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天衣無縫のエルレイク  作者: 小林晴幸
1年生 12歳のころ
7/26

カステラに羊羹を挟んで

バレンタインのネタでアロイヒの学生時代、お菓子作りネタを!

……というリクエストにお応えして書いたのが此方になります。

しかし相変わらず、この世界感にバレンタインはうまく溶け込んでくれません……。

最早バレンタイン関係ないナニかになっております。


 授業合間の休み時間。

 まだまだ時間は昼前の午前中。

 だけど朝ご飯をしっかり食べてきたにも関わらず、一部の生徒は腹ペコだ。

 育ち盛りの少年にはそれも仕方のないこと。

 三度の食事をきっちり食べても、成長期はそれじゃ物足りない。

「うぅ~お腹減ったぁ」

 ベスパは呻いて机に突っ伏した。

 既に予備の分まで含め、非常食(おやつ)は昨日までで食い尽くした。

 お昼ご飯までの間に食い繋ぐために間食したいところでも、肝心の食べ物がなければどうにもならない。

 全寮制だが届を出せば外出も制限されていない。

 今日の帰りにでもおやつを買い足しに行こう。

 頭の中でそう算段を立てるが、しかし問題なのは明日のおやつではなく今の空腹。

 ベスパのお腹が、子犬みたいな情けない鳴き声を上げた。

 

 そんな、腹ペコ少年の前で。

 おもむろに鞄から一抱えもある包みを取り出すアロイヒ少年。

 いそいそ、ごそごそ。

 ご機嫌で♪を大量生産しながら、紙袋から何かを取り出した。

 それは商人の息子であるベスパにとっても、初めて見るもの。

 だけど甘い匂いがその正体を告げていた。


「お菓子だ!」

 

 歓声を上げて、ベスパは飛び起きた。

「ひーちゃん、それなぁに? お腹すいちゃって堪らないんだけど、僕にもひとつちょーだい」

「うん、良いよ! いっぱいあるよ」

 渡されたお菓子はしっとりとした卵色。

 初めて見る、黄色いふわふわ。卵色のスポンジ。

 こんなに綺麗な黄金色のお菓子は初めて目にする。

 だけどなんだろうか……スポンジの間には得体の知れない黒いモノが挟まっていた。

 よくわからなかったが、空腹には勝てない。

 得体の知れないものだろうと食べられれば問題ないと、ベスパは即座にかぶりついた。

「う、うっわぁぁ~……」

 意味のある言葉が出ない。

 あまりの幸福に、頬が自然とつり上がる。笑ってしまう。

 そのお菓子は幸せの味がした。

 本当にとても幸せそうな笑顔でばくばくとあっという間に食べてしまうので、同じく空腹に悩まされているクラスメイト達の注目が次々とアロイヒの手元に集まった。

 アロイヒが抱えた紙袋には、まだ充分な量のお菓子が入っているように見える。

 ごくりと唾をのむ音が聞こえた。

 遠慮がちな声で、それでも欲望を抑えきれず。

 少年達はおずおずとアロイヒにお菓子を分けてほしいと願い出た。

 そんなクラスメイト達の恥じらい混じりなお願いに、アロイヒはにこにこの笑顔で惜しみなくお菓子を分け与えていった。

 希望した全員の手に、不足なくお菓子は回る。

 ふわりとしていながら、間に挟まったモノの確かな弾力。

 そしてとにかく……甘くて濃厚!

 お菓子にかぶりついた少年達の口の中は、漏れなく幸福に満たされた。

 特に感激が強かったのは、最初にお菓子を平らげてしまったベスパ少年だ。

 もうなくなってしまったことを惜しみ、また食べたいと切なく願う。

 丁度、今日の放課後は買い出しに行こうと思っていた。

 どうせならこのお菓子を探しに行くのも良いだろう。

 侯爵家嫡男のアロイヒが調達してきた菓子だ。

 もしかしたら超高額の高級志向なお菓子かもしれないが……それでも探してみるだけやってみよう。

 もしも手持ちの金銭で買えなかったら、その時には諦めるしかないのだけれど。

「ひーちゃん、これなんていうお菓子?」

「これはカステラに羊羹を挟んだ『シベリア』っていうお菓子……だったかな?」

「カステラ? よーかん??? シベリアー……?」

 初耳の単語の連発だった。

 これはもしや、余程の高級菓子か……?

