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66 思い出のダンジョン



 小迷宮【星降りの洞窟】。

 カベや天井、一面にまるで夜空の星のように光がまたたく美しいダンジョンです。


 光の秘密は壁に埋まった鉱石の成分が、『マナソウル結晶』の魔力に反応しているのだとか。

 魔物が出なければデートスポットになっていたことでしょう。


 最深部をふくめ、ぜんぶで3フロア。

 初心者向けのダンジョンとして、駆け出しの冒険者の初めての冒険に選ばれることも多いこの場所。


 さっき言いましたが、私の初潜入もココでした。

 フレンちゃんたちと協力して、最深部にたどりついて。


 はじめて『マナソウル結晶』を採掘できたときの感動、今でも思い出せます。

 楽しかったなぁ。

 うん、ホントに楽しかった……。


「……トリス? どうかしたの?」


「あ、ううん。ごめんね、ぼんやりしちゃって。ここ、私が初めて冒険した場所だから」


「お姉さまのはじめて……」


 テルマちゃん、含みのある言い方やめてもらえる?


「そう、思い出の場所なのね」


「フレンちゃんのこととかさ、思い出しちゃってた」


「あの子、ね……」


「フレンさんとは、たしかお姉さまのご友人でしたか」


「うん。テルマちゃんは話で聞いただけだよね」


「はい、面識ございません」


「ホントにね、いい子だったんだぁ……」


 はじめて出来た私のお友達。

 クリーム色のふわっとした髪に、きれいな青い瞳の女の子。


「懐かしいなぁ、……ティアの召霊術で呼べばまた会えるんだろうけど、再会は私が寿命であっちに逝ったあと、という約束だから。ホントは会いたいけど、ガマンしなきゃ」


「死者との向き合い方として正しいわ。死ねば二度と会えないのが普通だもの」


「テルマとしてはいろいろ複雑ですけどね……。あはは……」


 ずーっとこの世にとどまってるもんね、テルマちゃん。

 私と魂の一部がくっついちゃってるから、なんだけど。

 もしも切り離す方法が見つかったら、テルマちゃんともお別れなのかな……。


「……よしっ、昔話はもうおしまいっ。任務中なんだから、ちゃんと猫ちゃん探さなきゃ!」


 手をパンっ、と叩いて瞳を閉じます。

 正直なところ、頭によぎったテルマちゃんとのお別れへの不安を、振り払うための空元気。

 だけど気持ちはきちんと切り替わりました。


 閉じた瞳に魔力を集中させまして……開眼!


星の瞳(トゥインクル・アイズ)!」


 魔力球が出現して、浮かび上がる立体マップ。

 いわゆるいつもの、潜入開幕恒例です。


 以前来たときのマップは頭に入っているけど、今回は猫探し。

 動物ってマップに映らないのですが、猫の霊なら映るのでしょうか。

 わかりませんが見てみましょう。


「……うん、ヒトが多いね」


 多いです、とっても多いです。

 黄色い点が固まった四人パーティーが三組ほど。

 単独潜入している黄色の点もいくつか見えます。


「黒い点は……見たところ、いなさそう?」


「そうね、いないみたい」


「モンスターの赤い点も少ないですし、初心者さん用のダンジョンというのも納得ですっ」


 これまでひっどい難度のダンジョンばかりだったからなぁ……。

 たまにはこういうのもいいよね。

 さておきやっぱり猫の点、マップに表示されず、です。


「……うーん、猫ちゃんどこだー?」


「ひとまず最下層まで、しらみつぶしに見てみましょう。見張りの者が見落としていたりサボっていたのでないのなら、外に出てないはずなのだから」


「そうだねぇ。近くまで寄ったら、私なら気配でわかるだろうし!」


 ではではいってみましょうか。

 のどかな猫探し、スタートです。



 キラキラ輝く、まるで夜空の中みたいな洞窟を、ティアを先頭にずんずん進みます。

 テルマちゃん、平気だって言ってるのに憑依して『神護の衣』でガード済み。


『もしも突然モンスターが奇襲したり、罠を踏んづけたりして、お姉さまの玉の肌に傷がついたら取り返しがつきませんから。世界の損失です!』


「あ、ありがと……」


 なんて、過保護と呼んでいいのでしょうか、これ。

 マップ出してるから魔物の奇襲なんて受けないし、あからさまなトラップなら感知力で気づけるよ……?


