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14話

「お嬢様、旦那様がお呼びです」


 メイドのリコッテが自室にいた私を呼びに来た。小柄で、リスのような可愛らしさのある子だ。元々は姉に侍っていたメイドだが、姉が出奔したために今は細々とした雑務をこなしているらしい。


「酔いは覚めてる?」

「ええ……ちゃんとしらふです」


 リコッテが苦笑交じりに答える。

 ならば行くかと、メイドを伴って父の書斎へと向かう。


「あのう……旦那様も、悩んでおられたのです」

「まあお姉様が出ていったわけだからね……」


 廊下を歩きながら、リコッテがそんな言葉をかけてきた。


「いえ、そうではなく……アイラ様のことです」

「わたし? なんで?」

「流石にグラッサさまの代わりに嫁として差し出すのはよろしくないと悩み始めたようで……。それで色々と、近隣の貴族様をお招きして良い人が居ないかとお尋ねになっていたそうです」

「……なんて間の悪い」


 ちょっと頭を抱えそうになった。確かに前回のお見合いは不調に終わったし、もしアドラス様がアドラス様でなくコネルだったらとてもありがたい心遣いではあるのだが、どうもピントがズレている。領主としてはそれなりに優秀な方だとは思うのだが、家族が絡む話になると途端に駄目になる。……真面目な未亡人でも見つけて再婚させた方が良いんじゃないかしら。


「……ともかくわかった、穏便に話すから」

「も、申し訳ございません、差し出がましいことを申してしまって」

「ううん、気にしないで」


 突拍子もないことを言い出さなければ穏便に済ませるつもりだ。


 突拍子があるならば保証はできないが。


 そして私は父の書斎の扉を開けた。


「お父様!」

「うむ」


 ……さっきまで足元がふらふらになるまで酔っ払っていたことなど無かったかのように、取り澄ました顔をしている。ああもう、なんでこう貴族の男というのは悪い意味で格好をつけたがるのだろう。


「……まずは、探索の結果についてご報告申し上げます」

「いや、昨日のうちにアイザックから話は聞いている。青魔結晶は手に入ったし変異種を倒したと聞いた。よくやった」

「あ、聞いておりましたか」

「変異種は長生きすればするほど群れを大きくするからな。生まれて間もない内に倒せたのは良かった」

「ありがとうございます。……それで、さきほどのターナー子爵はどういったご用件で来られたのですか」


 そう切り出すと、お父様は少し目を逸らした。

 やましいことがあるな。


「……ジェイムソンとコネルは、どこからかお前の見合いが上手くいかなかったことを聞いたらしくてな」

「はぁ……そうでしたか」


 ウチで働く人間の口から漏れたのか、それともウェリング家の方から漏れたのだろうか。人の口に戸は立てられない以上仕方ないかもしれないが、迷惑な話だ。


「それでジェイムソンの奴がな……そんな流れで嫁に出すくらいならウチに嫁に来させろ、大事にしてやる、と言うもので」

「嫌です」


 私は即座に否定した。


「嫌か」

「絶対、嫌です」

「なぜだ」

「ジェイムソン様は、まあ確かに、お人柄は悪くないかもしれません」

「うむ」

「ですが、あの人の領主としての評判は最悪です。金払いは悪く税は重い、その場しのぎの嘘は多い。うちに来る商人も、いつもいつも愚痴っていたじゃないですか。まあ私が聞いたのはだいぶ昔ですけど今も変わらないでしょう?」

「いや、その……悪い奴ではないのだ。身を挺して味方を守ることも度々あったし、賊もあやつらを恐れているから治安も良い」

「人として騎士として悪くなくても、領主として悪ければ駄目なのです!」


 御用商人の噂において、ご近所の中で一番評判が良いのはウェリング領だ。アドラス様の父上のブルック様は見るからに人の良さそうな外見をしているが、あれはあれで商人としてやり手らしい。逆にもっとも評判が悪いのがターナー家であった。


 ジェイムソン子爵は、豪放磊落で細かいことは気にしない人柄だ。また率先して賊や魔物を相手取り、領民の盾となることをためらわない。それを好ましく思う人間は居る、私のお父様のように。だが下に仕える人間にとってその性格は悩みの種だ。親しい人や家族に頼まれると断れないために縁故で領内の人事を動かしてしまったり、担保も取らずに金を貸してしまったり、自分がトップであることを忘れて戦いで前に出過ぎて、部下達が怪我を負ったり。そのしわ寄せは結局仕える人間や領民に行くために税も労役も重い。ターナー家の農村からウェリング家の農村に嫁いだ娘など、最初こそひもじく痩せていたのに次の月には妊娠もまだなのにまるまると太ってしまった、などという噂がまことしやかに流れている。ジェイムソン子爵は人の盾となり人に施しを与える仁の心はあっても、正道を歩む義の心が無いのだ。


