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天衣無縫のエルレイク  作者: 小林晴幸
1年生 12歳のころ
14/26

怪奇☆学校探検隊!



 隊長(アロイヒ)に誘われた先に、暗闇の中でうすぼんやりと浮き上がるように光る扉がひとつ。

 学校探検隊の隊員となったことを後悔しながら、恐る恐ると扉に近づくしかない。

 その足取りは、傍から見て明らかに重かった。


「な、なんで光ってるんだよぅ、この扉ー!!」

「どうやって? どういう原理で!? 蓄光とかじゃなくて、明らかに発光だろうこの現象!?」


 → 隊員たちは混乱している!


 早急なSAN値チェックが必要そうだ。


 しかし隊員たちが戦慄し、怯える中でも隊長は全く動じない!

 むしろ隊員たちが何に怯えているのかわかっていない様子で、首を傾げながらも。

 無造作に、躊躇なく扉を開け放ちおった。


「ひ、ひーちゃんちょっと待ってぇぇぇえ!」


 怯えの極致に至った、ベスパの震える絶叫。

 この探検が始まってから、叫んでばかりでいい加減喉が痛くなりそうなものである。

 スコルも顔を青褪めさせながら、すたすたアロイヒが入り込んでいった室内を恐る恐る部屋の外から窺った。


 そこは、誰かの書斎のような部屋だった。

 スコルはアロイヒの持つランタンに照らされた室内をもっとよく見ようと、痛くなるほどに目を凝らす。

 古ぼけた調度に用いられた意匠や、室内の埃っぽさから随分と昔に整えられた部屋なのだとわかる。

 家具に刻まれた細かい装飾の様式は、いつ頃のものかわからないが100年以上前の先祖の肖像画にあったものとよく似ていた。

 壁を埋め尽くす、本でいっぱいの書棚。

 きっとかつては休息のために用いられただろう、足を延ばして寝ることもできそうなソファ。

 そして部屋の奥には父の書斎にあるものと比べても遜色ない、立派な机……


 スコルは、ハッと息を呑む。

 呼吸が無意識に止まり、目がゆるゆると見開かれてい行く。

 その背筋を、冷たい汗がゆっくりと流れ落ちていくのが彼自身にもはっきりと感じられた。

 彼は、気付いてしまったから。


 この、真っ暗な部屋の中で。


 書斎の机に、誰か(・・)いる……と。


 机に突っ伏すように、何者かがランタンの鈍い明かりに照らされて影を作っていた。

 今の今まで、気付かなかったことに恐怖を感じる。

 この静まり返った部屋の中で、聞こえるのはアロイヒが床を踏みしめる音だけ。

 自分達の他に、誰かの呼吸音(・・・)が聞こえることはない。

 気配も、なかった。

 そして部屋の中には、古びた時間が流れるのみで……生活感が、存在しない。

 自然とスコルの呼吸が、心臓の鼓動が早まっていく。


「えっ、な、なに!? 委員長、どうしたの!?」


 顕著に様子が変わったスコルに、隣のベスパも混乱を深めた。

 だがスコルの背中に隠れるようにいて室内を見ている彼には、そのスコルが壁となって部屋の奥が見えていない。

 アロイヒは気付いているのかいないのか、のんきに室内を歩き回っている。

 どうやら壁に据え付けられたランプに、ランタンの明かりを移そうとしているようだ。

 やめろ、そうしたら室内が明るく照らされてしまう。

 そう言ってアロイヒを制止したいのに、スコルは喉に詰まって声が出てこない。

 喉の筋肉が、恐怖で委縮していた。

 言葉の出ない自分に、焦燥が募る。

 動揺は、彼の行動を制限していた。

 しかし、それも長くは続かない……


 『声』が、聞こえた。


 ――『ここから出して……』


 小さく消え入りそうなのに、はっきり聞こえた。

 ここから出してと、何者かの静かに泣くような声が。

 どこからともなく、部屋中に波紋を広げるように。


「ひっひぃぃいいいいいいいいい!!?」

「い、いっやぁぁぁぁぁぁぁあナニ今の声ぇぇぇえええええ!! こえぇぇええええええ!!」


 今まであんなに出ろ出ろと思っても、声が出てくれなかったのに。

 恐怖が臨界突破したスコルの喉から、すこぶる快調な恐怖の叫びが元気に飛び出した。

 むしろ2人の叫び声にびっくりしたアロイヒが、思わず振り返って2人を凝視するくらいだ。

