12話
さて。改めて状況を確認しよう。
ここの領主の次女である私アイラと農夫兼冒険者アイザック達4人のパーティは、私の姉グラッサが婚約者のアドラス様を捨てて男と駆け落ちしたことへの詫びのために青魔結晶を探し求め、ダンジョン「虎牙義戦窟」を探索した。だが探索中にアドラス様一行と偶然遭遇し、彼らもまた青魔結晶を探していたことを知る。紆余曲折あって互いに青魔結晶を探し出したほうが勝ちというルールで競争をしたのだが、変異種と呼ばれる凶悪な魔物が襲い掛かってきた。命の危機を感じるほどに追い詰められた私達だったが、私がアドラス様の魔剣を使うことで奥義に開眼し、辛くも撃退できた。だが魔力の枯渇によって意識を失ってアイザック達の村へと運ばれたが、丸一日寝倒して今元気に復活したところである。
以上、ここまでの現状認識よし。
そしてアイザックが心配して屋敷のアーニャを呼び、アーニャが私を看病してくれていたようだ。アドラス様達も心配してここに泊ってくれており、心配して様子を見に来たところに丁度私が目を覚ました……というわけだ。
私が目を覚ましてから小一時間ほど経って、改めてアドラス様を呼んで話し合うことになった。
身だしなみは整えた。ご飯も軽く済ませた。今度こそ出歯亀も居ない。
よし、全部問題なし。
「ではまず、今回の探索の報酬についてだ」
「はい、魔結晶ですね」
と私が言うと、アドラス様が頷く。
「特に紫魔結晶が問題だな。率直に言うと、これを君らから買い取りたいのだ」
「なるほど」
ここまで高額な戦利品となると気軽に譲るわけにも行かない。私は後から戦闘に参加したとはいえ、あの変異種のブラッドタイガーを斬ったことは事実である。ゆえに私達パーティーの取り分を主張し、仲間のアイザック達と分け合わねばならない。まかりなりにもリーダーとして、仲間達の納得の行く合意を見出す必要がある。報酬の分け方はいつも悩みの種だ。身の軽い魔術学校の学生同士ですら揉めるのだ。大人同士で揉めないわけがない。
「ただ、僕達が先にブラッドタイガーを見つけて戦っていたことも事実だ。それを加味した上での金額にしてほしい」
「アドラス様達の貢献分が、紫ま結晶の値引き分というわけですね」
「そういうことだ」
「そうですね……それにアドラス様の剣もお借りしましたし……」
とはいえ、こんなところで領主の息子や領主の娘が揉めるわけにもいかない。
だいたいこのへんが常識的なところだろう、という部分はあるのだ。
ガツガツとやりあっても無駄に禍根が残るだけだ、ここはお互い大人の対応をしよう。
「それではお譲りする青魔結晶以外は、6が私達、4がアドラス様達という分配にしませんか?」
「ふむ……良いのか? もう少し君らの取り分はあっても良いと思うが」
「はい、ただし」
私はここに条件を加えた。
「魔結晶そのものはアドラス様にお渡ししますので、私達の分……魔結晶を換金した場合の六割の金額を、手形や証文などではなく金貨や銀貨で頂きたいと思います」
「なるほど」
青以上の魔結晶を見つけたとき、これをすぐに現金に変えられる商人はこんな田舎にはなかなか居ない。王都に店をかまえるような大店はともかく、いきなり高級な魔結晶を商人に持っていっても手持ちがないといわれるのが関の山だ。そうなるとより大きな街の両替商やギルドなどに行かねばならず、移動のための時間や費用がかかるし危険も伴う。だが、このあたりで現金の蓄えがある人間に心当たりがある。彼の実家、ウェリング家だ。
魔結晶を買って魔道具という高級品を売りに出す以上、下手な商人よりも手持ちの現金は持っているだろうし、なにより取引相手としても信用が置けるはずだ。すぐに現金化してくれるならば十分に私達にとってメリットとなる。
「そういうことならば承知した。すぐに用意しよう」
「交渉成立ですね」
「こちらとしては万々歳さ。魔剣の実験も捗ったからな」
「ありがたく使わせてもらいました」
そういえばあの剣……魔剣の模造品と言っていたが、とても手に馴染んだ。
世の中にあんなものがあるのかと驚いた。
欲しい。
すっごく、欲しい。
「しかしまさか、初めて手にしたというのに製作者の僕以上に使いこなすのだからな。驚いた」
「す、すみません」
あ、もしかして彼のプライドを刺激してしまっただろうか。
「む? なぜ謝る?」
「いえ、勝手に奪い取ったようなものですし……」
「はは、あの状況で誰の持ち物だの言うつもりはないさ。それにあそこまで使いこなしてくれるのは……製作者冥利に尽きるというものだ」
「そうなのですか?」
