110 石の聖霊
夢――じゃないや。
分霊飛ばしちゃったときに見たことあります、あの聖霊。
「あれはメドューサね」
「メドューサ?」
「触手から飛ばす液体に、物体を石化させる力があるわ。石にされたら二度と元に戻れない。メフィ、気をつけなさい」
「ひぃぃぃぃぃっ! 即死攻撃じゃないですかぁ!」
と、とんでもないバケモノじゃないですか、あの触手のカタマリさん……。
以前は牢屋の中、それも、おそらく『太陽の瞳』が見抜いた封印の中のイメージの姿でした。
ミミズがひとかたまりになったみたいに、触手がからみ合って形作ったヒト型のシルエット。
こうしてハッキリ、生身の姿を肉眼で見ると、ますますおぞましさを感じます。
石化液には魂すら石にする力があるようです。
山積みになった犠牲者のヒトたちの石化した魂を、絡め取っては食べ、取っては食べ、
『だぁぁぁあ、きゃっきゃっ』
ご機嫌な赤ちゃんみたいな無邪気な笑い声を漏らしています。
「……っ」
聖霊ならではのまがまがしい霊気とあわさって、背中にゾゾゾッ、と悪寒が走りました。
ですが、怖がってばかりいられません。
むしろ今、飛び出したくてうずうずしているんです、私。
「……ティ、ティアっ。これ以上、魂食べさせちゃ、ダメだよね……!」
「そうね、トリス。あなたなら、すぐにでも出ていきたいでしょう」
固まったまま動けない犠牲者さんたち、助けが来るのを祈っていることでしょう。
人助け欲、うずうずして止まりません。
飛び出さないのは、飛び出しても意味がないってわかってるから。
無駄死にして終わりってわかるからこそ、なんとか理性で欲望を抑え込めていられるんです。
「あなたの気持ち、私に託しなさい」
「……うん、お願い」
「メフィはここで待機。いざとなったら、あなたがトリスの体を守って」
「えっ? えっ? は、はいっ!」
『いざとなったら』。
すなわちメドューサが万が一『月の瞳』をつかったら。
メフィちゃんにはあんまり伝わらなかったみたいですが、それでもうなずいてくれました。
「トリスにテルマも。『いざ』となったら頼むわね」
「まかせてっ」
『ご安心くださいっ!』
私たちにはバッチリ伝わりましたよっ。
直後、ティアが弾かれたように駆け出します。
背中の十字架から長剣を引き抜いて、メドューサへと一直線に。
『ぇだああぁぁ?』
直進してくるティアに、メドューサもすぐに気づきます。
食べてた魂を放り投げて、たくさんの触手をティアへとむけました。
『だぁぁっ』
その先っぽから灰色の液体が飛び出して、ティアに迫ります。
たぶんアレが石化液。
肌にかすっただけで一巻の終わりです。
けれどそんなもの、ティアに当たるはずもなく。
流れるようなステップでかわしながら距離を詰め、すれ違いざま。
「ブランカインド流葬霊術――彼岸の河瀬」
触手もろとも、メドューサを斬り刻みました。
『あぁ゛ぁぁぁっ!! おぎゃぁぁぁぁっ!!!』
癇癪を起こした子どもみたいに泣き叫ぶ声。
ダメージボイスなのでしょうが、かえって不気味です。
それにメドューサのダメージ、すぐに回復してしまいます。
全身にある弱点を同時に破壊しないと、絶対に倒せないのが聖霊です。
「トリスっ!」
「もう準備できたよ!」
だからこそ、目を開けたまま魔力をチャージしておきました。
これなら目をつむってすぐに開眼、発動できます!
「綺羅星の瞳っ!」
見えました!
「ティア、弱点を内蔵してる触手は全部で26本、全て頭だよっ!」
「頭をつぶせばいい、ってことね。シンプルじゃない」
たしかにシンプル、しかもビックリするくらい偏っています。
せっかく触手のカタマリなんだから、全身にくまなく散らせばいいのに。
まるで頭に注目してほしいみたい――。
――それが狙いだったとしたら?
そもそも聖霊に、そんな小細工をする知恵があれば、の話ですが。
それにです、わざと弱点を一か所にあつめて、顔に注目させたとして、それで生まれるメリットは?
そういえば、聖霊ってどれも『眼』がたくさんありますが、メドューサには目が見当たりません。
目、どこ?
「……まさかっ! ティア、ダメ――」
『えきゃっ、えきゃっ』
ぐぱぁ。
ティアの視線がメドューサの顔の部分に注がれて、剣がふるわれたその瞬間。
顔の触手がいっせいに開きます。
触手の下に隠れていたのは『口』と『眼』。
あれがきっと、メドューサの本体なのでしょう。
ひとつの大きな口がついて、たくさんの小さな目にびっしりと覆われた丸い頭。
そこから生えたたくさんの触手が体を形作っている。
それがメドューサの体の仕組みだと、すぐに理解できました。
同時に、敵の瞳の光彩が月の力を秘めた『狂気の瞳』に変わっていくことも。
「――っぐ! あ、あぁぁ……っ!!」
「ティアッ!!」
ダメです、ティアが『月の瞳』を直視してしまいました!
事前の予想が最悪の形で的中しちゃった……!
