第十三話
「…………ふぁ……」
気付いた時には、彼女は食堂の壁際にあるソファーに寝かされていた。
ぼんやりと眠る前のことを思い出す。
――――あぁ、『リリ』たちに問い詰めて勝手に泣いて…………そのまま抱っこされて寝ちやってたんだ。
相手がプログラムとはいえ、初対面で食ってかかったうえに泣きつきながら寝るということに、顔がどんどん赤くなっていく。
「…………は、恥ずかしい……」
『別にいいんじゃないの? なんか疲れてたみたいだし、リリも全然気にしてねぇよ』
「っっっ!?」
ひとり羞恥に悶えた途端、すぐ横から声がした。
慌てて声の方に向くと、ソファーの隣のイスに作業着姿の男性が座っていた。
「えっと…………『飼育員』?」
『ん。お疲れ様です』
『あ、チーフ、起きましたね』
『飼育員』の向こうから『家政婦』が顔を出した。よく見ると雰囲気と男女の骨格の違いはあれど、並んだ二人の顔は瓜二つである。
「……あなたたち、本当に双子なのね」
『双子だよ』『双子ですよ』
話すタイミングも揃っている。
つい、双子に見入っていると突然、わぁああっ!! という歓声が食堂に響いた。
「えっ?」
驚いて振り向くと、楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている子供たちの姿がある。それと、彼女とは反対側の壁には、台の上に乗って子供たちに明るく挨拶をする『リリ』の姿があった。
それはまるで、子供番組のお姉さんアイドルのようだ。
「な、何事……?」
『リリは子供好きだからな。よく“収容区”の子供たちに歌や踊りを見せに行ってる』
「『収容区』に……?」
『リリの家主が、よく“収容区”に彼女を派遣しているんだ。娯楽が少ない彼らが、少しでも楽しめるように……って』
「それは素晴らしいことね……」
子供たちが『リリ』と一緒に手遊びではしゃいでいる。
彼女の想像では『リリ』の家主は“上級”の、それもかなり権限をもった人種だ。
家主の行動が偽善かどうかは分からないが、『リリ』の子供の扱いはとても慣れていて、目の前の光景に嘘偽りは感じられない。
「……すごく楽しそう」
見たことがないくらいに喜んでいる子供たちを羨ましく思った。
彼女が育った一般的な『育児施設』では、あんなに活発な遊びはしていなかった。
まともに『育児施設』にもいなかったここの子供にとっては、これはかなりの刺激で夢中になること請け合いだ。
――――いいなぁ。私が小さかったら楽しめただろうな。
数年前に会っていたら、きっと彼女も『リリ』にベッタリになっていただろう。
彼女がみんなの遊戯をぼんやりと眺めていると、食事を乗せたトレイを持った『家政婦』が声を掛けてくる。
『チーフ、よろしければ朝食……昼ですが、お食べになりますか?』
「うん。いただくわ、ありがとう」
メニューは朝に煮込んでいたポトフに、ロールパンとヨーグルトだ。
近くにあったカフェテーブルを引っ張り、そこにトレイを乗せて食べ始める。
「もう昼なんて……だいぶ眠ってたのね」
『四時間くらいですね。子供たちも一時間くらい前に起きてきて、さっき食事を終えたばかりなんです』
「やだ…………みんなが食事してるところで寝てたら、寝顔見られてたじゃない……」
再び顔が熱くなってしまう。
『ふふ、チーフが日頃忙しいのを子供たちも知ってますから、みんなであなたを起こさないように、いつも以上にいい子になって食べてましたよ。こちらとしては、とても助かりました』
「…………お役に立てて嬉しいわ」
彼女は遠い目をしてため息をついた。
…………………………
………………
『リリ』が子供たちと遊んでくれている間に、彼女は『家政婦』と一緒にキッチンで、片付けと“次の準備”の手伝いをした。
聞けば、しばらく遊んだ後、みんなで型抜きのクッキーを作る予定があるそうだ。
『おれはその楽しみのために、午前中でかなり頑張って働いてきたんだけど……』
『クゥ〜ン……』
キッチンのカウンター越しに『飼育員』がうんうんと頷いている。どうやら、本来は朝に子供たちが行う畑の作業を『飼育員』が代わりにやってくれていたそうだ。
その努力を示すように、彼の肩から頭にはキツネのスイちゃんがへばり付いている。
――――楽しみって言うけど…………プログラムもクッキー食べられるのかしら?