 飛び上がって驚き、ひっしと互いにしがみつき合うベスパとスコルの姿は、まさに「震えあがる」という言葉を体現していた。


「ど、どうしたの2人とも!?」

「ど、ど、ど、どどどどうしたのじゃねーよ!! なに!? なんでひーちゃん怖がってないの!? さっきの声聞こえた!?」

「さっきの声?」


 きょとんとした顔で、聞き返すアロイヒ。

 あ、これアイツにだけ聞こえてないパターンだな、と。

 ベスパは気が遠のきそうになりながらそう思ったのだが。

 現実は、彼の予想よりもちょっぴり無情だった。


 首を傾げながら、アロイヒが何かを考えながら口を開こうとしたその時。


 誰も、何もしていないのに。

 いきなり、部屋の明かりがパッと一斉に灯った。

 この世界、自動で明かりがつくような技術は普及していない。

 少なくとも、この段階で、この大陸には。

 だというのに部屋中の燭台やランプ、すべてに火が灯ったのだ。

 一気に明るくなった部屋の中、不自然な現象に隊員たちの挙動は不審を通り越して不憫なほどだった。

 この異常事態の連続に、次は何が起こるのかと緊張が極限まで高まっている。

 そんな彼らの嫌な期待に応じるように。


 部屋の奥……先程スコルが発見してしまった、何者かの、陰の上に。


 ぼんやりと光を放ちながら、浮き上がる人物が……


 その人物は、明らかに透き通っていて。

 加えて、人魂としか表現しようのない揺らめく炎を全身に纏わせていた。


 あからさまに異常な人の姿に。

 何か起きるかも!という期待を裏切ってもらえなかった隊員達の更なる絶叫が上がった。

 そろそろ少年達の喉が引き裂かれちゃわないか心配だ。

 しかし思いのほか少年達の喉は頑丈だった。肺活量も素晴らしい。

 その素晴らしさを存分に発揮する中で。

 アロイヒは1人けろりとした顔で、部屋の奥に浮かぶ亡霊(※推定)にきゅるーんと目を向けた。

 そしてあろうことか、にぱっと笑顔で手を挙げた。


「あ、リックさん。こんにちはー」


 どう見ても、そんな呑気な挨拶を交わす状況ではないのだが。

 隊長の予想外の行動に、隊員たちはびっくりだ。

 驚きすぎて、もう声もない。

 結果的に声がなくなったので叫びも止まった。

 避ける前に叫びも止まって結構なことである。少年達の喉の健康は守られた!

 だけど喉の健康なんて、今の彼らにとっては些事も些事。

 信じられないものを見る目でアロイヒと幽霊を繰り返し交互に眺めるばっかりだ。

 だって、明らかに。

 気安い挨拶をぶちかましてくれたアロイヒは、あの幽霊の名前を呼んだ。

 それってつまりどういうこと?

 ベスパの脳内で、疑問符が元気に飛び交う。

 まさか、嘘だろう!?

 スコルの脳内でも、感嘆符付きで疑問符が踊り狂った。


 そして、部屋の奥で。

 相も変わらず空中に浮きっぱなしの、亡霊が。


『あ、エルレイク家のお坊ちゃんでしたかー。複数人で来るから別の人かと思いましたよ、こんにちは』


 それまでのおどろおどろしい雰囲気をかなぐり捨てる勢いで、亡霊が挨拶を返してきた。

 アロイヒと同様、とっても気安い態度と調子で。

 明らかに顔見知りの態度に、ベスパは今までにも増して気が遠くなるのを感じた。

 あまりに健康な心身の丈夫さ故に、気絶できなかったことが無念である。



 

 隊員たちの精神力の限界を試す出会いを経て。

 なんで動じないんだと理不尽な怒りを向けられていることにも気づくことなく、アロイヒは部屋の片隅にあったソファセットにて隊員たちにこの部屋の主……アロイヒがリックと呼んだ、亡霊青年の紹介を行った。


「こちらはここで250年とちょっと部屋の主をやってるご霊体、『狂気の鳥籠に閉ざされた』リックさん」

『どうも、ご紹介に預かりましたリックことラインリック・ラングフェルトです。いつもエルレイク家の方々にはお世話になってます。よろしく』

「よ、よろしく……?」

 

 内心では、よろしくしたくねー! と叫んでいるベスパ君12歳。

 その隣では、硬直したスコルが口の中で「ラングフェルト……?」となんだか凄まじく聞き覚えのある家名を舌で転がしている。聞き覚えあってとうぜんだよね、スコル・ラングフェルト君?


