第十四話
彼女が研究棟に戻った時には、研究室や事務室前の廊下には人影はほとんどなかった。
それでも、次の日の予定の確認をしようと自分のデスクへ向かったところ、部屋には部下の女性が独り座っていた。
「っ……チーフ!」
「こんな遅くにどうしたの? あ、じゃあちょうど良いわ。これ、農場のみんなと作ったクッキーなんだけど…………」
「楽しい事の後で申し訳ないのだけど、すぐに【中央都市】からのメールを見てもらいたいの……」
「え? まさか急ぎの? 連絡してくれれば良かったのに…………」
「…………………………」
部下の女性は口をギュッと結び、悲しそうに俯いてしまった。いつもと違う様子に、彼女はすぐにデスクの上に画面を立ち上げた。
確かに彼女専用のメールボックスに、送り主が【中央都市】そのものの名前がある。
メールは彼女が帰ってくる直前に送られてきていた。
“至急案件 重要”
――――やだ何、この人を脅すような言葉。
短い題名に、物々しい雰囲気が画面から流れてくるようだった。
「……あなたは確認したのよね?」
「は、はい……念の為……」
チーフである彼女が居ない時や忙しい時など、部下の女性に彼女個人宛て以外のメールは、先にチェックしても良いと許可を出している。
――――彼女の困惑ぶりから察するに【中央都市】の誰かから、相当むちゃくちゃな案件を提示されたのね? まったく……誰かしら? 今度は植物に脚でも生やせとか言ってたり………………
彼女は心で悪態をつきつつメールを開いた。
初めに再生するかどうかの案内が出る。どうやら内容は音声付きのホログラムのようだ。
「………………“再生”」
フォンッ……と音がして、デスクの上には手のひらに乗るくらいのサイズで、とある人物のホログラムが現れる。
『……各施設の長の皆様。ごきげんよう、まずはご挨拶を申し上げます』
「…………大統領……?」
恭しく頭を下げたのは、五十代後半くらいの中肉中背のスーツを着た男性だった。
この男性は現在の“人類のトップ”である。
世界の人類五億人を束ね、この惑星を立て直そうと先頭に立つ人物だ。
『先日、人類の中心たる【中央都市】にて重要な局面を迎えたことを、世界中の施設のリーダーたちにお知らせする』
「……………………」
嫌な予感が彼女の背中に走った。この映像が全人類ではなく、施設の責任者にだけ送られているということが、どこか置いてきぼりを食らう前のような気分になるからだ。
大統領は少し間を置いて、ゆっくりと話し始めた。
『我々生き残った人類が“惑星再生計画”を掲げてから、早数百年が過ぎようとしている。最初はもっと遥か昔に外に落ちている小さなゴミを拾うところから始まったが、拾う者よりも捨てる者、捨てられる物の強大さに惑星は悲鳴をあげ倒れた。そしてそれは、子孫である我らに返ってきている。つまり、人類は過去未来関係なく“一蓮托生”であるということ』
――――先祖のヘマは子孫が正す。えぇえぇ、やってますとも。私は草一本を頑張って育ててるわ!
