遭遇☆学校探検隊!
先の見えない闇の中。
アロイヒの持つランタンひとつを導に、ひたすら道なりに進むこと、暫し。
隊長を盾にするようにしておっかなびっくり進む隊員たちの心的疲労はピークに達しようとしていた。
それというのも、
「あ、そこ踏まないでね。なんか踏んだら駄目そうな気がする」
「えっどこ!? どこのこと、ひーちゃん!?」
「そことかあれとかじゃなく、もうちょっと具体的に言ってくれ、アロイヒ!!」
「んーと、そこの……他の床石に比べてちょっぴりベージュがかった部分?」
「どこだよ」
「ち、違いがわからない……」
「というか……っなんで学校にこんなえげつない罠が仕掛けられまくってんの!? 殺しに来てる! 殺しに来てるでしょ、これぇー!!」
……歩き出して5分と経たず、道なりにえげつない罠がお目見えし始めたからである。
床に落とし穴は序の口で、壁から矢が飛び、天井から槍が降り、ギロチンのように巨大な刃が右の壁から左の壁へと横切って行ったり戻ってきたりと中々に賑やかなことになっている。
なにこのアトラクション、怖すぎると、元から小さな体を更に縮こませながらベスパが震えている。
こんなに物騒な仕掛けが満載のアトラクション、遊園地だったら裁判沙汰間違いなしである。
どう考えても、健全な魂が刈り取られる事態しか発生しない。
あまりに恐ろしい仕掛けが次々と襲い掛かってくるので、隊員たちの心臓まで悲鳴を上げていた。
そして同時に、それらの罠をほぼほぼ直感で回避するアロイヒに対しても戦慄していた。
さっきから黒い髭の海賊どころでない危機一髪に巻き込まれながらも、何とか回避に成功して無傷で進めているのは、どう考えても隊員たちの能力によるものではない。アロイヒの誘導と補助によるものだ。
床の落とし穴は寸前で立ち止まり、ぴょこんと飛び越え。
壁からの矢は全て持参した剣で斬り落とし。
天井から槍が降ればこれもまた剣で斬り捨てる。
そして路上のエモノを横から切断しようとしてくる巨大な刃は一刀両断にしてしまった。
ほぼほぼ全て斬って切り抜けているが、その技量の凄まじさと罠の発動に直前で気付く動物的な嗅覚も相俟って人間業で済まされる範囲に留まっているのか逸脱しているのか、少年達にとっては謎が深まるばっかりだ。だがきっとすぐにこの謎も「アロイヒだから」で済まされてしまうことになるだろう。誰もが解明を諦める瞬間はそう遠いことではない。
罠は事前に場所が知っていたのかと疑いたくなるほどピンポイントに避け、発動を避けられない罠は見事に回避する。初見殺しの罠が多い中、先頭を進むアロイヒが罠の発動の度に見送ったり避けたり防いだり弾いたりと大活躍するお陰で、後続の隊員たちの身の安全は守られていた。心の安全までは保障されなかったが。
その動物的な危険への嗅覚は、生来の物か経験によって身に着けたのか。
……経験によるものだとしたら、名門侯爵家の跡取りとして生まれたアロイヒ少年が今までどんな生き方をしてきたのか大いなる謎が発生してしまいそうだ。
なんにせよ、地図すらない未知の領域でアロイヒだけが彼らの生命線と言えた。
生存本能+野生の勘的にも、唯一の光源としても。
アロイヒだけに負担をかける形に申し訳ない思いがないとは言わないが、時間経過とともに段々申し訳ないと思ったこと自体が錯覚だったような気がしてくる。
それはきっとアロイヒがあまりに気負いないせいね。
あっさり軽々としたアロイヒの空気が、隊員たちをなんだか気にするだけ馬鹿らしい気分にさせる。
冷静に考えれば負担になっていることは確実なので、この窮地を無事に脱することができたら何らかの形でお礼をしようとは思っているのだが。
お礼の方法を気にするよりも何よりも、まずは生還することが第一である。
それだけを目標に据え、生き延びることに集中力を費やした。