 他国からの輸入品かもしれない。どこで手に入るのか見当もつかない。

「どこで買ったのか教えて! 僕も買いに行ってみる」

「うーん、買うのは難しいかも?」

「なんで? 会員制のお店とか?」

「いや、これ僕が作ったお菓子だし」

「!?」

 えっ

 幸せいっぱいの笑顔でお菓子を頬張っていた全員の動きが、止まった。


 みんなのよく知るアロイヒ少年は、侯爵家の嫡男で。

 ……野生児で、放浪癖持ちで、更には一般常識がちょっと怪しい。


 そんな男(12)の、手作りスイーツ。


 その名はシベリア。


 未知の食糧だった。


「えっ、もう食べちゃったよ!」

「うん? なんで食べたことにショックを受けてるの? 食べて良いって言ったのに」

「でもさぁ、だけどさぁ!! とっても美味しかったです御馳走様でした! でも侯爵家のお坊ちゃんがこんな高級そうなお味のお菓子作れるとかどういうこと!? 卵の味とかめっちゃ濃厚だったんですけど!!」

「それはきっと材料が良かったんだねー。今朝獲って来たばかりの新鮮☆卵だから」

「獲ってきた卵ってどういうこと!?」

 まさかこの育ちのいい男がどこかで泥棒を……?

 御曹司が生みたて卵を自力で調達してくる状況が予想できないベスパ少年は困惑した。

「ううんと、この学校の裏庭に岩山があるよね」

「う、うん、あるね。僕は行ったことないからよくわからないけど―……ってまさかひーちゃん!? よく行方が分からなくなると思ってたけど、まさか!?」

「それでねー、岩山の頂上付近に不死鳥(フェニックス)が隠れ棲んでてね?」

「待った! 今なんか色々情報過多すぎて理解が及ばないんだけど!」

 不死鳥……それは言わずもがな、伝説の幻獣である。

 世界中の不老不死を求める権力者たちが追い求めてなお、手に入れることの敵わない存在。

 まさに伝説そのものといって過言ではない、実在するのかどうかすらわからないイキモノ。

 だがいま、この侯爵家の野生児くんは何と言った?

「あ、大丈夫だよ! ちゃんと穏便に交渉してもらってきたから。無精卵だから持ってっても良いって言ってくれたしね!」

「伝説のイキモノとおしゃべりしてきたの!?」 

 得体が知れない少年が、得体の知れないイキモノからナニか得体の知れない卵を貰って来たらしい。

 それが本当に不死鳥の卵であるのなら、無精卵だろうと売り飛ばせば一財産……否、本来であれば国王に献上すべきブツなのだが。


 それを菓子にしたといったか、この少年は。


 惜しみなくふんだんに使われた卵の味濃厚な見知らぬお菓子。

 そのお菓子は幸福そのもののような、伝説の味がするらしい。


 アロイヒの言ったことがどこまで本当なのか、裏庭に立ち入れない彼らに真偽を確かめることは出来なかったが。むしろ可能だったとしても真偽を確かめたくはなかったが。

 もしも本当だったら怖すぎるので……この日、アロイヒからお菓子を受け取ってうっかり食べてしまった者達は『アロイヒのシベリア』について終生口を噤むことを暗黙の裡に了解した。

 ちなみに面子はアロイヒを除いたクラス全員である。



 余談だが、何が原因かこのクラスの生徒達のステータスがこの日を境に軒並み上昇した。

 何か原因があるとしか思えない身体能力の向上に、学校の教師たちは首を傾げたという。


 



フェニックスのカステラ

 不死鳥の無精卵をふんだんに使った豪華な一品。

 効果(永続):HP+100 防御力+30 腕力+20


大国豆の羊羹

 東方の果てにあるという島国でのみ育つ縁起物の豆で作られた羊羹。

 嘘か真か、この豆を摂取し続けると女性にモテモテになるという。

 効果(食後3日間限定):HP+20 防御力̠-20 魅力+80

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