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Scene.95「そうだ、それでいい」

 紅蓮の光が目を刺激する。

 辺りに燃え盛る炎の熱が肌を焼き、体から水分を奪っていく。


「はぁ……はぁ……!」


 絶えずサイコキネシスを駿に向けて放ちながら、フレイヤはジリジリと距離を取る。

 ゆらりと揺れる駿の体は、しかしフレイヤのサイコキネシスによるものではない。彼女の放ったサイコキネシスは、全てカグチツの炎が焼き払っている。

 彼の周辺は、実に静かなものだ。ごうごうと燃え盛る炎は熱波を放っているはずだが、駿の着ている衣服を揺らすことはない。カグツチの炎は、彼の体に影響を与えない、とでもいうのだろうか。

 乾く体を誤魔化すように、唾を飲み込んだ。


(ここまでは、いい……予定、どおり……)


 周辺の熱にやられ、若干朦朧としてきた頭の中で、フレイヤは考える。

 そう。ここまでは、彼女にとって予定通り。自身が駿に敵わないことなど、彼女は当の昔に知っていた。

 故に、ここに来たのは、時間稼ぎのためだ。

 全人類の中で、唯一異世駿を打倒し得る、新上暁のための。


(彼の持つ……空間打撃……。あれが決まれば、カグツチを打倒し得るかもしれない……!)


 彼女自身、身をもって知っている、空間を利用した暁の切り札、空間打撃。

 あれは、空間そのものを利用するため、あらゆる物理的な防御を透過する。だが、異能の力を利用したものではないため、サイコキネシスを利用しているときに、空間を燃やすことは難しいはずなのだ。

 そもそも、カグツチが空間までも燃やせるとは限らない。炎に限らず、あらゆる森羅万象は空間の中に存在する。すなわち、空間の消滅は、その中に存在する森羅万象の消滅にもなり得るのだ。

 カグツチが森羅万象を灰に還すということは、対象の消滅を意味する。果たして、空間を燃やしたときカグツチは存在し得るのか? し得ないのだとすれば、カグツチは空間を燃やせると言えるのか?

 駿は、空間を燃やせると明言したことはない。したことがないのか、できないのか。それは分からない。

 だが、もし。駿が空間を燃やさないのではなく、燃やせないのであるとしたら。それは、暁にとっては大きなアドバンテージとなるはずなのだ。


(そのために問題となるのは……時間……)


 サイコキネシスで辺りの瓦礫を飛ばして駿へのけん制を行う。小さな軽自動車ほどの大きさの、結構なサイズの瓦礫だ。直撃すれば、駿とて無事では済まないだろう。

 だが、カグツチはその接近を許さない。

 フレイヤが瓦礫を放って間はほんの僅か。一瞬にして瓦礫は灰へと還っていった。

 ……駿のカグツチと相対した時、彼の持久力と同程度かそれ以上に厄介になるのが、この速さだ。

 少なくとも、人以上に大きく、人以上に燃えにくいはずの先ほどの瓦礫を燃やし尽くすのに一秒かからなかった。人であれば、もっと短い時間で燃やし尽くせるだろう。

 そうさせないためにも、カグツチと相対した場合は途切れないよう、攻撃を続ける必要があるのだ。

 対し、切札となり得る暁の空間打撃……これには一定時間の溜めが必要となる。

 どれほどの時間が必要になるのかは、どのような形で空間を打撃に利用するかによるようだ。

 フレイヤは、自らが打ち倒された時の経験から考える。


(動きながらなら……三十分以上……動かなければ、であればそれ以下になるはず……)


 サイコキネシスのチャージは、動きながらでもできるようだが、三十分も攻撃に罹るようではお話にならない。

 暁には、サイコキネシスのチャージに専念してもらうべきだろう。


(私が来たことで、アラガミ・アカツキはすでに行動を開始しているはず……であれば、私は役目を果たすだけ……!)


 駿から目を離さないままに、フレイヤは歯を食いしばり、駿への攻撃を続行する。

 暁は、目的のためには私怨を捨てられる人間だ。普段はいがみ合っていようとも、こういう時にはフレイヤと協力することはできるだろう。

 フレイヤは、小さく微笑んだ。

 敵と睨んでいるはずの男を、心から信頼している自分が、どこかおかしくて。


(まったく……私も、甘いわよね……!)


