第10話:わたくしがマリーですわ
「フフフーン♪ マジシャンズー♪ ラララマジシャンズー♪」
「ミッチーご機嫌だねぇ」
「マジシャンズとはそんなに素敵な街なのかい?」
スキップしながら街道を進む俺に対してリアとティーナは頭に疑問符を浮かべる。ふふふ、してほしい質問をしてくれるじゃないの。
「マジシャンズはな、白い石畳を基調とした美しい街で魔法の開発が盛んなんだ。街のそこかしこにある魔法技術の美しさもさることながら住人の人柄も穏やかで過ごしやすく、そこにいるヒロインも―――」
「あ、ティーナっちのリボン可愛いー」
「ありがとう。リアのチェーンも似合っているぞ」
「話聞いてる!? 聞いてないね!?」
俺の話そっちのけでおしゃべりしている二人。おいコラ。お前らが話振ってきたんじゃねえかちゃんと聞けよ。
「だってぇ、ミッチーの話長いんだもん♪」
「くどいんだもん♪」
「もん♪ じゃねえ! しょうがねぇだろ愛が溢れてるんだから!」
何せランハープレイ中にはプレイ時間の八割をマジシャンズで過ごしたくらいだからな。街並みを見てるだけでご飯三杯食えるわ。
「そんなマジシャンズももうすぐだねぇ。そりゃスキップもしちゃうわ」
「そりゃ露出もしちゃうわ」
「すんな! あの街の人たちは純粋なんだから変態行為に及んだらマジ許さんぞ」
俺はジト目でティーナの瞳を真っ直ぐに射抜く。ティーナはにっこりと笑いながら俺の肩をぽんっと叩いてきた。
「大丈夫だみっちゃん。私の露出は変態行為ではない。ライフワークだ」
「手遅れじゃねーか! 転生しろ!」
そして厚生しろ。元々清楚な女の子だったのに何故こんな変態になっちまったのか……神は死んだのか。
「わかったよみっちゃん……といいつつオープンヌ!」
「まぶしっ!? やめろ目が潰れる!」
前が開かれたティーナの体から眩すぎる光が放たれ、俺は咄嗟に右手で両目を覆って防御する。
マジで何も見えなくなるレベルの光だぞこれ。光魔法でもこんな光量出ないんじゃないか?
「ティーナ! さっさと前閉めろ!」
「何故だ! 私の裸体を見たくないと!?」
「そもそも何も見えねぇんだよ! いいから閉めろ!」
俺は必死に声を荒げてティーナにコートの前を閉めるよう伝える。やがて光は落ち着き、どうやらティーナが前を閉めてくれたようだ。
「何故だ……露出したいのにできない。何このジレンマ」
「個人的には助かってるけどな……ヒロインが露出してきたら反応に困るわ」
四つん這いになって落ち込んでいるティーナに対して返事を返す俺。リアはそんな俺の背中に乗っかってきた。
「そんなこと言ってー。ホントは裸が見れなくて残念なんじゃないのぉ?」
「う、うるせぇな! ていうかいつのまにグラサンしてんの君!?」
よく見るとリアの目には大き目のサングラスが乗っかっている。めちゃくちゃ似合ってはいるがどっから出したんだそれ。
「ふっ。ティーナっちの光対策だよ。ていうか何で用意してないのミッチー」
「くそっ……そういやそうだな」
俺は膝に手を置きがっくりと肩を落とす。その様子を見たリアは口をωの形にすると嬉しそうに言葉を続けた。
「おやおや、駄目だなぁミッチー。準備不足だよぉ?」
「ああ。何よりお前ごときに発想力で負けたことが悔しいよ」
「久しぶりにキレちまったわ……」
やばい。締まる。リアのやつマジで首絞めてきてる。このままじゃ地獄の門が見えてしまいそうだ。
「それより先を急ごう。明るいうちに到着した方が良いのだろう?」
ティーナは胸の下で腕を組みながら街道の先を見つめる。確かに言う通りだな。今は先を急ごう。
「俺が悪かったよリア。馬鹿に馬鹿って言っちゃいけないよな」
「反省してねぇ! もう! ミッチーの馬鹿! アホ! ハリセンマニア!」
「どういう罵倒!? マニアではねえよ常に持ってるけど!」
そもそも俺が求めてハリセンを持ってるわけじゃないんだが、まあいい。とにかく先に進もう。
「とにかく行こうじゃないか! なっ!」
「あっ!? こら、ごまかすなー!」
「はっはっは。賑やかで結構」
俺は一足先にマジシャンズに向かって走り出す。リアはぷりぷりと怒りながら、ティーナは何故か少し楽しそうにその後ろを追いかけてきた。
美しい石畳が街の中央まで続き、高く高く水を噴き上げている巨大な噴水が街のシンボルとして中央に鎮座している。
