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80 ツクヨミご一行さま、到着です



 こわーい夢を見た日から、十日が過ぎました。

 あれ以来、ヘンな夢を見ることもなくグッスリです。


 ティアとテルマちゃんが寝るときに、両側からピッタリくっついてくれるようになったからかな。

 えへへ……。


 さて、十日の間、任務が入ることはありませんでした。

 私たちのつかんできた情報のごほうび、もあるのでしょうが、帰還から三日たった日、早馬に乗った会談申し入れの使者がやってきたからです。


 ツクヨミがなにをする気かわからない以上、最高戦力であるティアを動かすわけにはいかない。

 そういうことだと、ティアが自分で言ってました。


 そうして十日目のお昼ご飯を終えたころ。

 山の中腹、お食事どころのテラス席でのんびりしていると。


 ――ヒヒィィン!


「……ん?」


 遠くで馬のいななき。

 私の耳がしっかりキャッチしました。


 けわしい山と深い森にかこまれたブランカインドに、馬なんていません。

 いるとしたら外部から誰かが来たときだけ。

 たとえばブランカインドと親交を深めようとする宗教団体さんのご一行、とか。


「……ティア、来たみたい」


「そう、来たのね」


 どうしてわかったのか、とかティアは聞きません。

 私の目や耳の良さを知ってくれているし、知ってなくても信じてくれます。

 大好きなトコのひとつです。


「ではではお姉さま、テルマたちも出迎えに行きますか?」


「んー。ティア、どうなんだろう」


「出迎えなんて、大僧正の秘書とかにやらせておけばいいのよ」


 ……秘書とかいたんだ。

 大僧正さんの秘書をやるって、すっっっっっごい大変そう。


「それよりも、ご一行さまの編成を知る方が大事。トリス、あなたにしかできないことよ」


「だねっ」


 不審なヒトが紛れ込んでいないか、とか。

 幽霊の聖女さんがついてきてるかどうか、とか。

 確かめるべきこと、いっぱいあるもんね。


 ちょっとお行儀悪いけど、道のはしから崖ぎわの柵に身を乗り出して、ふもとのほうをのぞきます。

 さすがに素の状態じゃ、そこまでハッキリ見えないから……。


綺羅星の瞳トゥインクルスター・アイズっ」


 視力を強化!

 これでハッキリクッキリです。

 顔の毛穴までバッチリ見えますよ!


「えーっと……。いたいた」


 少し探せばすぐに発見、『ツクヨミ』ご一行さま。

 乗ってきた馬車から降りて、山道のけわしい階段を登ってきています。


 総勢十名、その中にレスターさんの姿もあります。

 あとは牧師さんみたいな服を着たヒトが八人いて、残る一人は……。


「……キツネの、お面?」


 ……まさか、アレがレスターさんの言ってたヒト?

 モナットさんと同じ部族出身だっていう。

 だとしたら、要注意人物です……!


