Flag139:兵器の開発を打診しましょう
「何をさせる気?」
握手したまま警戒心をあらわにしているマリサさんに笑顔で返します。しかしその姿に内心少しの疑問が湧き上がっていました。その反応がテイラーさんに酷似していたからです。
私が思った以上に特級鍛冶師というものは特別な意味を持っているのかもしれませんね。
ちょっとからかうつもりだったのですがやめておいた方が無難の様です。ふぅ、と息を吐き手を離します。
「これからランドル皇国と戦争が起こるだろうことは聞いていますか?」
「うん。おじいちゃんから」
「ランドル皇国は今、大きな変革の最中です。船に関してもギフトシップのように帆が無くても操船できるものが現れています。早ければすぐに、遅くとも5年程度で戦争が起こるだろうと予想されています。ここまでは良いですか?」
一瞬外輪船の話をした時にマリサさんの表情がキラリと光ったのですが私の真剣な表情にすぐに元の表情へと戻り、黙って首を縦にコクコクと動かしました。
「今、エリザさんたちはそれを防ぐために同盟を組もうとしている訳です。まあおそらくそれでも戦争は止まらないでしょうが起きてしまった場合に協力して被害を減らそうとしています。その一助となる武器……いえ、兵器を作るお手伝いをお願いしたいのですよ」
「特級鍛冶師の武器は他国へは売れないけど……」
「そうなのですか」
マリサさんが首を横に振って私の提案を否定します。
うーん、国がなぜ腕前を認定しているのだろうと思いましたがある一定以上の技術を持った職人の武器を他国へと渡らせないためでしたか。まあ強い武器が他国へと出てしまってそれが自分の国を襲うことになるのは避けたいということでしょうか。
他にも理由があるのかもしれませんけれど。
しかし武器を造れないとなると少し困ったことになってしまいますね。兵器自体は特級鍛冶師以外の方に手伝っていただければ別に問題はないのですがマリサさんに融資する名目としては……
「あっ」
「なに?」
ふと思いついた考えに思わず声が出ました。そんな私をマリサさんが不思議そうに見つめています。そうですね、武器は売れないのは仕方がありません。だから武器でなければ良いのですよね。
「ちなみに武器以外は売ることが出来るのですか?」
「まあ、普通は。私はしたことが無いけど」
「では水に浮かぶ金属の塊の開発をお願いしたいのですが。中は空洞でその表面にぼつぼつと棘のような突起をつけてそれを押すことが出来るようなものを。あっ、もちろん中に水は入ってはいけません」
「ちょ、ちょっと待って。今メモを取るから」
マリサさんが先ほどまで船を書いていた紙の束から新しいページを選び、そこに私が言ったことを記入していきます。そしてさらさらとイメージ図なのでしょう、棘付きの鉄球のような大まかな図面を書き上げていきました。
「こんな感じ?」
「ええ。実験してみないと最終的な形はわかりませんが問題ないと思います。金属が水に浮くと言う実績にもなりますし武器ではありませんしマリサさんもお金が手に入る。良い取引になりそうですね」
「いや、それはそうだけど……結局なんなの?」
「それ自体はただの浮かぶ金属の塊ですよ。ただ使い方を変えれば武器になるだけで」
「これで殴るとか? 中が空洞だと威力が落ちそうだけど?」
「大きさ的には一抱えはあると思いますので殴るのは難しいでしょうね」
疑問符を頭に浮かべているマリサさんに曖昧に笑って返します。
私が開発しようとしている武器、それはいわゆる機雷です。まあわかりやすく言えば海の地雷のようなものです。その金属の塊の突起に船が当たると中の爆薬が炸裂し船底へ穴を開けると言う兵器です。
機雷の実戦での歴史はそこまで古いものではなく19世紀に入ってから使われるようになりました。その正体が判明するまでは敵もいないのに船底に穴が開くという正体不明の攻撃にかなり混乱をきたしたようです。
日本では日露戦争において戦艦初瀬と八島を機雷によって失ったということが有名でしょうか。その他にも海に囲まれているという立地上、第二次世界大戦では日本近海の港湾や海峡にかなりの機雷が設置され、大きな被害を受けた上にその除去に長い年月と莫大な費用がかかったということもありどちらかと言えば日本にとっては相手が使ってくる兵器と言うイメージが強いかもしれません。
私がこの機雷を選択した理由はいくつかあります。
その中でも大きな理由の1つは構造の単純性です。私は船は好きですが兵器についてはそこまで詳しくありません。魚雷やミサイルと言った兵器を単独で開発できるような知識があれば話は早いのですがさすがに無理です。