小さな疑問が湧いたが、そこはきっと何とかするのだろう。
『【655】は、リリに言われたら弱いですからね。今朝だって、リリにお願いされて自分の回線を【844】に貸してますし』
「へぇ~…………」
彼女は薄ら笑いを浮かべて『飼育員』を見る。
『飼育員』はその視線に心外そうに顔を顰めて、妹である『家政婦』を軽く睨み付けた。
『…………チーフに変なこと教えるなよ。それに、ちゃんと【143】に事情を話して貸したんだからな』
「【143】って誰?」
また新しいプログラムの番号だ。
『おれたちのまとめ役。おれたちに指示を出してきて、みんなそれぞれの場所へ行くんだよ。どんなに面倒くさくても、アイツに口答えすると怖ぇんだよな』
『口答えする方が悪いと思いますが?』
『いや、だって……アイツが硬いことばっか言うから……』
苦笑いをする『飼育員』も、淡々と指摘している『家政婦』も、研究棟にいるどの『プログラム』とも違って見えた。
「二人も『先生』も……そちらのプログラムはみんな“心”があるのよね? なんで隠そうとしていたの?」
『『…………………………』』
そっくりな二つの顔が、お互いに横目で視線を合わせた。表情から『どう話す?』と困っている雰囲気が伝わる。
「話すことで、あなたたちに困ることがあるの?」
『ある……』『あります……』
彼女の質問に双子は同時に答えた。
特に『家政婦』は眉間にシワを寄せて、とても苦しそうな顔をしていた。
『政府は表向きでは“人工生命体に人権を与える”と言っていますが、監視下で心を……“感情”を感知されれば、そのプログラムは“不適合”として回線の経路を絶たれるか…………』
『最悪の場合は“消滅”させられる』
「え…………?」
『だから、こっち側のプログラムは政府の目を盗んで行動しなきゃならない』
「そんな…………」
今、この場にいるプログラムは“心”を持って作られている。
本当に政府が“心”を持つプログラムを消そうとするのなら、『先生』たちの製作者は最初から政府に逆らうつもりで彼らを作ったことになるのだろう。
『あんたが農場全体の政府の回線を完全に切ってくれたから、おれたちは今ここで自由に話せているだけさ』
「…………『先生』が私と取引した時、真っ先に回線の切断を言ってきたから」
『もしも、これが【中央都市】の施設や“生活空間”なら、回線を切ったくらいでは完全に監視下からは抜けませんね』
二人はこの農場の他にも出入りしている。そこではかなりの制限を受けるという。
「でも、この【グリーンベル】は政府の研究施設よ。わざわざ危険を冒してまで来るのは大変じゃなかったの?」
『確かにここに入るのも大変だったな。【中央都市】から離れてるし、周りは政府の回線だらけだったし…………まぁ、それでもここに来ようって言ったのは【472】だけだったけど』
【グリーンベル】への経路は相当大変だったようだが、最初に『先生』が“抜け穴”を作ったおかげで、『教師』と元の『飼育員』をすげ替えることができた。
「何で『先生』が……?」
『それはアイツに聞いてみな』
「私、政府側の人間よ?」
『でも、おれたちを売ったりしないだろ?』
「えぇ……しないわ。私はあなたたちの目的も知らないもの」
例え目的を理解していても、彼女は彼らを政府へ突き出すことは考えられない。
――――……なんか、ここのプログラムたち以上に、政府の考えていることが解らなくなっているのよ。
「私は……最近はここで何をしたらいいか、わからないの。どうやら、今の惑星の土で緑化を研究しても無駄になるようだし…………」
政府が進めている『惑星再生計画』が実行されれば、向こう数十年単位で環境はリセットされると言われた。
まっさらになった土地に、新しい生命を惑星が一から創り出すというのだ。
