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異変

お待たせしました。

 轟々と赤い炎が立ち上り、熱気が体に当たる中、簡素な造りをした家々が燃えているのがオレの視界に映っていた。

 隣には、目の前の光景を信じられないとばかりに無表情の仮面を剥ぎ取ったようにE-0が目を見開いてみていた。

 そしてバチバチと燃えた家の木材が音を立て火の粉を撒き散らす音が響き渡り――燃え盛る炎の中から、オレたちを狙うように四足のモンスターたちが唸り声を上げて襲い掛かってきた!


「く――っ! 邪魔、だぁっ!!」

『『GRRRRRROOOOOOOOOOO!!?』』


 突然のことで驚きはしたが、何とか対処できる余裕がオレにはあったらしい。

 叫びながら、インベントリから取り出していた狂戦の斧を握り締めると同時に力いっぱい振るう。

 ブォンという風斬り音とともに振られた斧によってモンスターたちは薙ぎ払われるようにして吹き飛ばされて、周囲の炎も巻き上がり霧散していくのが見えた。そして、モンスターたちは死んだのかその体を消滅させる。

 なのに、仲間がやられて怖気付くようなモンスターではないようで、燃え盛る家々の周囲からは唸り声が響き渡り……オレたちへとどうやって襲い掛かろうと観察する別のモンスターたちの姿が見えた。


「くそ、このままだとジリ貧だ……! おい、E-0! 一旦下がるぞ!!」

「なん……なのだ、これは? いったい、どうなったというのだ……!?」

「おいっ、聞こえているのか!? おいっ!!」

「っ!? わ、分かったのだ……」

「それじゃあ、しっかり掴まってろよ?」

「え――――なんなのだぁっ!?」


 オレの怒鳴り声にビクリと震えながら、E-0はかくかくと首を振って頷く。それを見てからオレは相手の了承を得ないまま抱き上げると、急いでその場から立ち去るために駆け出した。

 当然、オレたちを追いかけようと四足のモンスターたちが燃える家々の間から飛び出し、吠えながら追いかけてくる。

 けれど、そんなのはどうとでもなる。そう思いながら、オレはE-0を抱いたままスピードを上げる。……っと、幾つかは引き離したってのに、追いかけてくるのがまだ居るな。

 チラリと背後を見ると、赤い四足モンスターが3頭ほど駆けているのが見えた。やっぱり赤いから速さが3倍ってことか?


「って、んなわけないか。おい、もう少し荒っぽくなるけど良いか?」

「あわ、あわわ……あわわわわわわ……!?」


 E-0に問いかけると駆け出したスピードが彼女にとっては異常過ぎたらしく、口をわなわなさせながら固まっていた。

 これは、答えを待つには時間が掛かりすぎるな。仕方ない。


「舌を噛まないように気をつけろよ?」

「え? の、のだぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!?」


 呆けた声がオレの耳に届いた瞬間、駆け出していた足の先の地面を力いっぱい踏み締めた。

 瞬間――、轟! という風の圧力が体に襲い掛かり、オレたちは空を跳んでいた。

 ぶっつけ本番だったけれど、上手くいって良かったと思う。

 抱き上げているE-0は驚いたまま目を見開いて、固まっているが今は気にしない。

 そんな彼女とともに宙を浮きながら、地面を見るとオレたちを追いかけていた赤いモンスターがオレたちを探そうと周囲を見回しているのが見えた。

 だから、オレはインベントリから小石を片手で掴めるだけ取り出すと……地面に向けて一気に投げつけたっ!!

 力いっぱい投げられたそれは重力に逆らうこと無く地面へと落ちていく。それはまるで雹か、小規模の流星雨という感じに地面に向けてだ。

 直後、ドゴゴゴゴゴゴゴッ!!――という地面を穿つ音が周囲に響き渡り、土煙が地面から上がるのが見えた。

 ……やべ、やりすぎたか?!