 出るモンスターも洞窟コウモリ、大ネズミみたいな初心者むけばっかり。

 ティアがにらみつけるだけで怖気づいて逃げていきます。

 まるっきりただのお散歩です。


 別のパーティーともすれ違ったりしつつ、どんどん進んでいきますが、しかし猫ちゃんの気配なし。

 果たしてどこにいるのか……。


「……ん?」


 なんか今、強烈な視線を感じました。

 マップに目をうつせば、黄色い点がこの先のカドのところにいます。

 ちょうど死角になっていて、こちらから肉眼での確認はできません。


「……ティア、誰かが見てる。隠れて私たちのこと見てるよ」


「……そう。用心していきましょう」


 ゆるみきってた気分を引きしめつつ、気づかないフリをして。

 軽く警戒しながらもカドを曲がったのですが……。


「……あれ?」


 誰もいません。

 気のせい……なんかじゃないよね?

 だってマップに表示されているんだもん。


「おかしいな、マップは――」


「――すみません」


 真後ろ。

 男のヒトの低い声で、真後ろからささやかれました。


「ひっ……ぎゅ!」


「あぁ、おどろかせてしまいましたか?」


「え、えぇ……っ?」


 あわててふりむけば、どうやら岩陰で見えなかったみたいです。

 クリーム色の髪に青い瞳、どこかで見たコトあるような男のヒトが笑顔で立っていました。


 ……っていうか、『どこか』じゃない。

 『ザンテルベルム』で見たんだ。

 街頭演説で勧誘していた、あのヒト……!


「あなた、『ツクヨミ』の……っ」


「おや、覚えていてくれていたのですね。光栄です」


 うやうやしく、フレンドリーな笑顔でお辞儀する男のヒト。

 あなたこそ私の顔を、バッチリ覚えちゃってるじゃないですかぁ……。


「あぁ、まだ名乗っておりませんでしたね。わたくし、教団『ツクヨミ』の広報を担当しております『レスター』と申します」


「はぁ、レスターさん……」


「……お嬢さんにも、お名前をお聞きしても?」


「えぅっ、ト、トリス……です」


「トリス。なるほどトリス。いやはや、いい名前です」


 なんだろう、顔こそ笑っているけれど、態度こそフレンドリーだけど。

 『ツクヨミ』のヒトだからとかでしょうか、なんとなく心を許せません。


「そちらの方は? ザンテルベルムでもご一緒していましたね。見たところ――ブランカインドの葬霊士」


「知っているのね。いかにも、ブランカインド『零席』ティアナ・ハーディングよ」


「零席。聞いたことありませんが、すごい方なのでしょうね」


 ティアはあきらかに警戒していますが、かろうじて表に出していません。

 ですがテルマちゃんが、私の中で『お姉さまに手出しさせませんよ、させませんよ……』と警戒心むきだし。


 憑依状態でよかったです……。

 あ、もしこのヒトが『見えるヒト』なら、ですが。


「それであの、どうして私たちに声を? それに、こんなところでお一人でなにをされていたのですか?」


「声をかけた理由は単純です。ザンテルベルムでお見かけしたとき、葬霊士さんとお嬢さんの組み合わせが印象に強く残ったもので」


 ……たしかにティアの格好、とっても目立ちます。

 ふつうなら納得のいく理由です。


 だけどこのヒト、明らかに私を見てた。

 ティアには目もくれず、じっと私のことだけを、すごい目つきで……。


「ここにいる理由の方は、ですか。そうですね――『思い出巡り』ですかね」


「思い出、ですか……?」


「えぇ。これ以上は個人的なことになりますので、控えさせていただきますが」


 そう言って夜空のような天井を見上げた横顔。

 その横顔がさみしそうで悲しそうで、怖いとは思いませんでした。


 ですが、すぐに仮面のようなさわやかな笑顔へと変貌します。

 切り替えの早さもまた怖い。


「あなた方こそ、このような場所でなにを?」


「貴族のご婦人の猫が逃げ出してね。ここに逃げ込んだらしいのよ。ただし霊だけど」


「なるほど、猫……ですか」


「あなた、葬霊士を知っているなら『見える』の? もし見えるのなら、猫を見たかどうかだけ教えてくれる?」


「残念ながら見ていませんね。ただ、最深部にはまだ行っていません。もしいるのなら、そこではないでしょうか」


「ありがとっ! ティア、最深部だって。急ごっ」


 ようやく離れる口実ができました。

 なんかもう、一刻も早くわかれたい。

 お散歩気分なんて吹き飛んでしまいました。


「おっと、じつは私も最深部に用事がありましてね」


「……えっ?」


「ご一緒、しませんか?」


 ……逃がして、くれないんですね。

 ティアの顔をうかがいますが、断れば逆に不自然だから、ってカンジで、小さく首を横にふりました。


「……ええっ! ぜひご一緒しましょう! いくら初心者むけでも危ないですからねっ。ダンジョンですから!」


 だからもう、こっちもせいいっぱいの笑顔を作ってうなずくしかありません。

 ティアとテルマちゃんが一緒じゃなかったら、とっくに泣いているでしょう。


 猫ちゃん、早く出てきてよぉ……。



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