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無能と呼ばれた娘  作者: 昼咲月見草


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商人スタフ

 どかり、といかにも高級なソファに腰を下ろし、代官はまるで自分がその部屋の主人であるかのようにくつろいだ。


 この1ヶ月近く、腹の立つことばかりだ。

 しかも海の上での移動が長く、波は荒れて碌にものも食べられない。


 ようやく人間らしい場所に戻ったと代官は大きく息をついた。



「お疲れのようですな」



 笑顔で声をかけてきたのは、帝国と代官の連絡役をしている商人スタフである。


 代官は苦々しげに口を開いた。


「領主が代わっただろう」


「アルバート・ウィングレイですな。あの男に代わって以来、いろいろ締め付けが多くてやりにくくて仕方ありません」


「島から司祭の子どもを連れ出しおった。連れ戻しにきたが、すでにどこかへ引き取られた後でな」



 商人は帝国から連れて来ているメイドに茶を淹れさせながら「はて」と首をひねる。



「それはどうでも良いのではありませんかな? 戸籍上、司祭の子どもとなっているのは島にいるアルダ様のご息女でしょう」


「ああ。だが目の届くところに置いておかなければ落ち着かん」


「それもそうですな」



 さっさと殺しておけば良かったのに、と商人は机を見つめる。

 島の王家の子どもは帝国にやったあと、思う通りに育たなかったので血を残す前に殺されたはずだ。

 女に目が眩むから面倒なことになる。


 島で代官程度の教養と育てられ方しかしていない目の前の男は、帝国貴族としてもあまり質がよろしくない。


 血筋は当然重要だが、どのような教育を受けて来たかもまた、同様に重要なのだ。


 スタフは貧農の村で生まれ育った。

 村を回って商売をしていた商人に拾われて、苦労して今ここにいる。

 帝国の高位貴族や皇族とも(まみ)えることのある彼からすれば、皇族の血を引こうが所詮、地方の小役人。

 尊大な態度が身の丈に合わない小物の希望など、たいして叶えてやる気にもならなかった。


 大体、皇族といっても本流とは程遠い継承権もないような家の娘が駆け落ちして、捨てられた後に産んだ、始末に困った子どもなのだ。


 帝国への忠誠心を強めるため説明していないが、この計画が頓挫したところで帝国には痛くも痒くもない。

 

 今すぐに南の大陸が欲しいとか、王国を支配したいとかそういう話ではないのだ。


 帝国は長い歴史を持っている。

 それは長い時間をかけて周囲の土地を呑み込んできたという事だ。


 張り巡らせた糸が一本切れるだけ。



「ではその子どもがどこへ引き取られたか探しておきましょう。見つかれば、攫うなり買い取るなり、どのようにしてでも手に入れて島へ送り届けます。その後は、けして他に知られないよう、地下深くにでも閉じ込めておくことをお勧めいたします」



 代官が欲しいと思っているだろう言葉を発して、スタフはニヤニヤと笑みを作って揉み手をした。



「そうしよう。これは前金だ。あとは子どもと引き換えに払う」


 言って、代官は机に金貨を1枚放り投げた。


「ありがとうございます」


 さらに激しく揉み手をしながら、スタフは頭の中でダラントに関する計画を握りつぶしたのだった。












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