う音は思いの外響き、私達へ子供たちの視線が集まるのを感じます。突然ビンタされた青年は涙を止め驚いた表情で私を見ました。


「今は泣いている状況ではないでしょう。皆さんが避難している場所はわかりますよね。すぐに案内してください」

「……」


 何も言葉を返さない青年の反対の頬をもう一度張ります。張ったはずの自分の手が、自分の心がジンジンと痛みます。やはり暴力は好きにはなれません。しかし今は選り好みできる状況でもありませんからね。


「もう一度言います。皆さんの避難しているところへ案内してください。ガイストさんを、みんなを助けに行きますよ」


 私のその言葉によって青年の瞳に光が戻ってくるのを感じます。これなら大丈夫でしょう。


「案内します。後を着いてきてください!」


 青年が海へと飛び込んだのを確認し、操舵室へと向かいます。そして操舵室にある、艦内放送用のマイクの電源を入れ、そして一度深呼吸をします。目線の先で先ほどの青年が手を振っているのが見えました。


「出発します。仲間を助けに行きますよ。スピードを出しますから落ちないようにしっかりつかまっていてください!」


 力強くそう宣言した私は、青年の後を追い船を発進させるのでした。

役に立つかわからない海の知識コーナー


【船乗りになりたい】


この小説を読んで、もしくはその前から船乗りになりたい人がいるかもしれませんのでちょっとしたご案内です。

船舶職員になるためには海技免許というものが必要です。一般に知られる小型船舶操縦士の免許とは違うものです。専門の大学や高校へ行くことで取得可能ですので大型船舶の船員になりたいのでしたら受験しましょう。まあ海外へと行き交う外航船は人件費の関係でかなり狭き門になっているようですので卒業したのに就職先が国内しかない。話が違う!などと言わないで下さるとありがたいです。


***


ブクマ、評価頂きました。ありがとうございます。

ほそぼそと更新頑張っていきます。

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シンデレラが一人の女の子を幸せにするために奔走する話です。

「シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む」
https://book1.adouzi.eu.org/n0484fi/

少しでも気になった方は読んでみてください。

― 新着の感想 ―
[一言] 船乗りの世の中も世知辛い!
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