 小さな微笑みを、力強い笑みに代え。

 自らを鼓舞するために、フレイヤは声を張り上げた。


「さあ! コトセ・ハヤオ! 私はまだ立っているわよ!! 貴方の、世界最強の力はこの程度なのかしら!?」

「………」


 駿は、フレイヤの声には応えなかった。

 その代り、さらに前に一歩でる。


切られた札(ワイルドカード)!!」


 瞬間、無数のトランプが駿に向かって降り注ぐ。

 駿はそれを見ることなくカグツチで迎撃する。

 だが、燃えたのは異能のみ。異能の力が消えても、勢いが消えなかったトランプたちが駿の向かって降り注ぐ。

 まあ、それもカグツチによってみられることなく灰に還されてしまったのだが。


「今のは……」

「フレイヤッ……えーっと……さん!」


 僅かに逡巡した啓太は、フレイヤのことをそう呼ぶと、駿の横、フレイヤから見て左側に立った。


「貴方は、フルガネ・ケイタさんね?」

「はい! 先輩から伝言です……!」


 啓太は声を張り上げながら、駿に向かって駆け出してゆく。


「っ! 何を!?」

「やぁぁぁぁぁ!!」


 啓太は周辺にトランプをばら撒き、空母の艦載機のように随行させる。

 駿が、啓太の方へと顔を向けた。

 啓太の周辺のトランプはカグツチによって一瞬で燃やし尽くされてゆく。

 だが、そのたびに啓太は服の袖や襟首から、トランプをばら撒き、補充していく。

 そして駿に十分接近し、無事なトランプ一枚に足をかけ、飛び上がる。


「駿さんと戦うときはぁ……!」


 そしてそのまま勢いを乗せて駿の頭に蹴りをぶちかます。

 啓太の蹴りは、駿に当たる直前にカグツチによって阻まれる。

 燃え盛る炎は、啓太の蹴りの勢いを燃やし、そのまま啓太の足を燃やそうと燃え上がる。


「っとぉ!?」


 瞬間、啓太の体……正確には足が弾かれたように動く。どうやら、靴に仕込んでいたトランプを基点にサイコキネシスを放ち、それによって駿のカグツチから逃れたようだ。

 引き続き、体の節々からトランプを出してデコイ代わりにしながら啓太は駿から離れていく。


「……接近戦を挑むのが基本だそうです!」

「……それができるのは、アラガミ・アカツキや、貴方みたいな人だけだと思うのだけれど……」


 啓太の戦いを見ながら、フレイヤは軽く頬を引きつらせる。

 つまり、体を燃やされないように異能の力を展開しながら近づき、不意を打って攻撃を撃ちこめ、ということなのだろうが、フレイヤにはできない芸当だ。

 長年の研鑽から、体にサイコキネシスを纏うこともできるようになった暁や、トランプのように別のものにサイコキネシスを込めることができる啓太であるからこそ、できる戦い方だろう。

 無論、接近戦主体の異能者もいるが、彼らの場合、持ちうる異能が近距離向けだから接近戦を挑むのだ。肝心の異能が燃やされてしまっては、勝てる戦いも勝てなくなってしまう。