機雷に関しても私が作ろうとしている接触式の機雷以外にも遠隔で爆破できたりするものやレーダーなどを使用し自動で起爆するようなものがあることは知っていますが開発は困難です。まあ魔道具という良くわからないものもありますので絶対に不可能とも言いませんが。
その点、接触式の機雷であれば構造は簡単です。要は接触を感知し内部の爆薬を破裂させれば良いのですからやり様はいくらでもあります。極端なことを言えばスイッチを入れれば火がつくコンロの魔道具と同じとも言えますしね。もちろん構造や大きさなど試行錯誤は必要でしょうが。
機雷を使うということに関していくつかの問題点もあるわけですがそれに関しても対策は考えてあります。関係各位に相談が必要ですがまずは機雷そのものが出来るかどうかを確認しなくてはいけません。間に合うかどうかもわかりませんしね。
「とりあえず今回の外遊中は作ることが出来ませんのでどういったものか映画を見ていただく予定です。その上で内部の仕組みをノシュフォードさんと一緒に考えていただこうかと思っています。お2人ともよろしいですか?」
「ああ」
「えっと、よくわからないけどそれが船の開発に繋がるなら」
「良かったです。テイラーさんの説得は私もお手伝いさせていただきますから。兵器……ではなく浮かぶ金属の塊の開発も、そして船の開発についてもですね」
「ありがとう」
私の言葉にマリサさんが嬉しそうに笑いました。金属製の船を建造するという夢への具体的な道がわずかながらに見えたことが嬉しいのでしょう。おそらくこれならば積極的に機雷の開発もしていただけるはずです。
問題はテイラーさんの説得ですが……まあなんとかしましょう。時間もありませんから開発費を渋るつもりはありませんし、その過程でドワーフ自治国にはある程度の特需が生まれる程度の利益は与えられるはずです。基本的な作り方さえ開発してしまえば他のドワーフの方々に制作を委託して量産も可能でしょうしね。
国としてみれば悪い話ではないです。まあマリサさんを拘束してしまうという部分でどう反応されるかが心配ではありますけれど。
「では今の話を契約書として作成しますので後で確認してくださいね」
「えっ? 契約書?」
「はい。口頭の約束ではマリサさんも心配でしょう。もちろん裏切るようなつもりは毛頭ありませんがお金の絡んだこういった重要なことは契約書に起こしておいたほうが良いですし。マリサさんも作った武器などを売ったりするのならそういった経験があるのではないですか?」
そう聞くとマリサさんは視線を斜め上に逸らしながらぽりぽりと頬をかきました。
「そういうのは全部おじいちゃんが……」
「みなまで言わずともわかりました。まずは契約書の読み方からお教えします。金属製の船を造ることを目標にしているのならいつかは必要になることですからね。この外遊中は幸い時間がありますし」
「いや、私はそういったことは……」
「頑張りましょうね」
「うん」
にっこりと笑いかけ逃げようとしたマリサさんに了承させます。今後のことを考えれば契約書は必須になるでしょうしね。私がいつまでもそばにいるというわけではありませんし。
外遊中は実際に作成して実験を行うということは出来ません。機雷に関して試案する時間を除いたとしても契約に関して勉強する時間は取れるはずです。良い機会ですしみっちりと勉強していただきますかね。
それにしてもテイラーさんは本当にマリサさんを甘やかしていたようですね。はぁ、孫には甘くなるというのは人間であってもドワーフであっても同じようです。引きつった顔をしているマリサさんを見ながらそんなことを思うのでした。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【マードック・マッケンジー】
18世紀のスコットランドの測量技師で陸地測量で使われていた三角測量を利用して海上での測量の基準を定める方法を提唱した人物です。
当時の測量はほとんどの場合民間の海図出版業者がスポンサーになっておりその測量方法もばらばらであったりして海図が正確でないと言うことが往々にありました。しかし海上貿易の急激な伸びから19世紀ごろから海洋国家の政府が大がかりに測量事業を支援しはじめマッケンジーの提唱した方法によって画一した正確な地図が広がっていったのです。
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