 さて、ほかに怪しいヒトはナシ。

 死んでるヒトもパッと見いないようですが、だからといって聖女さんが来てないとは限りません。

 たとえば誰かに取り憑いて体の中に隠れたりしてればいいわけですから。


 憑依を見抜く目とか、欲しいなぁ。

 欲しいと言って手に入るモノでもないですが。


「――?」


 なんでしょう。

 キツネ面のヒトが立ち止まりました。


 アクシデントでも発生したのでしょうか。

 そう思って、注視したそのときでした。


 スッ、と首が動いて、顔がこっちをむいたんです。


「……っ!?」


 完全に、目が合いました。

 遠く離れているはずなのに、バッチリ視線がかち合ったんですよ。

 急いで柵からはなれて、バクバクと脈打つ胸を片手でおさえます。


「トリス、どうかしたの?」


「見てるの、気づかれた……みたい。キツネのお面の女のヒトに……」


「こ、こんなに離れているのにですか? テルマ、まだ見えませんよっ」


 さっきまで私が立っていた場所に行って、身を乗り出すテルマちゃん。

 ティアも同じく見下ろして、首を小さく横にふります。


「私も見えないわ。たしかキツネ面の女といえば……」


「モナットさんとおなじく、『月の瞳』の持ち主、ですよね」


「……気をつけましょう。目が合えばどうなるかわからない。さいわい、今のトリスに異常は見られないけれど」


「月の、瞳……」


 ジャニュアーレさんの記憶の、そしてモナットさんに襲われたあの夜の、記憶が脳裏によみがえります。


 ヘタをすれば、モナットさん以上の相手とティアが戦うことになる。

 もし、もう一度狂気の瞳を受けてしまったら。

 腕を斬り落として正気に戻れても、ここじゃフレンちゃんを呼べないから……。


「……ティア、お願い。もうあんな無茶はしないでね?」


「心配いらないわ。あの無茶は、フレンさんを呼べると計算に入れた上での無茶。二度同じ失敗をするつもりもないわ」


「うん……。信じる」


 いつも私を信じてくれるティアだから、私も信じる、信じたい。

 けれどどうにも、嫌な予感がぬぐえないんです。


 私にできること、なにかないのかな。

 後ろで見て、危険をつたえる以外に、なにか……。


「おう、お前ら。こんなとこにいたのか」


 と、上の方から聞きなじみのある元気な声。

 見上げればセレッサさんが、上に通った道から手を振っています。


「セレッサさん。私たちのこと探してたカンジ?」


「ま、そんな感じだな……っと!」


 身軽に飛び降りて、私たちの前に着地。

 さすがの身体能力です。

 私がマネしたら足の骨が砕けそう。


「婆さんから頼まれてな。アンタら三人、もれなくお呼びだぜ」


 大僧正さんからの呼び出し、ですか。

 タイミング的に『ツクヨミ』関連とは思いますが。

 ひとまず行ってみましょう。



 ★☆★



「集まったみてぇだな。ブランカインド最精鋭」


 大僧正の執務室。

 デスクにドンとかまえた大僧正さんが、居並ぶ葬霊士のみなさんを眺めまわします。


 ティアと私とテルマちゃん、それからセレッサさんにタントさん。

 顔見知りはこのくらい。

 あとは長身の男のヒト、短髪のお姉さんに、私より背が低くてなんだかおどおどしている、グレーの髪の小動物系の女の子が一人、です。


「『筆頭』セレッサ、『次席』ユーヴァライト、『四席』マリアナ」


 セレッサさん、男のヒト、女のヒト、と順番に視線をむけつつ、名前を呼んでいく大僧正さん。

 なるほど、このヒトたちがトップランカーの葬霊士さんたちなんだ……。


「それから『十席』」


「ひゃ、ひゃいっ!!」


 今この子、ビクッ、って飛び跳ねた。

 比喩じゃなく、肩が、とかじゃなく、全身で飛び跳ねた。

 いくらなんでも緊張しすぎなんじゃ……。


「……肩の力を抜きな、メフィ。そんなんじゃ病気になっちまうよ」


「はいっ、善処しましゅっ!!」


「力抜けっつってんのに……」


「しょ、しょせん繰り上がり十席なのでっ! おかまいなくっ!!」


 繰り上がり……。

 そっか、五席のジャニュアーレさんが死んじゃったんだもんね。


 六席から十席までが繰り上がり出世して、あたらしくこの子が十席におさまったわけか。

 で、初めての幹部待遇。


 うんうん、わかるよ。

 私だってそうなりそう……。


「……お姉さま、しみじみうなずいてどうなさったのです?」


「あぁ、いや、なんでもない……」


 共感してる場合じゃないや。

 大事な話の最中です、しっかり聞いていなくちゃね。


「で、トリスとテルマ、それにタント。こいつらのことは知ってるだろ?」


「うむ。人並み外れた感知力を持つ少女と、常にそばに付き従う霊の少女」


「そして、ヤタガラスからくだってきた葬霊士さん、でしょう?」


 ユーヴァライトさんとマリアナさんでしたっけ。

 お二人が交互に答えます。

 というか私とテルマちゃん、主従関係に見られてる!?


 ちなみにタントさんがユウナさんだということは、ひとまず秘密にしているみたい。

 記憶がないのにユウナさん扱いされても困るだろうから、って気づかいかな……?


「そんなところだな。『席持ち』に負けず劣らずの戦力さ。他の奴らが任務に出ている今、ここにいるのがブランカインドの最高戦力だ」


「……どうして出してるの? みんな手元に置いておけばいいのに」


「バカ。ティアナ、お前ほんとバカ。山の運営止められるか? 任務を全部断れるか? おまんま食いっぱぐれてぇか? あ?」


 あぁ、さっそくティアが怒られてる……。

 大僧正さんも、ティアには必要以上に当たりがキツい気がしますが。


 愛情の裏返し……?

 それとも聖霊三体持ち逃げをいまだに怒ってます?


「話の腰を折るんじゃないよ、ったく。……さて、本題だ。『ツクヨミ』ご一行様がいらっしゃった。ワシ自ら教団の代表をもてなし、そののち会食を行うことになっているが、『ツクヨミ』は味方じゃねぇ」


「……だろうな」


「聖霊『ツクヨミ』を狙ってる……かもしれねぇんだよな」


「しれねぇ、じゃねぇなセレッサ。確定情報だ」


「マジか……」


「『優秀なヤツ』が持ち帰ってくれてね。大したヤツだと、褒めてやんな」


 大僧正さん、ティアのことそんなふうに……。

 やっぱりもう持ち逃げや脱走のこと、怒っていないみたいです。


「どやっ」


「……ティア、そういうとこだよ、そういうとこ」


 そこは黙ってクールに立っててほしかった。

 こんなところもかわいいのですが。


「そこで、お前らに任務を与える。依頼人は俺自身だ。まずユーヴァライト、マリアナ。以上の二名は俺のそばにつき、警護に当たれ!」


「重要な役目、まかされた……」


「了解っ。お姉さん張り切っちゃう!」


「次、セレッサ、タント。お前ら二人は外の警備。抜け出して怪しい動きをするヤツがいたらかまうことねぇ、ふんじばっちまいな!」


「おうよ婆さん、任せとけ!」


「重大な任、承りました!」


「で、最後。残った四人」


 お、いよいよ私たちですか。

 ……って、四人?


「あ、あわわわわわわっ、わわわたひもれしゅかっ!!?」


 あぁ、十席ちゃん。

 たしかメフィちゃんでしたっけ。


「おう、そうだ。ある意味お前らの任務が、もっとも重要かもしれねぇぞ?」


「しょしょしょしょしょ、しょんなぁ!!?」


 うわぁ、かわいそうなくらいにうろたえてる……。

 私も緊張しそうですが、この子を見てると冷静になれそうです。


「最重要任務。ふふん、腕が鳴るわね」


 ティア、あの子にあなたの自信、ほんのちょっとでいいからわけてあげて……。


「して、大僧正さん! 最重要任務とはいったいなんなのでしょうか!」


 ピンとまっすぐ手をあげたテルマちゃんに、大僧正さんはニヤリと笑います。

 そして衝撃的な任務を告げたのです。


「……キノコ狩りだ」


「はい?」


 きのこ、がり?

 いったいどういうことですか……?



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