もう迷ってるヒマ、一秒だってありません。
早くしないとティアが石化液をかけられて……っ。
「メフィちゃん、私の体をお願い! あとメドゥーサの方、ぜーったいに見ないようにね!」
「わ、わかりましたぁっ!」
さすが『十席』のメフィちゃん、状況判断が早いです。
安心して体をまかせられます。
すぐに『太陽の瞳』を発動して幽体離脱。
私の体が眠りに落ちて、テルマちゃんが排出されます。
「行くよ、テルマちゃん!」
「はいっ!」
倒れる体をメフィちゃんがキャッチするのをしり目に、テルマちゃんの手を取って一緒にティアへと走ります。
触手がティアにむけられて発射される石化液。
ですが、させません!
「ティア、私の目を見て!」
「……っ」
私とティアの視線が合うと、月の狂気はすぐに溶け消えます。
正気にもどれば石化液なんて、喰らうティアではありません。
私の方へと駆けだすついでに軽々と回避です。
「トリス、テルマ!」
走りながらこっちに手をのばすティア。
私も手をのばし、指先が触れ合った瞬間。
私とテルマちゃんの魂は、ティアの体へ吸い込まれていきました。
『おぎゃ、おぎゃぁっ!』
月の瞳の狂気をまき散らしながら、なおも石化液を吐きかけてくるメドゥーサですが、もうムダです。
『神護の衣』が灰色の粘液をはじき飛ばし、光彩に宿った太陽が月の光を打ち払います。
「残念だったわね。もうあなたに、万に一つも勝ち目はないわ」
『そのとーりっ! これ以上誰も食べさせないんだからっ!』
『思いっきりやってください、ティアナさん!』
私とティアとテルマちゃん、三人が合わさればどんな聖霊も怖くありません。
「では久しぶりに、思いっきりやらせてもらおうかしら」
石化液を『神護の衣』ではじきつつ、長剣をさやに納めます。
なにをするかと思いきや、取り出したるは赤い棺。
「久々にソロでの出番よ。百腕巨人『ヘカトンケイル』」
パチンっ。
フタがひらくと黄色いモヤが飛び出して、大量の目と腕を持った二頭身の小人が出現。
棺の弱体化がなかったら、きっと見上げるほどの巨人なんだろうな。
『我が腕、地をも揺るがし如何なる破滅の願いも叶』
「願い下げね」
ズバッ!
淡々と十字架を大剣に変えて、淡々と処しましたね……。
「ブランカインド流憑霊術。地をも揺るがすその剛力、たっぷり見せてあげましょう」
黄色いモヤを大剣の刃がまとって、岩の腕が大量に生えてきました。
ムキムキの岩の腕です。
ムッキムキです。
「トリス、ヤツの弱点、今なら私にもハッキリ見えるわ」
『視覚共有してるからねっ』
「そこで出した結論。せまい範囲に細かく散らばっていて面倒だから、一発で全部叩き潰す」
『線じゃなくて面で……ってことですか』
岩の刃から生えた腕が握りこぶしを作って、もう準備万端です。
必死に石化液をかけては『神護の衣』に弾かれるメドゥーサが、いっそ哀れに思えてきました。
「さぁ、叩き潰すわよ。ブランカインド流葬霊術――百腕の暴風雨」
大剣を振りかぶりまして、ブオンっ、と振るうと同時。
百腕によるメドゥーサ頭部へのラッシュが開始されました。
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴッ!!!
『あぎゃぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
ぐっちゃぐちゃです。
もうぐっちゃぐちゃ。
肉体があったらミンチよりひどいでしょう。
圧倒的な破壊の力の嵐を前に、なすすべなく頭の弱点をつぶされたメドゥーサが、灰色のモヤモヤへと変わっていきます。
取り込まれていた魂や、石化していた魂も解放されて、これでひとまず私たちにできること、全部終わった……かな?
「……あ、あのぉ、もう終わりましたかぁ?」
おっと、メフィちゃんってば目をそらしているんでした。
音でだいたいわかってるみたいだけど、きちんと教えてあげないと――。
「終わったのでしたらトリスさん、すぐに戻ってきてくださいっ! な、なんだかポケットがぁ、光ってますぅ!」
『えっ?』
どうしたんだろ、ポケットが?
ポッケに入れてるモノと言えば、宝玉……?
「トリス、すぐに行ってあげて。こっちはもう平気だから」
『わ、わかったっ。もどろ、テルマちゃん』
『かしこまりましたっ』
テルマちゃんといっしょにティアから抜け出して、すぐに自分の体の中へ。
起き抜けにポッケへ手を突っ込んで取り出します。
「これは……」
なんと宝玉が、また輝きを放っています。
ただし太陽でも星でもなく、満月のような輝き。
それだけじゃありません。
なんと聖霊像まで光っているのです。
これってまさか、聖霊の使った『月の瞳』に反応しちゃってる、とかでしょうか……。
とにかく宝玉と像をいっしょににぎってみます。
すると、とある情報が頭の中に飛び込んできました。
「お姉さま、またなにか見えたのですか?」
「うん……。残る6つの聖霊像をアネットさんが隠した場所、このザンテルベルムにあるみたいなんだ」