隊員たち……まだまだ未熟な12歳の少年達がいくら集中したところで、それが探検(遭難?)にどれだけ寄与できるかは、また別の話で合ったのだけど。
罠以外に変化の見られない、うっかりすると気が狂ってしまいそうな暗闇をひたひた進むこと、暫し。
彼らの前に、今まで(※罠)とはまた別の変化が現れた。
その変化が彼らの心理状況にどんな変化を与えたのか……ただただ棒のように突っ立って、無言で隊員たちは凝視していた。
目の前に現れた変化……すなわち、重厚な存在感を発揮している、観音開きの扉を。
その扉はあまりにも人目を引いた。
ただ扉があるだけでなく、その周囲には細部まで細かく彫り込まれた彫刻の装飾が。
ここが真っ当な建物であれば、大きめのホールの出入り口のような……
……そういえばすっかり迷宮探索のノリであったが、ここは学校だった。学校、のはずだ。学校なんじゃないかな、たぶん。
そう、断じて迷宮などではないはず、なのである。
なのに隊員たちには、この扉の向こうに番人か何かが待ち構えていそうな気がしてならなかった。
もしかしたら亡霊リックとの出会いがそう思わせているのかもしれない。
怪しげな扉があったら注意、それが今日、彼らの心に刻まれた教訓であった。
だけどその教訓、悲しいことに肝心の隊長の心には刻まれていなかったらしい。
「ちょ、待っ――!」
「あ、アロイヒー!!」
先頭を歩いていたアロイヒは、隊員たちが止める間もなく。
一切の躊躇なく、無造作に扉を開けていた。
扉を開けたらその先に、無慈悲な光景が広がっていた。
まず目に入ったのは、巨大な……ちょっとした小屋くらいはありそうなサイズの、黄色い塊。
探検隊の気配に気付いてか、むくりともたげられた頭からさらさらと零れ落ちる黒い毛束。
自由を奪っているのだろう。
黄色い巨体の全身と、背から生えた鷲の翼を圧し潰すように、ぐいぐいと食い込みながら張り巡らせてあるのは少年達の握りこぶしほどもありそうな鉄の輪を繋いだ頑丈そうな鈍色の鎖……。
ネコ科特有の、しなやかな体から白い首をぐっと伸ばして……
孔雀緑で縁取られた眦を眇めて、小さな少年達を遥か高みから感情のない目で見降ろしてくる。
率直に言って、それはバケモノだった。
命の危機を感じさせる、巨大で不気味な猫さんがお目見えだ。
人間と変わらぬ顔面をこちらに向けて、彫が深くて濃い真顔のまま単調な声がこう言った。
「チャオ」
「ちゃ――」
バケモノの声にアロイヒが何事か返そうとしたようだが。
アロイヒが言い切るよりも迅速に、その脇に立っていたスコルが秒速で扉を閉めていた。
バンッという力強い音が、虚空に力強く響いて余韻を残した。
扉を押さえたスコルの手が、カタカタと震えている。
スコルに遅れて、同じように扉を押さえ始めたベスパもブブブブ……ッと震えていた。
恐怖で言葉も出ないといった様子の隊員たちに向かって、言葉を遮られたアロイヒが呑気に声をかけた。
「今、中に人面猫がいたね!」
「阿呆! どっからどう見てもスフィンクスだったわアレぇぇえええええ!!」
「び、びえぇぇえええええええっ! なんで学校の地下にあんなバケモノがいるんだよぅっ! この学校、どうなってるのぉぉおおお! 学校もひーちゃんもちょっと頭おっかしいよぉ!!」
「あれ? なんで僕、怒られてるの?」
恐怖にとうとう色々なモノが決壊してしまったのか。
ベスパが顔を覆って泣き崩れる横で、スコルが堪えきれない感情をぶつける様にアロイヒへと「阿呆! この阿呆!」と語彙力を失った罵りを続けていた。
後に、全方位から「天災」「阿呆」と呼ばれるアロイヒ・エルレイク。
彼の学校生活において、面と向かって阿呆と呼ばれた最初の出来事であった。
学校の地下でスフィンクスと対峙してしまった少年達。
果たして彼らは、食い殺されることなくこの場を切り抜けることができるのか!?
次回:『難問☆学校探検隊』
どうぞお楽しみに☆




