Flag???:誰かのプロローグ
「ねぇ、本当に大丈夫なの? ウチの一族でも近づいちゃいけないって言われてるんだけど」
「それは鍵を持たない奴はって条件があるだろ。俺は鍵を持ってるし」
「家から勝手に取ってきたやつでしょ」
「いいんだよ。それとも姉ちゃんがこのままいなくなってもいいってのか?」
「そんなことはないけどさぁ」
不満そうに顔をしかめるローレライの少女に、その肩に掴まって海を泳いでもらっていた黒髪の少年が言い返す。2人とも10代前半と思われる幼さであるがその長年連れ添ったような気安いやり取りから彼らが幼馴染であることがわかる。
少年の名はルイス・レキノス・カイバラ。バーランド連合国の中、ノルディ王国領沿岸の一部の領地を治めるレキノス・カイバラ家の三男である。上には次期当主の長男とそれを支える次男、そして長女がおり、ルイスが末っ子だった。
そして少女の名はエーララ・キオック。レキノス・カイバラ領にほど近いキオック海に住むローレライの少女だ。特に族長の娘と言った訳では無いがローレライ自体があまりそういった身分にこだわりがないためみんなの子供であり、今は年下の子供たちのまとめ役をしていた。
2人の出会いは5歳のころ。船から落ちたルイスをたまたま通りかかったエーララが助けたのがきっかけだった。それから2人は交友を重ね、家同士の付き合いもありその仲を深めていったのだった。
そんな2人が現在向かっているのは「紅の海の洞窟」と呼ばれる海からしか入ることの出来ない洞窟だった。しかしそこへ入ることはエーララが言ったようにきつく禁じられていた。その伝統は何代にも渡って両家に語り継がれているものだ。
「ねぇ、やっぱりまずいよ。眠りを覚ます悪い子は取って食べられちゃうんだよ」
「だから大丈夫だって。本当に困って助けが必要な時は鍵を持って訪れろって家では伝えられてるし。このままだと姉ちゃんが外国へ行っちまうんだぞ。一度しか会ったことのないような奴に嫁入りするために。姉ちゃんだって仕方がないって言ってるけど、夜に泣いてるの俺見ちゃったんだ。皆、王様の命令なら仕方がないって諦めてるけど俺はそんなの嫌だ!」
「ルイス……。わかった。私も頑張る。お姉ちゃんにも優しくしてもらったし幸せになってほしいもん」
「サンキュー、愛してるぜ。エーララ!」
「あ、愛してるって……そんな、えっと……」
顔を赤くして戸惑いながらもエーララは進んでいき、そして目的の洞窟へと入っていった。入り口付近の荒い潮流が嘘であったかのように洞窟の中は静かで暗く、そして何より広かった。
しばし入ってすぐのところで止まって目を慣らしていた2人がゆっくりと周囲を見回す。そして思い出したようにルイスが自分の腰から筒を取り出しボタンを押すと光が明るく周囲を照らし始めた。
「作られた場所みたいだな」
「うん」
光で照らされた洞窟内部は幅15メートル、高さ10メートルほどの四角形に綺麗に形づくられており、その壁面は何らかの方法で補強されていた。そしてそれはずっと奥へと続いていた。
「とりあえず進むぞ」
「うん」
2人は同時にごくりと唾を飲みこみ、そして光の届かない先へと進んでいく。そして数分後2人はそれを目撃した。緩やかな流線型の白いボディに赤い斜めの一本線が引かれた4層からなるギフトシップを。
「綺麗な船」
「これ家に飾ってある絵の船だ。本当にあったんだ」
しばしの間2人は船を見上げたまま口を開きっぱなしで動きを止めていた。そして先に正気に戻ったルイスがエーララを促し船へと乗り込んでいく。
船に乗ってからは先ほどまでとは逆にルイスがエーララを抱き上げて進んだ。海ではエーララが、陸ではルイスが相手を助ける。それが2人の間の常識だった。
どこに行けばわからなかったルイスは闇雲に船内を歩いていた。船内は長年放置されているとは思えないほど綺麗で、今すぐに出港することさえ出来そうな状態だった。家にあるものと同じソファーなどが設置されているのをルイスが興味深げに眺める。
「待って」
「なんだ?」
「ちょっとあそこの絵を見せて」
