15話
「治癒」
「止血」
俺がエレンの打撲を、ハルがチコの足の傷を法術で癒して治療が終わった。
ルシアは魔力枯渇で昏倒していただけで、ミーナは血を流しすぎた後に暴れたので気絶していただけのようなので、楽な姿勢で寝かせていたらそのうちに目を覚ますだろう。
「それじゃ、俺とハルでオークの装備を剥いでくるから」
「オイラはあの箱を開けてこいってことだねぇ」
疲労の色の濃いエレンには休んでいてもらい、残る3人で戦利品を手分けして入手することにした。
「箱!」
「箱にゃ!」
「こらこら、近づいてきちゃだめだよぅ」
と、突如寝ていた2人が飛び起きる。この宝箱に対する執着は相変わらずよくわからない。
しかし、なにはともあれ元気そうに目を覚ましたので良しとしよう。
「しかしまぁ」
「なんですか?」
「なんかこう、死体から装備を剥ぐのもなれちまったなぁと」
「そうですね、最初の頃は吐き気を抑えるのが大変でしたけど、いつの間にか気にならなくなってしまいました」
ハルと並んでそんな事を話しつつも手は自動的に動いて鎧を脱がし、腰の物入れを外して中身を床に並べていく。
「よし、こっちは後は俺がやるからハルは魔術師の方を頼む」
「わかりました!」
ハルはそういうと子犬のように――人狼族だが、駆け出して行った。
「よし、と。罠も解除完了だよぅ」
一通り装備の回収が終わったところで丁度チコの方も片が付いたようだ。
「これはメダルかにゃ?」
「魔術言語でなんか書いてあるなー」
「なんて書いてあるのかにゃ?」
「うーんと……『力を貯める』みたいな感じかなー」
箱を開けたチコを押しのけるようにして中を覗き込んだ二人が中の物について何やら話しているようだ。
押し出された格好のチコがやれやれという風でこちらにやってくる。
「こっちは何かのメダルが1個入ってただけだったよぅ。どんなものかは鑑定待ちだねぇ」
「なるほど、こっちも数だけはあるけど、どれほどで売れるかは見てもらわないとなんとも言えないな。でも銀貨300以上は固いと思う」
「こういった装備品が増えるなら運搬手段も考えた方がいいかもしれませんね」
魔術師の装備品を引きずるようにして運んで来たハルが会話に混ざってきた。
「んで、ハルの方はどうだった」
「うーんと……杖は単なる木の棒で、ローブもただの厚手の布だと思います。他に持ち物はありませんでした」
「そんなもんかぁ」
装備品だけでもそれなりで、メダル次第では結構な稼ぎになりそうだ。
「それじゃあ8層の認証をして帰るとしようか、エレンは大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です。わたくしひとり休ませていただいて申し訳ありません」
「いやぁ、邪魔されるよりよっぽどいいさぁ」
メダルをいじり回しながらああでもない、こうでもないと騒いでる2人にチコがちらりと目をやると、4人に笑いが起こる。
「どうしたにゃ?」
「なんでもないよ、それよりそろそろ行くから戦利品を手分けして持ってくれ」
「わかったー」
2人がこちらに戻ってきて、全員集まったところで荷物を振り分けてから認証を受けて帰還すべく門の中へと入っていった。
「武器防具はあわせて銀貨320枚ですね」
一通り鑑定を終えた担当官が結果を教えてくれる、思ったよりの高評価でありがたい。
「中層になるとオークでも良いもの装備してるねぇ」
「そうですわね」
「ああ、あまり期待させてはよろしくないのでお教えしますが、この装備品は中層のオークのものでもかなり上質の部類に入りまして、通常は精々この半分程度のものになるかと……」
「あんなつよかったのになー」
一時は全滅の危機すらあったオークとの戦いは、今回を除いたらあまり割が良いわけではないのかもしれない。
「それでこっちはいくらなのかにゃ?」
ミーナがテーブルの上に一つだけ避けられて置かれているメダルをつつきながら担当官に訊ねる。
「ああ、これはですね、魔力を貯めておける魔法具です。いろいろと制限はありますけどね」
「べんりそー」
「どのくらい溜めて置けるんですか?」
「そうですね、実際魔力を封入して見ればわかります。鑑定額を決定するのにも必要ですからやってみましょう」
担当官はそういうと、メダルを握り目を閉じて精神を集中する。
そして数呼吸ほどの時間の後に目を開けると、おもむろに呪文の詠唱を始める。
「魔矢雨」
「すごい……」
すると空中に停止した状態で8本の魔法の矢が湧き出した。
「解除」
そして、その一言で空中の矢は霞のように消え失せる。
「魔法の矢が8本分だから銀貨800枚の価値ですね」
「そういう計算なんですのね」
「今までで最高ってどんくらいなんだぁ?」
「えーと、私が鑑定したものでは50本分が最高ですね、危うく魔力が尽きるところでしたよ。記録では200本分を超えたものも今までにあったとか」
「銀貨20000枚とはすごいにゃ」
「いえ、10本分を超えると割高になって行きまして、多分その数倍で売却されたはずです」
「凄すぎて想像もつかないです」
俺も含めてみんな感心しきりだ。――と、俺はふと思い出したことを聞いておくことにした。
「そういえばさっき色々と制限があるっていってましたよね?」
