最終話
お読みいただき、ありがとうございます。
今回のお話で最終話です。
コツン、コツン…………
長く暗い廊下に足音が響く。
ひたすら歩き続けると、目の前に光が差す扉が見えた。
扉をくぐるとそこら中が本棚であり、そこにびっしりと本が並んだ部屋であった。
とりあえず、彼は部屋に佇む仲間に声を掛ける。
そこに居たのは、見た目は彼と同じ年頃の少年だった。
「ただいま……」
「ん。おかえり【472】」
「【143】も帰ってたんだね」
「まぁな。でも…………なんか……」
お互いにお互いの有り様に苦笑する。
【472】は全身が煤だらけで、トレードマークの眼鏡もレンズまで真っ黒になっていた。
【143】はいつもはキレイな銀髪が乱れ、服もあちこち破れたりちぎれたりしている。
「お互いボロボロだねぇ」
「しかたねぇだろ。有事だったんだから……」
【143】はため息をつきながら、部屋の中央にある重厚な机へと向かう。【472】もそれに続く。
この二人は友人であるが、【143】が仲間内ではリーダーのような立場である。
今回、世界各地へ行った仲間たちの情報をまとめるのも彼だ。
「……もしかして、自分が報告一番乗り?」
「いや、俺と一緒にリリも……【827】も帰ってきてる。今は精神的に疲れ果ててるから、声を掛けるなら後にした方がいい」
「【655】と【915】は?」
「あの二人なら、まだ“浄化”が届かない地域で最後のデータ集めに奔走してる。あと数日しないと戻ってこない」
「そっかぁ……まだ何も起こってない処もあるんだね……」
「…………で? 【グリーンベル】はどうだった?」
軽く笑う【472】だが、やはり疲労が顔に濃く表れている。【143】は報告を先に済ませることにした。
「看取ってきたよ。あの施設は政府の思惑なんて知らない。みんな、純粋に惑星の再生のために働いていた。少なくとも、上層部はそう見えた」
「贔屓目なしで?」
「……ごめん、ちょっと贔屓はあるかも」
「バーカ、ここは嘘でも『無い』って答えろよ。俺の他に誰か居たらアウトだったぞ?」
「うん…………わかってる。でも、なんか今は嘘をつきたくない……」
「ここは発言の制限が無いからな。お前、馬鹿正直だから、彼女に色々と黙ってるの辛かったんだろ」
「うん……」
部屋にしばしの沈黙が訪れる。
お互いに疲れきっていたせいもあるが、何故か【472】が気まずそうに視線を逸らしていたのが気になった。
「……他に何か、俺に言いたいことがあるのか?」
「その…………」
「はぁ……心配しなくても、館長にはお前を『賢者』に推薦してやる」
「え? あ、うん……ありがとう」
「…………なんか反応悪いな? お前、あれだけ“賢者には自分がなる!”って張り切っていただろう? なりたくないのか?」
【472】は慌てて首を振る。
「もちろん、なりたかったよ! “世界の叩き直し”の一員になるなんて名誉なことだし、やりたい事もたくさんあるから! でも…………ちょっと気になる事があって…………」
「ん、気になる事って?」
「……その、え〜と……言いにくいんだけど……」
「………………………………………………」
はっきり言わない【472】を、【143】はじっと見詰めた。
発言を待ってくれているのではなく、「早く言えや」と【472】へ圧を掛けるためである。
「その……新しい世界で、『賢者』として巡ったら…………」
「うん」
「自分……………………モテると思う?」
「ぶはっっっ!!」
【143】は盛大に吹き出して、硬い机に突っ伏す。
「ぶっ……モテ…………お前、モテっ……ぶふっ!! クックックッ……!!」
「ちょっ……!! 変な笑い方しないでくれるかい!? 人が真剣に悩んでいるのにっ!!」
「悩っ……、お前が……モテで悩む日が来るなんてっ!!」
あんまりにも笑い転げる仲間に、顔を真っ赤にしてぷるぷると震える。
「もう! 君みたいな顔面偏差値が高い奴に、相談したのが間違いだった!」
「わ、悪い悪い…………つい……ふっ……いや、わかった。ちゃんと聞くから」
やっと笑いが治まり、【143】は【472】に謝りながら向き直った。
「いや正直、お前が恋愛の方面で相談なんて意外過ぎて……館長もお前に関しては“ちゃんと感情は全部入れたんだが……”って悩むほど、興味の対象が狭かったらしいし…………」
「館長も含めてみんな、自分のこと何だと思ってるの?」
「だから、悪かったって…………で? なんでモテたいんだ?」
「自分は別にモテたい訳じゃないよ?」
「へ?」
…………………………。
話が噛み合わない。
「…………“巡ったらモテるか?”……ってことだよな?」
「うん。自分、モテると思う?」
「正直に言う……けど」
「うん」
少しの間のあと、
「…………お前、絶対モテないぞ」
「…………………………」
「まず、お前の話は長いし一方的だし、相当な聞き手じゃない限り、興味の無い分野は聴くのが辛い時がある」
「…………………………」
「とりあえず、相手の興味のあることじゃない、自分の興味があるものだけを早口でしゃべるのをやめろ」
「…………………………」
【472】は少し天を仰いだあと、ホッとしたような表情になった。
「そっかぁ、やっぱり自分はモテそうにないか。うん、良かった」
「え? 良いのか?」
「うん。モテたら“予約”ができなくなるみたいだし」
「予約……?」
「なんかね、彼女に“あなたは絶対モテないから、予約しててあげる”って言われたんだ。何だろうね“予約”って?」
「…………………………」
【143】はこめかみを押さえて考え込む。
「…………前言撤回。お前、絶対モテないわけじゃない。ちゃんとモテてるから」
「なんで?」
「お前、思うほど顔も悪くないし、お前のこと好きになるのは…………マニアックな奴なら有り得る」
「マニアックって…………」
「つまり、本当にお前のことが好きな奴しか寄ってこないってことだ」
「そう。それは幸せことだね」
「はぁ……そうだな。そう思う」
変に前向きなところも悪くはない。クセのある【472】だが、物事を良い方に考えるのは得意だった。
「さて、もうモテ話は終わりな。お前もさっさと休んで次に備えろ」
これ以上、『世界再生』とは関係ない話をするのも馬鹿らしいので、【143】はサクッと切り上げようとした。だが、【472】は何かを思い出して声をあげる。
「あ、データの提出がまだだったよ。え〜と…………」
【472】が机に両手を掲げた瞬間、
ドサァッ!!