エーララの言葉に従いルイスが壁に掛けられた絵画にしては小さめの絵へと歩み寄っていく。その絵は小さいがとても精巧に描かれたものだった。
この船の手前に穏やかな笑みを浮かべた白髪の老年の女性が椅子へと座り、それより少し若い金髪の女性がその手を取りながらその隣に立っている。そしてその背後には片目の獣人の老人が剣を携え守るように胸を張っており、その両脇にはよく似た40代ほどの獣人の男女が楽しそうに笑っていた。
金髪の女性の反対側にはエーララの父親ぐらいの淡い青色の髪に釣り目がちな緑の瞳をしたローレライの男性が歯を見せて笑っており、その男性を見守るように優しい目をした2人の老いたローレライの夫婦がその背後に立っていた。
「この人、お父さんに似てる」
「っていうか髪とか目とかエーララそっくりだよな。あと、こっちの座ってるお婆ちゃんって多分うちの初代のミウ・レキノス・カイバラだと思うぞ。家の肖像画にそっくりだ」
「幸せそうだね」
「だな」
その絵には幸せが溢れていた。この絵に描かれている人の一部しか2人は知らないし、実際に会った訳でもない。それでもその絵から2人へ伝わってくるのは確かな幸せだった。
「っとと今はのんびり絵を見てる暇は無かったんだ。エーララも探してくれよ」
「うん」
ルイスはそう言うと再び目的の場所を探して歩き始めた。遠ざかっていくその絵を名残惜しそうに眺めながらエーララがぽつりと呟いた。
「ルイスのご先祖様と私たちのご先祖様の間に座っていた黒髪のおじさんって誰なんだろう? 他の人とはちょっと歳が離れてるよね」
ルイスは船内を歩き回り、ついに操舵室へと到着した。レキノス・カイバラ家にもギフトシップがあるためそこまで到着すれば後はどうすれば良いのかルイスにはわかっていた。
エーララを操舵席へと座らせ、ルイスは鍵を差し込むとそれを回した。暗かった室内に明かりがつき、そして2人の目の前の6つのモニターに様々な情報が表示されていく。
「ようこそ、フォーレッドオーシャン号へ。あなたの快適な旅をナビゲートさせていただきます。おや、当主の方々ではないようですね」
突然、天井から降ってきた声に2人がびくりと体を震わせる。しかもなぜか当主でないことも知られておりそれが余計に2人に不安を与えた。しかしルイスはギュッとこぶしを握り締めると声の聞こえた方へ向かって顔を上げた。
「助けてくれ。姉ちゃんが無理やり結婚させられそうなんだ!」
「私からもお願いします。ルイスのお姉ちゃんはとっても良い人なんです」
「……」
ルイスとエーララが頭を下げる。しかし言葉が返ってくることは無かった。やっぱり駄目なのか、そう考え2人が顔を上げるとそこには黒髪の30代ほどの見覚えのある男性が黒いスーツを着てにこやかに笑いながら立っていた。
「わかりました。詳しい事情をお伺いしましょう。それではこちらへどうぞ。流石に操舵席では殺風景ですしね。そして改めて、ようこそ私の船フォーレッドオーシャン号へ」
最後までお読みいただきありがとうございます。
これだけ多くの方に読んでいただける機会に恵まれたことを本当に感謝しています。
話の内容がかなり偏っているので大丈夫かなとも思ったのですが海の楽しさを、船の楽しさを少しでも伝えることが出来たのならば幸いです。
本当にありがとうございました。
以下、蛇足ですが……
本作ですが2章において大きな分岐がありました。今回書き終えたバーランド大陸の戦争ルートとは別に海底遺跡やマーマンとの抗争など本当に海をメインにした構想があったのですが悩んだ末に今のルートを選択しました。
書き終えた今考えてみると、そちらのルートの方がメガシップの活躍をもっと書けたのではないかと考えたり……とは言え後悔はしていません。また機会があれば書ければいいなと思っていますのでいつかお目にする機会があればと思います。
ちなみに連続投稿で完結日を調整して2月22日にしました。ある有名な船の記念すべき日です。船の名前は知っている人が多いと思いますが……
それでは本当にありがとうございました。
あっ、ちなみに下の方に新作のリンクも貼ってありますので宜しければ見てくださると私が喜びます。童話始まりのファンタジーになります。




