09話
「この扉をくぐるのも5回目か」
「そうだねぇ、4、5階層の門番は2回ずつやったからねぇ」
門番の部屋を前にして一旦休憩をとる。どのような敵が出てくるかと考えると緊張する。
「準備良いですわ」
「アタイもー」
一息ついたのち、全員の用意が整ったのを確認すると、俺たちは6層目の門番の待つ部屋へを突入した。
「グレイウルフ?」
「そう見えますね」
部屋の中に入ると俺たちを待ち受けた居たのは以外にもグレイウルフの群れであった。5層目から出没するモンスターがなぜ6層目の門番なのかと訝しんでいると。
「一匹大きいのが居るにゃ」
「――あれはリーダーみたいだねぇ」
確かに6体中、1体だけ体の大きな奴が居る、あれがリーダーという奴だろうか。しかし残りの5体は普通のグレイウルフであり、さほど苦戦せずに勝てるのではないだろうか。
「リーダーの指揮で普通のヤツの動きもかなり違うらしいよぅ」
なるほど、そう簡単にはいかないか。
「ウォゥ」
そのリーダーがひと吠えすると、配下の5体がこちらの方に駆け寄ってくる。しかしいつものように無秩序に襲ってきたりはせずに、俺たちの周りを円を描くようにして走りづつけている。
とっさに円陣を組んだが、後方がチコ、ハル、ルシアと並んでいて明らかに脆い。そしてグレイウルフはそこを狙ってきた。
「ガアァ」
俺たちを囲む円弧から2体が飛び出して同時にハルに襲い掛かる。その内1体は隣のチコがダガーで牽制して追い払えたが、もう1体の牙がハルの構える剣と盾をすり抜けて、痩せた脛を噛み千切ろうと迫る。小柄なハルの足などまともに噛みつかれたら小枝の様に折られてしまうだろう――。
「ギャン!」
しかし、間一髪というところで背後から飛んできたミーナの蹴りがグレイウルフの鼻づらに命中して難を逃れることが出来た。
「ハルとルシアは円陣の中へお入りなさい」
「あいよー」
「すいません」
こちらが体勢を立て直したときには敵も再び円を描く動きに戻っている。
狼と人間では根競べしていてはおそらく負けてしまうだろう、さて、どうするか。
「リーダーを倒せばいいのかにゃ?」
「そうだが……」
リーダーは後方で隙を窺っているように見える。おそらく配下をけしかけてこちらの円陣が崩れたときにでも飛び込んでくるつもりなのだろう。
「――オイラが行くよぅ」
「んじゃアタイが囮になるにゃ」
結局機動力の高い2人がうって出て、俺とエレンは守りに徹するといういつものパターンとなった。
「飛び出すにしても切っ掛けが必要だな」
流石にフライングエッジの時のように手持ちの剣を投げてしまったらその後でグレイウルフをしのげる自信はない。
「ボクが閃光で仕掛けます」
「そしたらアタイが左から行くにゃ」
「それじゃオイラは一呼吸おいて右から出るよぅ」
話はまとまった。あとは実行あるのみだ。
俺とエレンの間からハルが一歩前に進み出る。すかさずグレイウルフが2体襲い掛かってくるが。
「閃光」
ハルの手のひらから発せられた強力な光に至近距離で目を焼かれて悲鳴を上げる。そしてその隙にミーナが円陣から走り出て左手からリーダーの方へを向かおうとするが、光にやられなかった残りの配下の内3体が後方から追いすがる。
「氷槍」
その内1体の胴体をルシアの魔法が貫く、もろにくらったグレイウルフは地面に倒れてのたうち回る。
そして残る2体をミーナが振り向いて引き受けている間に反対側からチコが矢のように飛び出してった。
それを見たリーダーは悠然とチコへを襲い掛かる。チコの頭を丸呑みにでもするかのように大きな口を開いて跳びかかってきた。
「これでもくらいなぁ」
そこにチコが左手で何かを投げつける。あれはさっき目玉が出した宝箱に仕掛けられていたガス瓶だろうか。口元に投げつけられたそれをリーダーはとっさに噛み破る。
すると――。
「ギュアアアアン」
どのようなガスか判らないが、もろに飲み込んでしまいのたうち回る。
そして音もなく近づいたチコがリーダーの心臓にするりとダガーを差し込み、それで、それだけで静かになった。
2体が一時的に光で視力を失い、1体がルシアの魔法で倒され、残された2体もリーダーを失い統制が取れていない。
こうなるともう後は掃討戦としか言えない様相を呈して、あっけなく戦いは終わった。
「突入を志願すると思ったらあんな隠し玉があったのか」
「本当は売るつもりだったんだがよぅ」
戦闘後、狼を解体しつつチコの健闘を称える。肉は売れないが毛皮はそれなりになるし、なにより今日はここで終点なので6体とも処理していくことにした。