「あ、あの、ひーちゃん? この人は……? その、部屋の主って……」

「言葉通りの意味だよ?」

「その言葉通りの、言葉が何語なのか今ちょっとよくわからないんだ。それって果たして僕が知ってる言語と同じ意味なのかな……?」

『私の存在に疑問を持つのも当然のこと。ここは自分の事であるし、私本人から語らせていただこう。そう、私が何故……この部屋に閉じ込められ、ここで命を終えたのかを……』

「えっ!? 全く望んでないのに亡霊本人による『本当にあった怖い話』がいきなり始まった!?」


 いまそんな流れだった!? と騒ぐベスパの止めてという懇願も耳に入ることなく。

 亡霊リックは無駄に流麗な美声で、己の生い立ち……訂正、死に立ちについて語り始める。

 多分、誰かに語りたかったんだろうね。きっと誰もいないお部屋で寂しかったんだね。

 普段人に話を聞いてもらえないおじいちゃんのお話が長くなるのは当然である。うっかり話を振ってしまった少年達は、甘んじて清聴するほかにない。例えどんなに聞きたくなくっても。


『私を此処に閉じ込めたのは、我が愛しの許嫁ジェニファー・キャストライド……彼女の愛が、私を死へと追いやった。私が彼女の愛と執着と独占欲を癒してやれなかったばっかりに……』


 亡霊の話は、初っ端から不穏な空気を漂わせていた。


 リックさんの語るところを省略するに、彼の生まれた時からの許嫁☆であった御令嬢は大層……愛が、深かったらしい。病的なまでに。

 人はそれを、ヤンデレという。

 王立学校に2人そろって入学したばかりの頃はまだ良かったが、徐々に、徐々に、ゆっくりと……彼女はリックに言い募るようになっていったそうだ。

 曰く、「どうして私以外の人を見るの」。

 曰く、「どうして私以外の人と話すの」。

 更に曰く、「どうして私以外の人と会おうとするの……?」。

 私だけを見て、とジェニファー嬢は要求してきたらしい。

 恋愛感情の有無は関係なく、相手が老若男女お構いなしに。

 クラスメイトばかりでなく、教職員もその範疇に含まれたそーな。

 ついには執念で2人きりになれる場所を探したジェニファー嬢がこの隠し部屋を噴水の隠し通路とは別ルートから発見! 時間の許す限りこの部屋での2人きりの逢瀬を望むようになっていったらしいが、それも次第にエスカレートしていき……


『そうしてとうとう、彼女は私をここに閉じ込めた。『ラインリック様、これからは私が貴方をここで飼ってあげる……』との宣言と共に』

「あの、リックさん、そろそろ勘弁してください。僕達まだ12歳! そんなどろどろで怖くて反応に困るお話淡々とされても困るってかなんでそんな淡々と自分の死因について語れるのこのオバケ!!」

『閉じ込められてからは毎日彼女が食料を運んでくれていた。閉じ込めはしたが快適に過ごしてもらいたいと、念入りに世話もされていた。だがやはり太陽を見ることもできず、時間の感覚も狂っていく環境に心身が疲弊してな……閉じ込められてから鳩時計の短針が12を指す度に、机の上に広げているノートに「助けて」と書いて日数を数えてはいたのだが』

「なにやってんの? この幽霊なにやってんの? なんで助けてって言葉をチョイスしたのさー! そのノート絶対に見たくない! 絶対怖いヤツだもんそれぇ!」

『そして何があったのか、私に知る術はなかったが……ある時を境に彼女が此処を訪れることがなくなり、この部屋の外へ出られないよう鎖で繋がれた私に自由を得る術はなく……衰弱して、とうとう…………やがて3年後、入学してきたエルレイク家の御子息に発見されるに至った』