「いきますよ、駿さぁぁん!!」


 啓太は叫び、再び接近戦を挑む。

 ボロボロとトランプを溢しながら戦いを挑む彼の姿は、どこか限界寸前のような危うさを感じさせる。

 しかし、暁の言うことを信じ、愚直なまでに戦いを挑むその姿は、フレイヤの心に火をつけた。


「……まあ、せっかくのアドバイスよね」


 小さく溢し、そして全身からサイコキネシスの波動を迸らせる。


「活かさないのは、英国淑女としても、いただけないわよねぇ!?」


 地面を踏み砕き、フレイヤの体が弾かれたように飛び出す。

 ほんの一瞬で駿の間合いの中へと踏み込むフレイヤの体。

 駿は接近する脅威に対し、素早く己の異能を行使する。

 カグツチの炎がフレイヤの全身を覆い尽くす。


「フレイヤさん!」


 駿から飛び退き離れた啓太が、悲鳴を上げる。

 だが、フレイヤが燃やされたのは、その勢いだ。

 全身を覆う、防御のためのサイコキネシスは、まだ燃やされていない。


「まだよぉぉ!!」


 フレイヤは叫び、拳を振り上げる。

 駿がそれを迎え撃つように、腕を上げた。


「ハァァァァァッ!!!」


 フレイヤの拳がまっすぐ突進み、駿はそれを手のひらで受け止める。

 瞬間、轟音と衝撃が生まれるが、カグツチが駿の体に伝わるはずだった衝撃を燃やし尽くす。


「まだ、まだぁぁぁぁ!!」


 フレイヤは、拳の先をカグツチの熱で焼かれながらも、己の体を弾丸に、サイコキネシスで駿の体を打ち砕かんとする。

 カグツチがフレイヤのサイコキネシスを燃やそうとする。


切られた札(ワイルドカード)!!」


 だが、それは啓太がさせない。

 周囲に展開したトランプ、そこから発せられる力場が、駿を押しつぶそうとする。

 カグツチは、それを燃やすために力を使わざるを得ない。

 フレイヤを燃やそうとすれば、啓太のサイコキネシスが。

 啓太を燃やそうとすれば、フレイヤのサイコキネシスが。

 常に自らの身を打ち砕こうと、牙を剥く。


「―――」


 駿の逡巡が、フレイヤには見えた。

 どうすべきなのか、迷っている。

 どちらを先に対処すべきなのか、駿は迷ってしまった。


「――そうだ、それでいい」


 それこそが、千載一遇のチャンスであるというのに。


「よくやった古金。クソアマごと、駿の囮に使う……うまくいったじゃねぇか」

「なんですって……!?」


 聞こえてきた声にフレイヤが振り返ると、暁が拳を構えて立っていた。

 かなり距離がある。少なくとも、一足飛びで近づける距離ではない。

 だが、それこそが今の暁の距離なのだと、フレイヤは分かった。

 彼の拳の周辺が、ぐにゃりと酷く歪み、その向こう側もよく見えなくなっている。空間が、相当歪んで集中しているのだ。おそらく、あれを駿にぶつける気だ。

 ググッと全身を力ませ、拳を移動させる暁を見て、啓太が泣き声を上げる。


「いや、うまくいってるんですか!? いつフレイヤさん諸共吹き飛ばされないか、戦々恐々なんですけど!?」

「心配すんな。今の駿にそこまでの冷静さはねぇよ」


 後輩の泣き事にあっさりそう返しながら、暁はニヤリと笑う。大量の脂汗を流しながら。

 おそらく、カグツチから感じる熱ばかりではない。拳の先に集中している空間の制御。それに全力をだしているためだろう。

 自らもサイコキネシスの制御に全力を出しながら、フレイヤは声を上げる。


「アラガミ・アカツキ……! ひどいんじゃないかしら!? 遠い、英国から来た、淑女を囮にするなんて……!」

「黙りな、死にたがり……! 自分から進んで、そのバカの暴走に付き合おうって時点で、どうなっても文句は言えねぇのさ……!」

「それ、僕もですか!?」


 暁は、拳を引き絞る。

 空間がひずみ、一際ひどい音が周囲へと響き渡った。


「死にたくなきゃ、気張りなクソアマ……!」

「言われなくとも……!」

「先輩、僕は!?」

「祈れ!!」

「そんなぁ!?」


 慌てて自身の防御のためにトランプをばら撒きだす啓太。

 そんな彼の姿を犯しそうに笑い。


「我流念動拳、奥義……!」


 暁は、拳を、空間を、解き放った。


「震、空……波動けぇぇぇぇぇんッ!!!!」


 歪んだ空間が解き放たれ、一直線に駿へ向かって突き進む。


「―――ッ!!」


 駿が自らの危機にカグツチを解き放とうとするが、遅く。

 次の瞬間、巨大な爆発が、辺りを包み込んだ。




 暁の、最高の一撃が駿を打つ……! その結果や!? そして光葉は、見つかるのか!?

 暁は、その一撃の中で夢を見ます。遠い、昔の、夢を。

 以下、次回!!

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