 そんなことを思いながら、オレは地上へと降りて行く。


「……襲ってくる気配は無い。…………ってことは、倒したってことで良いよな?」


 ポツリと呟きつつ、土煙が収まるのを待つとそこには幾つ物小規模なクレーターが造られていた。

 そしてオレたちを追いかけていた赤いモンスターたちの姿もないところから、これで倒れたんだろうと判断する。

 それを確認し、オレはホッと一息吐く。……というか、そもそもどうしてこうなったのかを語るべき、だろうな。


 ◆


「良く眠れたのか? それじゃあ、行くのだ」

「あぁ、わかったぁ~……むにゃむにゃ…………」


 朝、目が覚めたオレに対しE-0が言い、半分夢心地な状態のオレは欠伸をしながら返事を返す。

 どうやら昨日はかなり疲れていたらしく、まだ眠気が取れていなかった。

 そんなオレの様子をE-0は呆れた様子で見ているのに気づいたが、疲れているものは仕方ない。


「お前はだらしがない奴なのだ。仕方ない、30分だけ待ってやるのだ」

「ぉ~う……」


 E-0の言葉に寝惚けながら返事を返すと、オレは再び二度寝を開始した。

 結果……。


「お前は馬鹿なのだ、アホなのだ。30分だけ待ってやると言った我々の言葉を無視して、3時間も眠った駄目人間なのだ」

「……反論の言葉もございません」

「しかも、何度も起こそうとした我々を抱き枕として眠っていた最低人間なのだ」

「本当に申し訳ございません」


 無表情ながら、何処となくプリプリと怒るE-0を前にオレは正座をさせられながら、説教を受けていた。

 まあ、それは甘んじて受けようと思う。何故ならば、揺さぶられる感覚はあったりした。

 あったりしたのだが、未だ夢心地だったオレは揺さぶっていたそれを抱き締めて、更に深い眠りに着いたのだ。

 ……あの草木の爽やかな香りとぷにぷにとしたほっぺたの温かさ。そして幼い体から発せられる暖かさが心地良かったんです。

 だから、目が覚めたときオレの目の前でオレに抱き枕にされていたE-0が無表情ながら、光沢のない瞳で(==)な感じに薄ら目蓋にした状態でオレを見ていたときはギョッとしました。

 で、今現在の説教に移っているわけである。


「お前は話を聞いているのか?」

「あ、ああ、き……聞いてるぞ?」


 E-0の言葉にハッとしつつ、オレは返事を返す。

 だがそれが原因か残念な物を見るような眼をオレに向けながらE-0は納得したように頷く。


「…………仕方ないのだ。お前はヘンタイだと我々は理解したのだ」

「おい、ちょっと待て」

「だからヘンタイには何を言っても無駄だと理解したのだ。だから、早くイワンたちのところに連れて行くのだ」

「だから、弁解させてくれって」

「行くのだヘンタイ」

「だ、だからヘンタイじゃないって言ってるのに……しかも、お前からヘンタイに格下げだよ……」


 オレの返事を待たずしてE-0は立ち上がるとスタスタと歩き出していく。

 そんな彼女を見ながら、オレは溜息を吐いた。



「イワンの集落はこっちなのだ」

「わかった」


 ヘンタイ認定させられてから、1時間ほど時間が過ぎ……オレたちは森の中を歩いていた。

 昨日の沼地に向かうときも森の中を通ったけれど、鬱蒼と茂った森だというのにジメジメとした感じはなく……むしろ清々しいと思える気配を感じる。

 そんなことを思っているとオレたちの前を熊タイプのモンスターが歩いてくるのが見えた。

 思わず身構えるオレだったが……。


「大丈夫なのだ。こちらから襲わなければ向こうも襲ってこないのだ」

「……ああ、ノンアクティブってことか」


 E-0の言葉に近づいてくるモンスターがノンアクティブであることに気づき、警戒を解く。

 すると熊タイプのモンスターはノシノシと歩きながら、オレたちの横を通り過ぎて行った。

 ……今更だが、このゲームだと思われていた世界。ここに生息するモンスターはアクティブとノンアクティブに分かれている。

 そう……名前の如く、普通に襲い掛かってくるモンスターと自分から攻撃しない限り襲い掛かってこないモンスターの2種類だ。

 ニィナと一緒にムーギュ村に向けて移動してたときに戦った角ウサギはノンアクティブっぽく見えるが、ああ見えてアクティブだったりする。だから、ノンアクティブかアクティブか見分けるのは正直難しいものだったりするのだ。

 一度戦った相手だったら詳細が表示されるようになるが……、やるか?