噴き上げられた水が作り出す虹は常に街の上にアーチとして浮かび上がり、上から見下ろすマジシャンズの街並みは俺の大好きな景色だ。
「やってきたぜマジシャンズ! ああ、この空気を吸える喜びよ」
「確かに綺麗な街だにぇ」
「ふむ。露出のしがいがある」
「この街にこれ以上光はいらないんでやめてください」
俺は死んだ目をしながらティーナへと懇願する。頼むからこの美しい世界を壊さないでくれ。まあヒロインたちは既に壊れてるけど。
「そういえばさぁ、さっきヒロインがどうとか言ってなかった? ここにも仲間になる女の子がいるのん?」
リアは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる。俺はランハーをプレイしていた頃の記憶を辿った。
「ああ、確かにいるぜ。マリー=フラワーズっていう深窓のお嬢様がな。縦ロールの髪型が特徴的で、紅茶を嗜む仕草に品があるお嬢様系のキャラだ。超金持ちで貴族だけどそういう立場を気にせず分け隔てなく人に接することのできる本当に良い子だったぜ」
「超早口じゃん。ランハー大好きかよ」
「大好きって最初から言ってますけど!? 今更そこツッコむなよ!」
早口でまくしたてる俺に若干引いているリア。この野郎。こちとらランハーに人生賭けてたんじゃい。
まあ今はまさに命がかかってるけどな。
「しかし上品なお嬢様とは、楽しみだな。一体どんなパンティを履いているのだろう」
「ここにきて新しい変態思考を開花させるのやめてくれる!? 露出狂ってだけでお腹いっぱいだから!」
変な事を口走り始めたティーナにツッコミを入れる俺。ティーナは口を3の形にしながら「はぁーい」と気のない返事を返した。
「やーそれにしても、そのマリーちゃんに早く会えるといいぬぇ。お姉さんも楽しみだ!」
「いつからお姉さんキャラになったんだよ……まあ、早く会いたいのは俺もそうだけどな」
確かまずは魔法研究所に挨拶に行って、その時に出会うことになるはずだ。
とりあえずそれまではマジシャンズの観光をしながらのんびり進むとするか。
「おーほっほっほ! おめでとう! いやおめでとうございますわ! あなたたちは選ばれました!」
「……は?」
気付けば俺たちの傍にあった小高い丘の上には一人の女の子が両腕を組んで立っており、縦ロールが風に揺れている。
ついでに揺れたスカートからパンツが丸見えなんだが、これは言わないでおこう。
「お待ちなさい! 今そちらに行きますわ!」
「じゃあなんで丘に登ったんだよ……アホなの?」
「アホだにぇ」
リアは口をωの形にしながらむーんと腕を組む。ティーナは「素敵な二の足だ」と的外れな感想を呟いていた。
「今行きま―――あれっ? ここ思ったより高い。きゃああああ!? へっぶ!」
女の子は思い切り丘から足を滑らせ、俺たちの目の前に顔面から落下する。
心配して近づくと、女の子は土まみれになった顔をがばっと上げて綺麗な瞳で俺を真っ直ぐに見つめた。
「あなた! 特徴がなくて何の取りえもなく、あまつさえ暗い趣味を持っていそうで良いですわ! わたくしの助手に任命します!」
「初対面の短時間でめちゃくちゃディスられたんだけど!?」
「あー……」
「あー……」
「そこの二人! “わかるわ~”みたいな反応すんな!」
俺はちょっと泣きそうになりながら全員にツッコミを入れる。
女の子はがばっと立ち上がると腕を組んで眉間に力を入れた。
「とにかく! この大魔法使いマリー=フラワーズ様の助手になれるのだから感謝なさい! そしてひれ伏しなさい!」
「なんでいきなり勧誘!? ……いや、ちょっと待て。今なんて言った?」
幻聴かなー。まあきっと幻聴だよ。もうこのパターン飽きたもん。そんなわけないよ。
「ひれ伏しなさい!」
「その前」
「大魔法使い!」
「その後」
「助手になれるのだから感謝なさい!」
「君わざと外してるよね!? 今マリーって名乗らなかった!?」
俺は一向に話が進まないことに頭を抱えながら声を荒げる。女の子は俺の言葉を聞くとえっへんと胸を張った。
「その通り! この、このわたくしこそ貴族にして大金持ちにして最高の魔法使い。マリー=フラワーズですわ!」
「……たか」
「ん?」
「またこのパターンかぁああああああああ!」
俺は両手で頭を抱え、大空に声を響かせる。
美しいマジシャンズの街並みはそんな俺の悲鳴に合わせるように、中央の噴水をより一層高く噴き上げていた。