「だから、もう……人工的な畑で植物を育てること、食料を作ることだけが主な仕事になるのよ」
『あら、それって素敵じゃない!』
「へ?」
気落ちした台詞に、弾んだ声が割り込んでくる。
『未来ではあなたが作った小麦が、将来の子供たちが作るクッキーの材料になるってことだもの!』
いつの間にか、キッチンのカウンターから『リリ』が身を乗り出していた。
『今からクッキー作りしたいんだけど、準備をお願いしてもいい?』
『リリ』がそう言っている端から、『家政婦』がキッチンの作業台に材料や道具を並べ始めた。
『どうぞ。すぐに始められますよ』
『あはは、ありがとう。チーフも作ってくれるでしょ?』
「え、えぇ……もちろん」
彼女の返事と共に『リリ』は振り返って、子供たちに向けて呼び掛けた。
『はーい! みんなで頑張るよー!!』
「「「はーーーいっ!!」」」
「……………………」
子供たちの元気の声が、彼女の耳にはとても心地好い。
何故、政府がこの子供たちを“不適合”にしたのか彼女には分からない。
だが、ここに彼らは生きているのだから、意味もなく排除しようなどとは、政府といえどできないだろうと思っていた。
…………………………
………………
「今日は子供たちのこと、ありがとう」
『こっちも楽しかったわ。やっぱり子供って面白いもの』
時刻はすでに夜。
たっぷり遊んでもらった子供たちは、すでに就寝している。いつもよりもずっと早めだ。
昼間に作って余ったクッキーは、部下の女性へのお土産にする予定である。
彼女は小さな袋に入った二枚のクッキーを眺めて、くすくすと思い出して笑う。
「まさか、作ったクッキーをデータ化して、プログラム用に出現させるなんて……思いもよらなかったわ……」
『プログラムも一緒に食事させたいっていう人間もいるからね。お付き合いの範囲というところよ』
「面白いわ。みんなできるの?」
『そうね、物質の解析ができればだけど…………残念ながら、この特技はこっち側でも、わたしを含めた数人だけね』
「へぇ……」
プログラムの雑学のようなことを教えてもらいながら、彼女は農場の畑の脇を『リリ』と話しながら歩く。
『みんなで楽しくお茶できてよかったわ』
「でもスイちゃん、私の作ったクッキーだけは食べてくれないのよ? そんなに薬品臭いのかしら……」
『あははっ』
せっかく人工屋外に出ていられるのに、連日続いている砂嵐のせいで、ガラスの向こうは夜の闇以上に真っ暗である。
「天気が良いと天然の星空が見えたんだけどね。ホログラムの星空より星は少ないけど、本当の自然が見られるのが良いのよ」
『そうね。やっぱり本物の自然が良いわね』
二人が見上げると、人工の風がそよそよと吹いている。風の穏やかさと、空の荒れ具合がなんともミスマッチだった。
『じゃあ、わたしはこの辺で帰るわ』
「また来てね。『先生』の回線ならいくらでも貸すから」
『そんなこと言うとアイツ泣くわよ? あれでもこちら側じゃ優秀なんだから』
「本当に? いっつもアナログで仕事よこしてくるのよ。もっと効率的にしてほしいのに」
『そうね。でも、世界が新しくなったら、ああいう“人間”も必要じゃないかな?』
「ん?」
――――今、“人間”って言った?
一瞬、『リリ』の言い回しが引っ掛かる。
彼らはいつも、自分たちが『プログラム』であるということを忘れていない。“人間”と言い間違えたと思ったが、それにしてははっきりと言った気がした。
「『リリ』……?」
『うん、チーフも元気でね!』
「あ、うん。またね」
『うん、また巡る時に会いましょうね!』
「えっ!?」
パンッ! 小さな破裂音と共に『リリ』はその場から消える。
「巡る時……って何?」
頭上からのゴウゴウという嵐の音を聞きながら、畑の真ん中で彼女はしばらく立ち尽くした。