「何か変なことを考えてると思うけど、止めておいたほうが良いのだ。一度森のモンスターを敵に回したらズッと追い回されるのだ」

「……マジ?」

「マジなのだ。やったことは無いけれど、我々の知識の中にそう書き込まれているのだ」


 E-0が冗談っぽいことを淡々と言うが、これは本当のことだろう。

 体験談とかだったらまだしも、多分エルフたちの中に植えつけられてるという感じなのかも知れない。

 そんなことを思っていると、森の境界線が近づいているのか光の差し込み具合が変わり始めているのに気づいた。


「もうすぐ森が無くなって、少し歩くと集落に着くのだ」

「わかった。というか、集落ってどんな感じなんだ?」

「……実のところ、我々はそこに行ったことが無いのだ」

「え? どうしてだ?」


 まるで行ったことがあるみたいな言い方をしていたE-0の発言に内心驚きつつ問いかける。すると……。


「我々は我々から離れた者たちとあまり接したくないのだ。だから、我々は集落に行かず、集落からイワンが偶に会いに来るぐらいだったのだ」

「……なるほど、つまりは生まれてからずっと森暮らしだった……ってことでいいのか?」

「それで良いのだ」

「じゃあ、何で今回行こうと思ったんだ? 場所を教えてオレだけ行かせたら良いものを」

「……一応、お前のことをイワンに話そうと思ったから一緒に行くことにしたのだ」


 そう彼女はオレに言うのだが……、何だろうか一人で寂しくなったから着いて行こうとしているようにしか思えない。

 というか、オレを集落に送り届けてからE-0は普通にひとりぼっちの状態で泉に居ることが出来るのだろうか?

 そんな疑問を抱きながら、森の外に出ようとした瞬間――


『『『GRRRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOO!!』』』

「「っ!?」」


 森の外から雄叫びが聞こえ、オレたちはビクリと震え、即座に森の外に視線を向けた。

 すると、数頭の四足の……狼に近い造形をしたモンスターが素早い速度で迫り来るのが見えた。

 あれは……どう見てもアクティブだよな? そう確信しながら、隣に視線を向ける。

 だが、E-0は戸惑うような様子で迫り来るモンスターたちを見ていた。


「あ、あのモンスターは何なのだ? 我々は、あのモンスターは知らないのだ!?」

「え?」

「しかも、あの方向は……イワンたちの集落がある方向なのだ!!」


 そんな戸惑う声を聞きながら、何かが起きていると理解する。

 だから、オレはそのモンスターたちを排除するためにインベントリから武器を取り出す。

 ……とりあえず、狂戦の斧で良いか。

 インベントリから取り出した狂戦の斧を持ち上げると、STRが上がっているのかあまり重いようには感じられなかった。

 これなら、普通に振れるな。


「お、おい、お前……どうするつもりなのだ?」

「ジッとしていろよ?」

「っ!? わ、わかったのだ……」


 オレの言葉に怯えたのか、E-0はそう言うとオレの後ろに下がると動かなくなった。

 同時に、迫り来るモンスターたちは一斉にオレに向かって襲い掛かってきた。……いや、何かがおかしい?


「まあ、考えるのは後だ! でりゃあ!!」


 雄叫びとともに斧を振り下ろし、迫り来るモンスターを真っ二つに両断、続いて地面を踏み締め斜めから上げるように振るって2体目の胴体を叩き切り、腰を回して先程の軌跡を逆再生するように振り下ろす。

 モンスターたちは悲鳴を上げる間も無く両断されていき、血を撒き散らしながら消えて行きその場には素材が落とされた。

 そして、最後の一頭を切り伏せるとオレはふう、と息を吐いた。


「お、終わったのだ……?」

「ああ、って顔が青いけど大丈夫か?」

「た、たぶん大丈夫……なのだ」


 ……あ、この様子からして、モンスターを倒すところも見たこと無かったのか?

 だったら悪いことをしたな……。

 そんな申し訳ない気持ちを抱きつつ……、オレは先程感じた違和感を改めて考え始める。

 ……今のモンスター、オレたちを狙って襲い掛かった。……ってよりも、E-0を狙おうとしていてオレに邪魔された、って考えるのが良いか?


「けど、いったい何の目的で?」

「な、なあ……お、お前……」

「ん、あ……。なんだ?」

「い……今のモンスターは、何なのだ? 何故、イワンたちの集落の方からやって来たのだ……?」


 無表情ながら何処と無く怯えた様子のE-0の言葉でオレはハッとし、急いで集落へと向かうために走り出した。

 けれど、辿り着いた集落は火に焼かれており……エルフたちの姿は無く、モンスターに追われながらオレはE-0を抱き上げて集落から逃げ出し、今に至るのだった……。

ということで、異変の発生です。



・ニィナの日記【3日目】

 エルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサエルサ


 ……はっ、いけない! 気がついたらずっとエルサの名前を書き続けていた。

 まともにならないと、まともに……。


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