Flag110:交渉の経過を確認しましょう
エリザさんたちがセドナ国の町へと入っていってから既に1週間が経過しました。船に残された私たちと言えば町に入ることが出来るわけでもなくはっきり言ってしまえば暇です。一応町へと入る門の手前に私たちが食料などを補給できるようにという意味合いなのでしょう、いくつかの露店のようなものが出ています。
新鮮な野菜などの他に魔道具なども販売しており色々な意味で興味深かったのですが、最も良い収穫としては卵とメープルシロップでしょうか。卵については料理にもお菓子にも利用できる万能食材ですし、メープルシロップは私の船には積んでいませんでしたので。見たところカエデの木があるようには見えませんのでメープルではないかもしれませんが。
とは言えせっかくメープルシロップが手に入ったのです。ルムッテロで仕入れた牛乳も長期間は保存できませんので消費もかねて最近の朝食はホットケーキが定番です。甘いものが苦手な方は普通に事前に希望を聞いて砂糖なしのものを焼いていますので特に不満はなさそうです。
今日は少しいつもより人数が多いですが。
「ふむ、話し合いが始まらないですか?」
「ええ、歓迎はされていますし丁重な扱いをされてはいるのですが話し合いの日程を決めようとするとはぐらかされてしまって」
「姫様、元気出してー」
「ほらっ、美味しいよー」
ため息を吐きながらそんなことを言うエリザさんを両脇に座ったハイ君とホアちゃんが励ましています。2人はついていくことが出来ずに寂しがっていましたからね。2人を叱ろうと口を開こうとしているミウさんに視線を送り止めます。エリザさん自身もうっぷんが溜まっているようですし2人で癒されているようですから。
「ミウさんの印象としてはどうでしょうか?」
「会談内容に後ろ向きという訳では無いと思います。しいて言えば何かを待っているような、そんな印象を受けました」
「何かを待っている、ですか……」
私の言葉にミウさんがうなずきます。
うーん、会談の内容についての概要は事前に伝えてありますからことの重要性を把握できていないとは思えません。そんな無能が国の舵取りをしているのであればいくら天然の要塞があったとしてもここまで不安定な立地に位置した国が侵攻されることなく平穏を保っているはずがありませんからね。
丁重に扱われていると言う話ですから事を荒立てないように細心の注意を払いながら時間を稼いでいるという事。私の頭の中に良い想定と悪い想定が思い浮かびます。悪い想定通りだとしたらここでのんびりとしている暇はありません。
「そういえばアイリーン殿下はどうされていますか?」
「基本はエリザベート殿下と一緒にいますね。ずいぶんと楽しそうですよ」
「ははっ、そうですか」
まあ口に出しては誰も言いませんがアイリーン殿下は完全にお飾りですからね。とは言え王族という地位は非常に強力です。こちらの本気度合いを見せる意味では申し分ない人選と言えます。
部下が優秀であれば上司が変に力を発揮しない方が物事はうまく進んだりしますからね。一番厄介なのは無能であるのに働き者の上司ですから。
食事を終えハイ君とホアちゃんに連れられてエリザさんが部屋に戻った後、ミウさんとマインさんと私で部屋に残って話を続けます。この2人とは認識を一致させておかないと離れ離れになっている今の状況では致命的なことになりかねませんからね。
「マインさんから見て警備状況はどうですか? 人員の不足などは?」
「ないな。宿というよりは1つの建物を貸し切りで使わせてもらっているから警備は比較的楽だ。怪しい動きをしている者もいない」
「そうですか」
マインさんを始め、獣人の護衛の方々は鼻が普通の人間と比較にならないほど良い人が多いですし、耳の良い人や夜目が効く人など護衛としては頼もしい人材ばかりがそろっています。
若干この大陸の言葉が不自由ですが護衛の隊長であるマインさんとは十分に意思疎通が出来ていますので問題はありませんし。逆に獣人の言葉で話すことで警備の内容を伝えないという事も出来ますしね。
マインさんが大丈夫というなら問題はないでしょう。最悪船から応援を出すことも考えていたのですがこちらもこちらで遊んでいるわけではありませんしね。
「ミウさんは現状についてどう思いますか? 何か心配事などはありませんか?」