「鎧については他の者でもなんとか使えるのだが、剣については使える人間が少なくてな……。剣一本槍一本で渡り歩いてきた傭兵は、支援魔術で体を強化されるのをあまり好まない」
「ああ、それは確かに……防壁や結界なんかは喜ばれるんですけど」
自分の力が勝手に上昇するというのは、微細な勘を殺しかねない。
私は自分の腕力に限界を感じて支援魔術を使う道に走ったが、剣を頼りに生きてきた冒険者や傭兵にはあまり好かれないだろう。
「逆に、魔力に長けているものは魔術中心の戦い方を身に着けているからそもそもこの魔剣が不要だ。予備の戦術の一つとしては十分成り立つとは思うのだが」
「でしょうね」
慣れない剣を振るうよりは火の弾を撃つなりなんなりした方が遥かに効率的だ。
そもそも遠距離や広範囲を攻撃できるならばそれだけで傭兵として食っていける。
「つまるところこのような新造の魔剣を活用するためには、この魔剣に適した戦術を考案し訓練してもらわなければいけないわけだ。ただ魔剣をやみくもに使っても振り回されてしまうだけになる」
「でも、昔からある魔剣はどうなのですか? よくオークションで取引されたり高名な冒険者が使っていたりすることがありますが」
「……ああいう魔剣はどうしても名前が先行しているんだ。人造の魔剣より使い勝手は良いが、結局は同じ問題を抱えている。迂闊に魔剣を手に入れて持て余す人間は意外と多い」
「あ、そうなんですか」
「刻まれた魔術が強力で効力も安定しているから、デメリットを踏まえてでも魔剣を使いこなそうとする冒険者も居るが……大体は箔目当てだ。名高い魔剣の銘と魔剣使いという看板があれば仕官先は選り取りみどりだ」
「……ちょっと世知辛いですね」
高名な冒険者と言えど、結局は根無し草としての苦労はつきまとうのだろう。
「まあ誰しも生きるのは大変ということだな……しかし」
「ん? なんです?」
「魔剣使いや魔剣持ちは何人か会ったことがあるが、初めて魔剣を手にして君のように上手く使いこなせた人間はいないだろう」
アドラス様は顎に手を当て、興味深そうに私を見つめる。
「あ、ありがとうございます」
「魔術学校では支援の魔術を?」
「はい。魔法を使える程度の魔力はあるんですが、専門の魔術師ほど持っているわけでもないので……それで支援魔術を主に習得していました」
「それに加えて剣術か」
「まあ剣術は祖父からの手習いですが」
「ふーむ……剣の基礎もしっかりしている。支援魔術で強化されることも抵抗がない。しかしそれだけなのか?」
アドラス様はさらにまじまじと私を見る。
そんなに珍しいのだろうか。
「あ、あの、そんなに見られると……。それだけとはどういう意味で?」
「っと、すまない。つい。あのときブラッドタイガーを仕留めた技、あれは魔剣の力だけだったのか? 私にとっても想像以上の威力だった」
「ああ、あれは魔剣の強化に加えて自分の魔術で強化を施したので。おかげで魔力も尽きて倒れてしまいました」
「なるほど、重ねがけしたというのか!」
得心が行ったとばかりにアドラス様が膝を打つ。
「その使い方は思いつかなかったな。実行できる人間がそもそも居ない」
「そうですか……?」
「全身鎧をつけたまま綱渡りするようなものだぞ」
そ、そんなに変だろうか。まあ褒めてくれてるんだとは思うけど。
でもなぁ……その綱渡り、またやってみたい。
「そ、その……あの魔剣ですが……もしよければ、また使わせて頂いてもよろしいですか?」
「む? もちろん良いとも。流石に譲渡はできないが、しばらく貸すくらいは構わないぞ」
「えっ、良いんですか!?」
その言葉に私は喜びを露わにした。
が、アドラス様の方は妙に渋い表情を見せている。
「むしろ使い勝手を試してくれる人間が居るならば願ったり叶ったりなんだ。部下に渡しても持て余すし、傭兵は無銘の魔剣なんて危なっかしくて使いたくないと言うし……かなり良い剣を作ったと思うのだがどうも評判が悪くて……」
あ、なんか地雷を踏んでしまった。
「魔剣のついでに作った鎧、探索用のランプ、魔力計といった副産物ばかり褒められて本命の発明品が脇役みたいな扱いになると、自分と世間はズレてるんじゃないかと思ってしまって……」
「あ、その、私は凄いものだと思います! 大丈夫です! これがなくては生き残れませんでした!」
「う、うむ、そうだな」
よし、ここは勢いで乗り切るに限る。
「じゃあ、ありがたく使わせて頂きます!」
「それでは遠慮なく持っていってくれ。使用感や問題点を洗い出すことに協力してくれるならばとても助かる」
やったー!