ホログラムの大統領を冷ややかに睨む。
だが、彼女の感情とは対照的に演説は熱を帯びてきているのがわかった。
『だから我らは身を粉にして惑星の再生に尽力し、ついには画期的な方法を編み出すに至った。それが“惑星の自己治癒再生能力”の開発だ』
“惑星の自己治癒”
汚染が進んで、失われてしまった自然の能力だ。
『惑星の中心に“再生システム”を組み込み、自然の治癒能力をアシストする。人間が無理に自然を取り戻そうと弄るよりも、迅速であり合理的に惑星の望む“世界”を構築するやり方だ』
なんだか【グリーンベル】を否定された気分になる。
「これ、いつ終わる? 腹立ってきたわ」
「もう少しよ……」
『そして、そのシステムを惑星に埋め込み、試験運転を経て、すでに実行済みである!』
「なっ……ニュースでは、試験運転もまだだったわ。どういうこと……?」
『惑星は自身を完全に癒す方法を我々に示した。それが“惑星浄化計画”であり、この星の全ての汚染物質を浄化……つまりこの世の在り方を全て消去し、惑星自らが“世界を創造する”のが最善の方法である』
「…………………何、言って……」
『よって、世界の中心である【中央都市】に人類を集め、それ以外の大地、海洋、大気……惑星の全てを“浄化”することを決定した』
映像の彼は感極まったように少し上を向く。
『…………その“浄化”と“再生”が終わった後、我々は惑星の全てを取り戻すことになるだろう!』
大統領がそこまで言うと、彼の隣りに別枠で『惑星浄化計画』に伴う行動の指針を示した文章が現れた。
そこには【中央都市】へ持ち込む研究や、移動準備までの【グリーンベル】での予定が書かれており、都市へ行くための迎えの飛行艇のくる予定の日時が記されている。これは施設ごとで違うようだ。
「…………これ、つまり【グリーンベル】の施設を捨てて、みんなで【中央都市】へ引っ越せ……ってことでいいのね?」
「そういうことになるわ…………」
「……この間の研究所所長の話と同じかしら」
話はより具体的であった。
【中央都市】以外の土地は“浄化”という名のもとに瓦礫にされる。いや、灰よりも細かくされて消滅するということだった。
――――【グリーンベル】独自の研究をさせてもらえなかったのは、この計画を水面下で完成させていたから。全てを知っているのは、この世界で上から何番目までなのかな?
『各施設のリーダーたちは、然るべき行動を取るように専念してほしい………………私からは以上だ』
大統領のホログラムが消え、予定の枠だけが表示されたままデスクの上に浮いている。
「はぁ……期日までに引越しの準備なんて……ここってそれなりに人数がいるから大変だわ」
「…………………………………………」
「さてと、あら……まだ続きがあるじゃない?」
予定の他にもページが残っていたので、彼女はそれをめくっていく。
「えっと……“都市移動による個人認識許可証の配布”ね……」
見出しの下には、都市で暮らすための『許可証』を配られる人間の名前が載っていた。
それは責任者である彼女を筆頭に、部下の女性、同じ研究班の人間と続き………………
「え……?」
名前は三十名ほどで終わっている。
「何、これで全部? 他の説明は―――」
それ以上の説明も名簿もなかった。
「…………なんで? 【グリーンベル】には、千人近くの職員や研究者がいるはず……?」
彼女は慌てて大統領のホログラムをもう一度再生させる。
『各施設のリーダーたちは、然るべき行動を…………』
やはり、人員に関する説明などはない。
都市へ移動できるのは、ここに名前が載っている者だけだと考えられる。
――――“然るべき行動”って…………
「人間を…………ふるいにかけたってこと……」
各施設のリーダーは“覚悟”を突き付けられたのだ。
――――ここに名前がない者は……『栽培区』の子供たちはどうなるの? 移動しなかったら、そのまま“浄化”に巻き込まれて…………
彼女が呆然と画面を見ていると、隣りに立っていた部下の女性がその場に崩れ落ちた。
「…………うっ、ううう、あぁあああっ!!」
「っ!? どうしたの、大丈夫!?」
すぐに蹲る部下の肩に手を掛け様子を見る。
ボロボロと目から涙を流し、部下の女性は嗚咽と共に言葉を絞り出した。
「うっ……な、名前が、ないのよ……うぅ」
「あなたの名前はあったじゃ…………」
「無いの……あたしの“パートナー”の名前……」
「っ……!?」
部下の女性には一緒の部屋に住んでいる伴侶がいる。研究者ではなく事務職員であるため、仕事の時にはあまり見かけないが、とても夫婦仲が良いのを彼女は知っていた。
――――……選別に、人間関係なんて考慮していない。どうして、こんな…………!!
