ずっと側にいる
お待たせしました。
――――― イーゼサイド ―――――
ほんのりと光り輝く世界樹、それを唖然と見ていた我だったが……その光が一箇所に纏まっていくと、段々とそれが形作られていき、最終的にひとりの女の姿を取ったのだ。
形作られた女の姿を見て、我は驚きが隠せなかった。
何故なら、その女とは……我だったのだから。
「我……? い、いや、違うのだ。我はここにいるのだ……。じゃ、じゃあ……お前は、誰なのだ?」
内心戸惑いながら、我は世界樹から現れた我と同じ姿をした女に問いかける。
すると、女は……我に向けて優しく微笑んだ。
『最後まで我々と繋がることを望み、離れることを恐れていた最後の我々であったエルフ、E-0……いや、今はイーゼ。と呼ばせてもらうのだ』
「っ!? わ、われわ……れ? まさ……か、お前は……あなたは、我々……なのか?」
もしかして、と……そんな期待を抱きながら問いかけると、我と同じ姿の女はゆっくりと首を振った。
その瞬間、我の胸には何とも言えない感覚が溢れ出し、涙を流していた。
ああ、我々だ……。この女……いや、この者から感じるのは我とともにあった我々の気配なのだ……。
『泣きたい気持ちは分かるのだ。だけど、今はその涙を拭うのだ』
「わ、わかったのだ……」
我々の言葉に従い、零れる涙を拭うと我々を見る。
我々が我の前に現れてくれたのは嬉しい。嬉しいのだが……、何故現れたのかが疑問だったのだ。
『……我々が、お前の前に現れたのが疑問に思っているのだな。イーゼよ』
「そ、そんなことは無いのだ!」
『言わずともわかるのだ。お前は、我々であり続けようとしていた最後のエルフだから、言わずとも分かるのだ』
「う……」
我が思っていたことを、我々はあっさりと当ててしまい。否定するのだが、誤魔化すことは出来なかった。
黙る我へと、我々は話を続けるように『そして……』と口にする。
『本当はお前も分かっていたのだろう?
我々という枠で居ようとしていても、お前はお前という人格も心も既に出来上がっていた。
それでもお前は認めようとしなかった。
けれど……エルサが名前を呼ぶことで、お前はE-0ではなく、イーゼと成った』
我々の言葉に、我は何も言えなかった。
あのときは、エルサに名前を呼ばれて我々と繋がりが切れたことが悲しくて、泣き続けていたけれど……我々が言うようにエルサと出会うよりも前に、我は我々であり続けようとしている自分と、我々ではなくなり始めていた自分が入ることに気づいていたのだ。
それでも変わるのが怖くて、我々であったことを忘れてしまうのではないかと思うと怖くて、自身のことを『我』ではなく『我々』と言い続けていた。……時折、自分の意思と言う風に我と呼んだりもしていたが。
「そう……なのだ。我は、イーゼと成ってしまったのだ。我々とともに居たE-0ではなく……イーゼと」
我は悲しい気持ちでそう口にする。
それは繋がりが切れたことによる悲しみなのかも知れない。
けれど、我々は違ったようだ。
『イーゼ、我々はお前たちエルフが名前を手に入れ、繋がりが切れていったことに悲しいと思うことは無いのだ。
何故なら、お前たちはこの世界に居る。それが嬉しくてしょうがないのだ。
……そして、我々とお前たちを繋げていた繋がりは切れた。けれど、目を閉じ……木々の音を聞けば、風の音を聞けば、大地の音を聞けば、我々はすぐそばに居ることが分かるはずなのだ』
「我の側に、我々は何時も……いる」
我々の言葉を聞きながら、我は目を閉じる。
周囲に聞こえる獣たちの唸り声……それらを除外する。すると、色んな音が聞こえ始め……その中に、我々を感じることが出来た。
「居るのだ……。我々は、我の近くに……居るのだ」
『そうなのだ。だから、お前はもう泣かなくても良いのだ』
「わかったのだ……。我々は、ずっと我らの側に居るのだ……」
ズズッと鼻を啜り、我は新たな問題を思い出す。というよりも、我々と会話が出来て興奮し過ぎていたのだ。
「我々、我は……どうしたら良いのだ? イワンたちが捕まっているらしいから、助けに行きたいのだ。
それなのに、エルサは我が弱いから連れて行かないと言ったのだ。だけど、我は捕まった仲間たちを助けに行きたいのだ。
我は、どうすれば良いのだ?」
『イーゼ、お前に聞くのだ。……エルサはどう言っていたのだ? そして、お前はそのときどうしていたのだ?』
我が我々にどうすれば良いのか訊ねると、我々は少し呆れた様子で我に問いかけてきた。
だから、我はあのときのやり取りを思い出す。
「たしか……エルサは、話し合おうと言ってたのだ。そして、我は……みんなを助けに行きたいとしか言ってなかったのだ。
そして、怒ったエルサが……我をイーゼと呼んだのだ」
『そうなのだ。では、何故エルサが怒ったのか、分かっているのだな?』
「…………分かっているのだ。あいつは、我のことを心配して怒ったのだ。けど、みんながどうなっているのか心配だったのだ」