「僕のご先祖様もびっくりしたらしいよー? 第一発見者として供養しようかって提案したのに、断られたから」

『ああ、あの時はこちらの無理な頼みを聞いてもらって助かった。以来、見返りとしてこの部屋に繋がる隠し通路の管理をさせてもらっているが、死体遺棄を見逃してもらっていることを考えれば破格の条件だ。基本的に何もすることがなくて暇なのでな。むしろ代わりに図書館の本を借りてきてもらったりもしている分、私の方が良くしてもらっているくらいだからな』

「供養断ったの!? え、ていうか驚くとこ、違くない!? っつうか図書館の本借りてもらってるとか思いのほか優雅な死後過ごしてんね!? っていうか死体遺棄とかヤバ過ぎるよ! 供養してもらおうよ!!」

『私は、ここで彼女を待たねばならないから……待ち続けているんだ、私は。私の亡骸を葬るのは、彼女でなければならない』

「えー……? 待ってる、の? でも、えっと、250年前、なんだよね?」


 それ絶対生きてないよ、とは亡霊を前に流石に言えず口ごもるベスパ。

 気にした風もなく、亡霊は淡々と述べる。


『流石にもう無理だとは私もわかっている。しかし最後の未練なんだ……せめて、彼女の縁者に見つけてもらいたい。彼女の末裔か、生まれ変わりかに……誰に促されるでもなく、自らの意思でここへと至り、私を見つけてもらいたいのだよ。そして、彼女に言いたかったことを彼女の縁者に聞いてもらいたい』

「それ250年前のジェニファーさんの、子孫か生まれ変わりが偶然ここに辿り着くまで居座るってこと? え、偶然に? それ超難しくない?」

『それでも、それでも……その難しい状況が整えば、運命みたいに思えるだろう? 私は彼女との巡り合わせを感じられる状況で、未練を晴らしたいのだよ。最後にどうしても、彼女に言いたかったんだ。


――イキモノを飼うと決めたのなら、最後まで責任を持ちなさい、と』


「最後に言いたかったのソレ!? ちょっと待って、ソレ!? ソレなの!?」

「流石にこの流れでそれはないだろう!? どうして自分を犬猫と同列に語るような言葉を未練にするんだ!」

 

 今まで青褪めた顔で黙っていたスコルも、流石にその言葉はないと思ったのか。

 堪らず、気付けば口を開いて会話に参戦していた。

 長く現世に留まり続けたせいか、それとも生前からそうだったのか。

 ちょっとの時間を一緒に過ごしただけでも垣間見えてくる亡霊の常識との乖離(ズレ)に、スコルは口に出さずに固く心に誓った。

 ――この亡霊、ラングフェルト家(うち)の一族っぽいけど、絶対に黙っていようと。


 いつの間にか亡霊に対する恐怖がすっかり飛んでいたことには、一切気付かず。

 学内探検隊の隊員たちは、世間ずれの激しい亡霊相手に暫しぎゃいぎゃいと騒ぎ立てるのだった。

 




 隠し部屋で死後の現場保存に自主的に務めつつ、暇潰しがてら隠し部屋から繋がる隠し通路(※複数)の出入り口管理を行う亡霊リック。

 1週間に1度、エルレイク家の子孫に代理で図書館の本を借りてきてもらうのが専らの楽しみ。

 時間だけは大量にあるので、時々エルレイク家のお子さんの課題や研究を手伝ったりもするらしい。

 (※あくまで手伝いであり、代理でやるわけではない。)


 少年達の喉を酷使しながら肺活量の限界に挑戦する、学校探検。

 亡霊リックの恐怖に少年達は打ち勝つが、次なる強敵を相手に彼らは乗り切ることが出来るのだろうか……!?

 次回:『遭難☆学校探検隊!』

 どうぞお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] シェルネリーちゃんの御先祖の婚約者? [気になる点] 幽霊さん子孫さんのお友達の妹君の友人がかつての婚約者の子孫。 世間は狭い [一言] 未練を晴らしたい最後にどうしても、彼女に言いたかっ…
[気になる点] 自らをペットと例えるその根性……こいつ、諦めたな!
[良い点] 亡霊本人による『本当にあった怖い話』が楽しすぎた(笑) 幽霊生活をめっちゃエンジョイしてるし! 代々仲良しになってるところがさすが黒歌鳥一族(笑) ミレーゼ嬢入学の暁にはとりまき(笑)に…
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