「うぁ……うううぅっ……!!」
「……………………」
部下の女性は彼女にしがみついて号泣し、しばらく立ち上がることができなかった。
…………………………
………………
翌日。
その日の夜はまったく眠れず、ベッドに腰掛けたまま、気付けば朝になっていた。
ベッド横のテーブルには、部下の女性に渡しそびれたクッキーが置かれている。
子供たちや『家政婦』に合わせる顔がなく、農場へ行くこともできずに一日の仕事を終えた。
この日はどうやって過ごしたのかも曖昧である。
彼女も部下の女性も、都市へ向かうとされる期日までどう過ごしてよいか思いあぐねていた。
就業後。
――――無意識でここに来ちゃった……。
夜も更けた頃、彼女は農場の畑の脇を歩いていた。
昼間は来ることも躊躇したのに、夜になった途端にふらふらと足を向けていた。
「あ…………」
『やぁ、今日はもう来ないのかと思ったよ』
畑の真ん中で『先生』が立っている。
分厚い本を手に持ち、太い黒縁の眼鏡を掛けた少年の姿。最近は彼女も見慣れたのか、『先生』という呼び名にも違和感はなくなっていた。
『昨日は楽しかったみたいだね。子供たちもたくさん話してくれたよ』
「うん。楽しかった…………」
子供たちは昨日のことを『先生』に全て話したようだ。
きっと、今までで一番楽しい出来事として報告してたかもしれない。
もしも昨日は何も知らずに寝て、今日も朝から農場へ来ていたら。『先生』に真っ先に話すのは自分で、子供たちと同じように興奮して話しただろうと彼女は思った。
「……あの……」
『…………うん?』
「楽しかったの……」
『うん』
「でも、その後が最悪だった……」
『………………そう』
「私…………どうすれば、いい……?」
『………………』
大統領の演説の映像が頭から離れない。
部下の女性の泣き顔が浮かぶ。
『先生』の服の胸元を掴んで、目に涙を溜めて昨晩の話をした。
大統領から各施設へ通達されたこと。
それはもう、決定事項だということ。
親しい人の大切な人は含まれなかったこと。
「……惑星を“浄化”するから、都市へ……避難しろって…………でも、全員じゃないの。【グリーンベル】が消滅するのに…………残る人たちの方が、多くて…………子供たちも…………」
『………………………………』
全てをまとまりなくしゃべったが、『先生』は一度も彼女に聞き返すことなく黙って聞いていた。
「わ、私は……みんなを連れていきたい。どう、したらいい……? 何か、やれることは――――」
『…………【中央都市】は、総人口五億人を受け入れることはできない』
「…………え?」
『それでも“切り捨てる人口が八割で済んだ”……と上の奴らは祝杯をあげているそうだ……』
「…………なんで……」
彼女が顔を上げると、苦しそうな表情の『先生』と目が合う。
『……惑星のシステムは正常に作動し、この世界の人間を含む動植物の“パターン”を記録し終えた。世界の土、空気、水を整えてから、新しい世界に“新しい生命”を配置する……つまり、惑星は一度“世界を滅ぼす”ことになる』
「…………知ってたの……“浄化”のこと……」
『……………………』
彼は黙ったまま静かに頷く。
「……なんで、政府は……全員を助けないの……?」
『最初から人類は“中級以下”は全て切り捨てられる予定だった。“上級”でも、残るのは一部だけだ』
いつもの『先生』とは違う淡々とした口調だ。彼女にはまるで自分を突き放しているように聴こえる。
「ねぇ、前から知っていたなら……あなたたちは、みんなを助けようとしているんじゃないの……? ほら、少しでも政府の動きを止めようとか…………」
『それは…………』
僅かな希望を持って彼女は問い掛けた。
しかし一度目を伏せた後、『先生』は彼女を真っ直ぐ見詰めて言う。
『人間を選別するのを始めた時から、この計画は動いていた。自分たちの生みの親がそれに気付いて、止めようと画策したけど…………もう手遅れだった』
「手遅れ……」
『自分たちは、人間の滅びを受け入れることにしたんだ……』
彼女は彼を見詰めたまま、動けなくなった。