「ああ、その説明がまだでしたね。この魔法具の名称は『魔力貯蔵機』機能そのものの名前ですね。先ほど見た通り魔法の矢8本分までの魔力を貯めておくことが出来ますが、制限としては魔力限定で法力は溜めることも、法術を使う事も出来ません。また、魔力を使えるのは魔力を封入した本人だけで、貯蔵機と本人の魔力を足して使うという事も出来ず、貯蔵機だけか本人だけで一つの魔術を発動しなければなりません」
確かに色々と制限があるし、そこまで大量の魔力が溜められるわけじゃなさそうだけどいざという時の切り札になるかもしれない。これは売らずにルシアに使ってもらった方がいいかもしれないな。
「これはルシアに使ってもらおうと思うけど、皆はどうかな?」
「賛成ですわ」
「おいらもー」
「ウチもにゃ」
「ボクも是非そうして欲しいです」
「ってことでほい。上手い事利用してくれよ」
俺はメダルをルシアの手に握らせる。
「おまかせ、これでバンバン魔法使うよー」
ルシアがメダルを握った手を突き上げてそう言うと笑いが起こった。
「っちゅうわけで、合計銀貨1120枚だから税が112枚」
「武具の引き取り価格の320枚から引いていただくと手元に来るのは208枚ですわね」
「わかりました、全て銀貨でよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
俺たちは銀貨を受け取ると担当官に挨拶をして立ち去った。
「……」
「どうしたんだエレン?」
物静かなエレンだが、帰り道の雑談にまったく混ざらず考え顔で居る彼女が気になった俺はこえをかけてみた。
「いえ、ついにここまで来れたのだと感慨に耽っていただけですわ」
「そうだなぁ、荷馬車を押すのを手伝ってもらってからの付き合いで、かれこれ90日だか100日くらいか?」
「長いようでもあり、短いようでもありますわね」
「そうだなぁ……」
「なに話してるのー」
そんなしんみりとしかけた俺とエレンの間に潜り込むようにしてルシアが顔を出す。
「大したことじゃないよ、最初に会ったときからようやくここまで来たなって話をしてただけだ」
「ルシアは確か育成所の待合室の扉をぶち開けて飛び込んできたんだよねぇ」
「あー、そんなこともあったねー」
こちらの会話にも耳を向けていたのか、チコが笑いながら言う。
「そんな風な出会いだったのかにゃ」
「ルシアさんらしいですね」
ミーナとハルも参加して、気が付けば全員で思い出話に花を咲かせることなっていた。
「ミーナとハルに最初に会った頃は確か戦力不足でちょっと行き詰まりを感じ始めてたんだよな」
「そうそう、ハルが優秀な法術士で助かったよぅ」
「ウチは?」
「アタッカーとしては優秀ですけど、ちょっと無謀が目立ちますわね」
「うう、面目ないにゃ」
耳をへたらせてうなだれるミーナを見てみんなで笑い声をあげる。
俺たちはそんな風に8層目を突破したその日を祝いながら家路についた。
その翌日から3日間は休養という事にして、一時迷宮を忘れて皆で観光したり、許可を取って都市のちかくの森へ出かけたりもした。
いつも穏やかで、真剣なエレンが森の泉で小さい少女のようにルシアやミーナと声を上げて遊んだり(この2人はいつも通りだが)、ハルの狩の獲物を見つける鼻の良さに感心したりと、迷宮探索以外の場所では思わぬ一面を見ることが出来て更にお互いの絆が深まった気がする。
そして……
「これを皆に貰って欲しいよぅ」
休日の最終日の晩にチコがそう言いながら俺たち全員に銀鎖のついたペンダントを手渡した。良く見るとそれぞれのペンダントトップには各人を意匠化(デザイン化)した素朴だが見事な細工が施されている。
「凄いにゃ、これウチにゃ!」
「ほんとだ、わたしのもよく似てるー」
「3日だけでこんな凄いのを作ったのか?」
感心しながら俺が訊ねると
「それは流石に無理で、ちょっと前からちょこちょこ作ってたんだよぅ。それに鎖は既製品だぁ」
と、照れたように答える。
「それにしても素晴らしいですわ、大切にいたしますね」
盾を構えた凛々しい横顔が刻まれているペンダントをそっと握りしめながらエレンが礼を言うと。
「ボクも大切にします!」
「わたしわたしも!」
「ウチも!」
他のメンツも口々に礼を言い、チコはますます照れてしまう。
これがチコなりの友情の証なのだろう。俺はその信頼に答えることが出来るのだろうか、いや、出来るのだろうかではなく、答えられるように行動していかなければ。
思わぬ贈り物で盛り上がったところで俺たちの休暇は終わった。
「準備はいいか?」
「おっけー」
「大丈夫ですわ」
「問題ないよぅ」
「大丈夫にゃ」
「は、はい!」
8層目の転送装置へ跳び、9層目へと続く階段の手前で皆に声をかける。
皆、真剣な表情で俺に返事を返してくる、俺はその顔を順に見つめた。
パーティーのメンバーの幾人かは、それぞれその胸の内に目標や目的を持っている。
それがきっかけで多分解散となるかもしれない、でもそれは今じゃない。
今は信頼し、助け合う仲間と共にこの過酷な迷宮をただ生き延びよう。
―― 完 ――
ずっと放置してるのもアレなので打ち切り風味ですがこれにて完結とさせていただきます。
元々これといった最終目標もなく、初心者達がその領域を一歩抜け出すところまで書けたら良いなと考えていたので、それなりに満足しています。
お待たせいたしましたが、最後までお読みいただき有難うございました。