「ハルの光も良いタイミングだったにゃ」
「えへへ、ありがとうございます」
隣では2体を相手にして細かい傷だらけになったミーナをハルが治療している。
それにしても結果だけ見ればあっさりと勝てたようにも思えるが、危険な場面もそこかしこにあり、色々と改善が必要だと痛感する。
「それじゃ引き上げるか」
「かえろー」
「了解いたしましたわ」
狼から毛皮を取り去る作業も終わり、帰る段となった。残念ながら宝箱は現れず、となると狼が持ち物など持っているわけもないので戦利品という面ではイマイチであったが。
何はともあれ6層目の攻略には無事に成功したし今日のところは良しとしよう。
門を抜け、すでにおなじみとなりつつ認証装置で6層の認証を受けた後で1層目へ跳ぶ。
流石にルシアも往復して遊ぶようなことは無くなっている。
1層目に着いた後はまっすぐと出口を目指す。そしてもうすぐ出口を塞ぐ鉄格子のところへとたどり着くという時に、誰かが戦っているような声が聞こえてきた。
「声が聞こえるのは丁度出口のあたりだねぇ」
「ちょっとウチ、先に行って見てくるにゃ」
「こら勝手に……」
止める暇もなくミーナがまさに猫のように俊敏な動きで走り去っていく。
「やれやれ」
「彼女なら大丈夫ですわ」
まぁそうだろうが、いくら1層目とは言え単独行動は頂けない。よし今日の夕飯はミーナだけ一品減らそう。
そんな事を考えつつ俺たちも先を急ぐと出口のあたりで門番の2人と見たことが無い4人がジャイアントバットと戦っている。
そしてよく見ると、いやよく見なくてもミーナも混じっている。
流石に門番は熟練の冒険者らしくジャイアントバット程度の敵は易々と倒していく。俺たちがたどり着いたときには地面に5匹のジャイアントバットが転がって居て戦闘は終わっていた。
どうやら4人組は敵の数が多くてここまで逃げてきた初心者パーティのようだった。
「強いですね」
今日の門番はエルフの女性とリザードマンの男性というちょっと変わった組み合わせだった。そのうちのリザードマンの方に声をかける。
「ナニ、このくらいカルイカルイ」
「こういうのってよくあるのー?」
「そうね、2、3日に一度くらいかしらね」
俺たちがそんな風に門番と話していと、4人組もこちらにやってくる。
「あ、ありがとうござしました!」
おそらくリーダーと思われる俺と同じくらいの年の人間の男性が門番の2人に深々と頭を下げる。それに残る3人も続く。
「ブジでヨカッタ」
「ええ、こんな時のために私達がいるんだから気にしないで」
ほんの2カ月ほど前は彼らと同じような初心者だったのを懐かしく思いつつ、俺たちは門番と彼らに挨拶するとらせん階段を登って地上へと向かった。
「ふむ、全部足して銀貨220枚というところか」
古銀貨20枚と狼の毛皮6枚に目玉の鑑定額は、中々いい感じだった。
「フローティングアイの目が無傷なら銀貨200枚はしたんだがね」
この目玉はフローティングアイというモンスターらしい。ちなみに今回の鑑定額は銀貨80枚だった。
「目しかないのに無理だよー」
「はは、こいつは目玉の上にこぶみたいなでっぱりがあるだろ? ここが弱点なんだよ」
言われて見えば確かにでっぱりはあるが、子供のにぎりこぶりのそのまた半分くらいの大きさの物を狙い撃ちするのはなかなか難しそうだ。だからこそ無傷なら高いのかもしれないが。
「次見かけたら狙ってみるかぁ」
器用なチコなら上手いことやってくれるかもしれない、もし次があったらまた任せよう。
「それじゃ全部買い取りでその中から持ち出し税の支払いをするという事でいいんだね?」
「ええ、お願いしますわ」
「それじゃ、220枚から22枚引いて銀貨198枚分、金貨1枚と銀貨98枚だ、確認してくれ」
渡された金貨と銀貨をチコが素早く数える。
「確かに受け取ったよぅ」
「それじゃ今日はゆっくり休んでくれ」
「ありがとー」
鑑定士の親父に手を振り迷宮の管理所を後にする。
明日の休みを挟んで、明後日からついに未踏の階層へと挑む。敵も手ごわさを増しているがこの6人なら何とかなると信じたい。
なんにせよ、今日は階層突破のお祝いでもしよう。
「よし、それじゃ6層突破のお祝いでちょっと良い食材でも買って帰ろうか」
「ごちそうにゃー」
「あ、ミーナはさっき勝手な行動したから一品減らすからな」
「そ、そんな酷いにゃ……」
皆が笑う。まぁ今日のところは勘弁してやるか。