そう言いながら、我は怒られているような気分になりながら、服の裾をぎゅっと握る。
『だから、話し合おうとエルサたちは言っていたのだ。話し合って、どうするかを決めようとしていたのだ。
それなのに、お前は話し合おうとせずに一人で飛び出そうとしていたのだ。
だからエルサはお前をつれて行かないと言ったのだ』
「……そう、だったのだな……。あのとき、我は喚き散らすのではなく、話し合えばよかったのだな……」
我々の言葉を聞きながら、我は自分自身の愚かさを改めて知る。
それと同時に、エルサが怒ってしまうのも無理は無いと理解出来たのだ。
自覚し、申し訳ない気持ちが溢れてくるのが、我には分かった。
そんな我に対し、我々は……。
『だったら、悪いことをしたら謝れば良いのだ。それが当たり前の行動というものらしいのだ』
「……謝れば、良いのか?」
『そうなのだ。謝って、今度こそエルサたちと話し合うことにするのだ。そうしたら良い案が出てくるに違いないのだ』
しょんぼりしながら、我々の言葉を聞き返すと頷き、道を示してくれる。
その言葉を聞きながら、我の心の中に、もう一度機会が出来たということが実感できた。
謝って、今度こそ話をする。……いや、したいのだ。
みんなを助けるために、エルサと話し合いたい。
心の底からそう思っていると、我々の背後にある世界樹に変化が起きた。
『イーゼ、我々から離れ、自らを成長させることに気づいたお前に、我々から贈り物を渡すのだ』
「贈り物?」
我々の言葉に驚きつつも、いったい何が渡されるのか、我は気になっていた。
すると、世界樹の枝の1本が変化を起こし始めたのだ。
自らの枝を捻りに捻って、細く、太く、硬く自らを変化させ……、一つの棒へと形を変えていく。
そこに空に輝く月の光を浴びて、キラキラと光る一つの糸が先端に巻きつき、棒を張らせるように反らしながら、反対の先端にも糸を巻きつけていく。
棒は反り返り、糸は弦となった。……それは、一本の弓だったのだ。
それが我々の手に落ちると我々はゆっくりと我の下へと近づいてくる。
『これは、我々とお前の力なのだ。この力を使い、キチンと話し合い、仲間たちを助けるのだ』
我々はそう言って、我へと弓を差し出してきた。
我は、差し出された弓を受け取り……、我々へと頭を下げる。
「ありがとうなのだ、我々……。今まで、ありがとうなのだ……」
『お礼はまだ早いのだ。お前は、みんなを助けるのだろう? だったら、すべてが終わってから改めて御礼を言うのだ』
「分かったのだ。我は、我はがんばるのだ! だから、見ていて欲しいのだ!!」
『見ているのだ。我々は、お前たちのすぐ側に居るのだ。だから、繋がりは切れることは無いのだ』
我々へと、我はそう宣言する。すると、我々は優しく微笑んだ。
そして……徐々にその体は薄れ始め、最後には消えて行った。
……一瞬、今までのことは夢だったのではないだろうかと思ってしまった。だが、手に握られた弓が現実であることを告げている。
だから、我は静かに頷く。
「ありがとうなのだ、我々……。我はひとりじゃないのだ。だから、我がするべきことをするのだ」
小さく呟き、我は姿が見えなくなった我々と世界樹に向けて、祈りを捧げたのだ。
◆
――――― エルササイド ―――――
「んっ、んんっ……ぅ?」
気だるい声を上げながら、オレはゆっくりと起き上がる。
そこは、寝床だった。……どうやら、何時の間にかオレは眠っていたらしい。
……って、眠っていた?
「ま、待て待て……。オレは泣いてるイーゼが自棄を起こさないか不安で監視していたはずだ。なのに、何で何時の間にか眠っていた?」
もしかして、樹之命さんが交代してくれた?
一瞬そう思ったが、隣で予想していた人物がすやすやと寝息を立てていた。
……じゃあ、いや、考えなくてもわかる。
どうやら、オレは……眠らされていたらしい。
「って、それじゃあ、イーゼはどうなってる? まさか……!」
頭の中を最悪な予感が過ぎり、オレは急いで寝床から飛び出す。
すると、時間はもう朝になっており、長い間眠っていたことが理解出来た。
そんな中で、オレは慌ててイーゼを探す。すると彼女は……居た!
「……あ」
一方で、イーゼもオレに掠れた声を漏らす。
……が、その様子はどこか余所余所しいというか、恥かしいと言った様子だった。
……その様子に、オレは微妙な違和感を感じる。何か、あったのか?
「イ、イーゼ?」
「あ、あの……その……」
キョロキョロ、もじもじ、そわそわ。
まるでそんな効果音が似合うように、イーゼは挙動不審に全身を動かす。
何というか、人形だったイメージが払拭されたかのような感じだ。
そう思っていると……。
「ご、ごめんなさいなのだっ!!」
「え?」
大きな声で突然そうイーゼは言うと、オレに向かって頭を下げていた。
その様子に、オレは唖然としてた。