「話し合いの日程調整にさえたどり着けていませんからね。私としてはセドナ国を一度離れてドワーフ自治国へ行くべきかと思います。セドナ国にはこちらから訪問したのに会談もせずに別の国へ行くなど面目を潰したと言われるかもしれませんが、あちらが会談に応じていないのは事実ですから強くは言えないでしょう」
「確かにそうですね。ただ印象が悪くなるだろうことは避けられません」
「それも承知の上です」
珍しく強硬な意見ですね。ミウさんならば国というものから印象が悪くなった時のデメリットについては十分に理解しているでしょうに。
現状で会談に応じていないと言うのは事実ですが、後からそのことを私たちが言ったとしても準備を進めていただけだと言われてしまえばこちらの正当性は強くはありません。逆に会談を申し込み準備をさせておいて別の国へと向かったとなればそれはこちらの過失となります。
交渉の場で過失があると言うのはかなりのデメリットです。相手が素人であればそれをひっくり返すことも出来ますが今回は相手が国です。海千山千の交渉役が出てくるでしょう。対等でなければ交渉をまとめるのも一苦労です。それでもなおミウさんが国を出ると主張するのは……
「ミウさん。この国が既にランドル皇国と密約を結んでいる可能性を考えましたね」
「はい」
「まさか!」
マインさんは驚いていますが、一方でミウさんは淡々とした表情でうなずいています。
確かに可能性としてはありえます。今回同盟を結ばれて一番不利益を被るのはランドル皇国に他なりません。現状のセドナ国の会談の引き延ばしという対応で利があるのはランドル皇国ですからね。
私自身その可能性については考えていましたが……
「個人的な意見としてはないと思いますがね」
「無いと信じたいでは無くですか?」
「ええ。無いと思います」
思いの部分を強調してミウさんの目を見つめます。その目は私の真意を探るようにじっとこちらを見ていました。しばらくしてミウさんはふっと体の力を抜きました。
「わかりました。私としてもそうである可能性は2割あるかどうかと考えていましたし。ワタルさんがわざわざそう考えるならばそれを信じます」
「はい。ですので引き続き交渉を粘り強く行ってください。ある時期が来ればすんなりと進むとは思いますのでそれまでエリザさんのフォローをお願いします」
「わかりました」
とりあえず方針としてはこのまま継続という事で良いでしょう。待つ時間が長くなれば長くなるだけ立場が悪くなるのはあちらですからね。
時間が限られているとは言え、今日明日にランドル皇国が攻めてくるという事はないでしょう。そういう事に敏感な商人たちのやり取りも今のところ全く変わりはありませんしね。
「という事で方針としては今まで通りということで良いですね」
「はい」
「ああ」
特に疑問も上がりませんでしたのでこれで終わりです。あぁ。そういえばまだ議題としては残っていましたね。うーん、私も暇ですしついでに少し動いてみますか。
「後は別件なのですがこの船にアイリーン殿下などをお招きすると言う件でご相談がありまして」
「あぁ、あの話ですね。セドナ国からはこちらの都合を優先してよいと言われていますのでいつでも大丈夫かと思いますが」
「では日程調整をお願いします。それにあたって少しお願いしたいことがありまして」
「お願いしたいことですか?」
私のお願いに2人は少し驚いていましたがしっかりと首を縦に振ってくれました。まあお返しをするだけですから問題は無いですよね。
役に立つかわからない海の知識コーナー
【ナザレ】
ある一部の方にはおなじみと言っていいかもしれませんがポルトガルにある田舎町の名前です。サーファーの間ではビックウェーブが来ることで有名な場所になっています。
有名なビックウェーブのスポットと言えばハワイのノースショアにあるワイメアやパイプラインなどもありますが、このナザレでは近年もっとも高い波に乗ったサーファーと言うギネス記録が更新されました。その高さ24.38メートル。つまりビル8階分の高さの波に乗ったということです。下手に巻き込まれれば命はないとわかっているのでしょうがそれでも波を求めるのがサーファーなのでしょうね。
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お読みいただきありがとうございます。
なぜか私にもビックウェーブが来ています。原因はわかりませんがたくさんの方に読んでいただけるのは書いている身としては嬉しいものです。これからもぼちぼちと更新を続けていきますのでお付き合いいただければ幸いです。