机に一抱えはある箱が出現した。
「なっ!?」
「これが自分の提出分ね」
箱の中にはゴルフボールくらいの、水晶のような玉がたくさん入っている。それぞれ違う色のリボンのような帯が、キラキラと光りながら玉の中で動いていた。
「…………まさか、これ全部……人物データ集めて……?」
「こっちから巡らせてほしい人たち……【グリーンベル】にいた人員、今昔併せて1458人いるよ」
「せ、千…………普通は二、三十個くらいで…………千個以上なんて、このまま集落ができる人数じゃないか!?」
「集落? イイねそれ。みんな一緒の村とか面白い」
箱の縁を撫でながら【472】は嬉しそうに言う。
「面白くねぇよバカ!! これ全部って…………お前がモテないとこって、こういうところだからな!」
「モテ話、終わりじゃなかったの?」
「仕事を一度に大量に渡すなって言ってる!」
「じゃあ一日100個ずつ渡す?」
「しかも玉石混淆…………減らすことは?」
念の為、聞いてみるが【472】は引くつもりがないようだ。
「駄目。この人たちは彼女の【グリーンベル】を守ってきた人たちだから。全員、彼女の側で生きてほしいんだ」
箱からピンクの帯が光っている玉を取り出して机の上に置いた。
「今度こそ彼女を、みんなと一緒に最後まで生かしてあげたい」
「はぁ…………仕方ねぇな。この子もお前と巡らせればいいんだな?」
「うん」
「ま……この子なら、お前の補佐にもちょうどい…………」
「あ、自分の補佐はこっちの子ね」
【472】は箱から別の玉を取り出す。
明るいグリーンの帯が光っている玉だ。
「は? いや待て待て待て! 普通はこっちが補佐だろ!? お前、一番仲良かったんだから!!」
【143】はピンクの帯の方を指差す。しかし、改めて突き出されたのはグリーンの帯の方だった。
「いいや、自分の補佐はこっちだけにする。彼女には何もさせない」
「何が気に食わないんだよ? 彼女頭良いし、お前の補佐をさせるならもってこいじゃ…………」
「彼女にはもう、何の“役割”も背負わせたくない」
ピンクの帯の玉を手に取り、【472】はスゥッと目を細める。
「新しい世界になったら、彼女には自分で決めてもらいたい。“難しい本”を手に取らなくてもいい、誰かの運命を無理に背負わなくてもいい…………“役割”なんて重いものは要らない」
最後にグライダーを飛ばした時の、不器用な彼女の姿が【472】の脳裏に浮かぶ。
本来の彼女はそんなに器用ではない。誰かの人生に責任を感じてしまえば、眠れなくなるくらいの繊細さも持っている。
何かの“役割”を与えれば、きっと期待に応えようと無理をして自分を殺してしまうだろう。
「一緒に巡るなら、彼女には自由に振舞ってもらいたい。自分のことなんて、目に入らなくてもいいから……」
「…………………………」
ピンクの帯の玉を見詰める【472】はどこか悲しげに見えた。
【143】が今日一番の大きなため息をつく。
「はぁあああ〜!! …………ったく、両想いが重すぎるんだよ…………お前ら」
「ん? 何か言った?」
「別に…………」
ブツブツ言いながらも、机の上の箱を受け取り後ろの棚に仕舞った。ピンクの帯の玉とグリーンの帯の玉はまだ机に残っている。
「“浄化”が終わったら、死ぬまで忙しいと思えよ!」
「大丈夫、わかってる…………わかってるんだけど……」
俯いた【472】の声が少し震えていた。
「……とりあえず、顔洗ってこい。煤がついてるせいで、その…………流れた跡が見えてる……」
「う゛ん…………」
俯いたまま、眼鏡をずらしてゴシゴシと袖で顔を拭う。
「じゃあ、また後で…………」
「ん、ゆっくり休めよ」
丸まった背中が暗がりへと消えていった。
彼がいなくなったのを確認し、【143】は机の上の二つの玉を手に取る。
「俺はこっちが良いんだけどなぁ…………でも、変わった奴にはこっちの補佐の方が合ってるのかな…………まぁ、悪くない選択ではある」
苦笑いして、グリーンの帯の玉を机の引き出しに、ピンクの帯の玉をさっきの箱の方へと仕舞う。
「俺も、少し休むか…………」
退室しようと立ち上がった時、後ろの人影に気付いた。
フワフワの金髪の少女がぼんやりと立っている。
「……お疲れ様です」
「【844】? どうした?」
「兄様にお願いがあって来ました」
「…………アイツのことか?」
「はい」
兄妹はしばらく話し込んだ。
…………………………
………………
惑星の“浄化”はその後何日も続き、世界からは大地と海と大気以外は何もなくなった。
それからさらに数百年後。
大地の表面が薄く緑色になっていく。
まだ柔らかい新芽を、澄んだ風が撫でていった。
最後までお読みいただき、ありがとうごさいました。