 そしてそれに輪をかけてひどいのが、息子のコネルだ。親が持つ仁愛を持っておらず、親の持っていない義も当然こいつにはない。父の威光を振りかざして自分に擦り寄る人間だけを可愛がる悪癖を持っている。領主の長男でありながら、はっきり言って徳が無い。


 二人共、兵の小隊長程度なり腕自慢の農夫なり分相応の職に務める身分であったならば本人も周囲も平和だったとは思うが、現実として彼らが領地の頭でありそこが不幸の源だった。


「それにですね、お父様」

「それに、なんだ?」

「コネル様はお姉さまにひどくご執心だったでしょう?」

「うむ。まあグラッサが嫌がったので縁談にはならなかったが」


 そうだろう。

 お姉様と私の数少ない共通点は、ターナー家が嫌いなことだった。

 まあお姉様は単純に見た目が嫌いだったところが大きかったが。


「もし仮にですよ。お姉様が子供を連れて出戻ってきたらどうします?」

「うっ……」


 お父様が渋い顔になった。ありありと想像してしまったようだ。


「無茶な要求をしてくると思いますよ。妹の面倒を見ているのだから姉の面倒も見るのが人の道だとかどうとか言って、姉の身柄を要求してくると思います。姉に子供が居たらなんとしても手に入れようとするかもしれません。周囲を巻き込んで相当な揉め事になりますよ。その」


 おそらくその点は全く考えていなかったのだろう。

 しまったとばかりに額を手で抑えた。


「……無いとは言えんな」

「それに、もし仮に私がターナー家に嫁に行くことに鳴ったらアドラス様に対してどう申し開きするんですか」

「ウェリング家にはそれなりの賠償や見舞いの金を用意する。お前が嫁に行く行かないに関わらずな。ただ」

「ただ?」

「……あやつ、ジェイムソンの指摘も、もっともだと思ったのだ。家族の後始末で仕方なく嫁がせては、この先お前の娘が苦労するぞと。それは親としてどうなのかと」

「……お父様」


 それで、私のことを思いやってくれていたのか。


 私は、そのお父様の言葉と思いを受けて、


 真顔で


「絶対にターナー家の方が苦労します」


 と、断言した。


「だが、あやつは身内を大事にするし、お前もウェリング家の息子の機嫌を取るのも苦労が多いだろう」

「別に私はウェリング家の人にいじめられてるわけじゃありませんし、アドラス様は立派な紳士です!」

「うむ? そうなのか?」

「そうです! ああもう……」


 そこが誤解の元だったか……。


 気を使ってくれたことはありがたいが、なんでそんな間の悪いタイミングで言い出すのか。

 親心を出すのであれば、母が生きていた頃や、姉が家にいた頃に見せて欲しかった。


 ……いや、よそう。今はそれよりも大事なことがある。


「ともかく、コネルとの結婚は嫌でございます。何が悲しくて背中に毛虫を入れてきた男のところに嫁に行かねばならないんですか」

「あやつそんなことしてたのか?」

「私などまだ良いです。弟など馬糞をぶっかけられたのですから」


 もう思い出しただけで憎らしい。弟など大人になったら斬ってやると息巻いていた。私があいつと結婚したら弟がコネルを本気で斬り殺しに来るかもしれない。コネルはともかく弟に殺人の咎は追わせたくないのだ。


「なぜ言わん!」

「いえ子供の頃の話ですから……それに私はともかく弟は隠したがるでしょう」

「そ、そうか……」


 というか、出会い頭のコネルの言葉を考えれば、いじめっ子気質は変わっていないだろうな。もうあいつもいい年しているだろうに、本当に頭が痛くなる。


 ……って、あれ?


「……なんで子爵様は、コネルを紹介してきたんですか? アレもいい年だと思うのですが、今まで独身だったので?」

「ジェイムソンはさっさと息子に結婚して欲しかったようだが、息子の方はグラッサのことを諦めきれなかったようでな」

「うわっ」

「グラッサが嫌だと言うし、ターナー家側もやめておけと言う声が大きくて結局見合いも成立しなかったが」

「そ、そうですか」


 今生まれて初めて、ちょっとだけお姉様に同情したかもしれない。


「とりあえずジェイムソンにはお前を嫁がせるとは答えていない。断りの手紙を書いておこう」

「ぜひそうしてください」


 あーもう、疲れた……。

 面倒な外野にやいのやいの言われない内にアドラス様とのお見合いを済ませたい……。


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