またも事情説明(後編)
お待たせしました。
――――― ニィナサイド ―――――
――星空悟。
――17歳の……男の人。
……それが、エルサがこの世界に来る前の名前で、年齢で、性別だった。
神さまから名前と年齢と性別を語られた後、ブシドーさんがエルサのことを語り始めたけれど……あたしの理解がまだ追いついてこないようだった。
「さとると拙者は世間で言うところの幼馴染という関係でな。何かと一緒に行動するときが多かったりしたのだ」
「いや、それって良くて小学校の中学年くらいまでだろ?」
「うむ、だが共に行動していたことには変わりないだろう?」
「それは、まあ……そうだけどさ、けど中学に入ったころから立場が逆転していただろ?」
「む?」
「小学校のころは剣を振るのが怖いとか言って、オドオドとしながらオレの後ろに隠れ――
「うわあああああああああっ!! わ、忘れろっ! そのころの話は忘れろぉ!!」
昔を思い出すように半目のエルサへと顔を真っ赤にしながらブシドーさんが掴み掛かって来るけれど、エルサはどうやら止める気は無いみたいだ。
ワンワンと吠える土佐犬を前に腰を抜かしたブシドーさんを庇うように、エルサが前に出たとか言う話も出ていたけれど……上手く入ってこない。
ブシドーさんの反応からして……、本当にエルサは……男の人だったんだ。
男の人と、あたし……一緒に過ごしてたんだ……。
そう思うと顔が熱くなる感じがするのと同時に、口論し合う二人を見ていると……何だかムカムカとして来た。
……うー、なんだろうこの気持ち……。
それに……、
「だ、だがしかし……こうして、さとると再び……と言えば良いのか? また話しかけることが出来たのは嬉しく思う」
「あー……、まあ、そう……だな」
ブシドーさんが少し冷静になってきたのかほんの少し照れながらエルサに語りかけてくる。
それに対して、エルサも何処か恥かしそうにそう返事を返してくる。
…………。むかむか、する……。
だからかな? ぽつりと、俯いたままのあたしはあたしでそう口走ってしまったのは……。
「……じゃない…………っ!」
「「え?」」
呟いた言葉に反応したのか、二人が顔を上げてこっちを見てくる。
だから、あたしは爆発するように二人に向けて叫んでしまっていた。
「さとるじゃ……、ないっ! エルサなのっ! もうさとるじゃなくて……、エルサなのぉっっ!!」
「ニ、ニィナ?」
「――――っ!! ご、ごめんなさ……!!」
突如叫んだあたしを驚いた様子で二人は見ており、その視線に頭の中がサーッと真っ白になる感覚を覚え……あたしは逃げ出すように部屋から飛び出し、2階に上がり部屋へと閉じ篭った。
背後から、あたしを呼ぶ声が聞こえたけれど……返事を返す余裕が無かった。
そして、部屋に閉じこもったあたしは……その場から飛び込むようにしてベッドへとダイブした。
ボフンとクッションの効いたベッドはあたしの体を一度は中のバネで弾ませるも、今度はゆっくりと沈ませるように受け入れてくれる。
その衝撃でベッドの上に置かれたおっきなクマのぬいぐるみである『ベアーさん』がほんの少し宙に浮いて、着地と同時にごろんと倒れた。
それを見ながら、あたしは……ベアーさんを抱き締めると、ベッドの中で丸まる。
多分、何かに抱き付きたかったのかも知れない。
もこもこで毛むくじゃらなベアーさんの毛並みが鼻をくすぐり、くしゃみしそうになるけれど……それを抑えるためなのかそれとも悲しくなった気持ちをどうにかしたいのかわからないけれど、ギュッとベアーさんを抱き締める。
「…………なんで、あんなこと……言っちゃったんだろう?」
ベアーさん越しにあたしはポツリと呟く。
エルサとブシドーさんの二人が楽しそうにケンカしながらも話し合うのを見ていると……なんだかムカムカして、キューって胸が締め付けられるようで、すごく寂しくって……気が付けばあんなことをしていた。
うぅ~~……! こ、これじゃあ、あたし……すごくわるい子だよぉ……!
何だか思い出したら凄く恥かしくなり、あたしはベッドに丸まったままゴロゴロとその場で回り始めた。
と言うか、きっとこんな姿を見られていたら恥かしくて穴に篭ってしまいそう。
「すみません、見ていました」
「ふぎゃっ!?」
突如した声に驚き、あたしは素っ頓狂な声を上げながら、ごろりとその場から落ちてしまった。
どすんと大きな音を立てて、ベアーくんがクッションになってくれたけど、痛いものは痛かった。
「にゃうぅぅぅ~~……、にゃ、にゃにぃ……?」
鼻をすりすりと手で撫でつつ、あたしは涙目のまま起き上がると……そこには笑みを浮かべた神さまが居ました。
ど、どうやって入ったんだろう??
「いきなりで申し訳ありません。痛かったですか? それと、どう入ったかというと神さまなので……と言わせていただきます」
「は、はあ……」
神さまの言葉に困りながら返事を返すと、神さまは……静かに座り込んだあたしの隣へと、座りました。……え?
あ、あの……どうして、隣に座ってるんですか……?
いきなり隣に座った神さまに驚いていると、神さまはゆっくりとこちらを見ます。
「大丈夫でしたか?」
「え?」
「いきなり叫んで、エルサさんと雪火さんたちが困惑していましたよ」
「あ、その……すみ、ません……」
神さまの言葉で、ようやく神さまがここに来た理由を理解しました。
多分、エルサの代わりに話をしに来たんですね。
「まあ、簡単にいえばそう言うことです。ですが、もう一点言うとすれば……一人で悩んでいると碌な考えしか浮かばないでしょう?」
「は、はい……」
「ですから、私は神さまですけど話ぐらいは聞いてあげますよ? それと、啓示もあげれるかも知れませんし……ね?」
そう言って、神さまはあたしに向けて少し悪戯っぽく。だけど優しい微笑みを向けてくれました。
神さまは普通に微笑んでいるだけだと思うけれど……、その微笑みは何だか心が温かくなるように感じ……気づけばあたしは神さまに語りかけていました。
「胸が……苦しいんです」
「はい?」
「エルサが、さとるって呼ばれるのを見ていると……ムカムカして、ブシドーさんと一緒に口論しているのを見ると寂しくなって……」
「……………………」
「エルサって名前は、あたしが選んだものなのに……さとるさとるって、前の名前を言われてると……イライラってして……。さとるじゃなくてエルサなのにって思って……つい、口に出してしまって……。
でも、それじゃあ……まるでエルサはあたしの物だって言ってるみたいで、何だか凄く悪い子みたいに感じちゃって……」
しかも、神さまに入っていないけれど……エルサには裸も見られたし、もしかしたらキスなんてしてるかも知れないし……、今は女の子だけど男の子だって知らされて……なんだかグチャグチャになっていてどう説明したらいいのか分からなかったりしていた。
……不意に、ぽんと頭に何かが乗せられる感覚を覚え……見上げると神さまがあたしの頭に手を乗せていました。
ほんのりと温かいその手の平が心が温かくなるのを感じました。
「ニィナさん、色々と……溜まっていたのですね」
「あ、あの……」
「結論を言いますけれど、私ではニィナさんのその心のモヤモヤをどうにかすることは出来ません。ですが……今のニィナさんの感情を言うことだけは出来ます」
「え……」
「聞きたいですか?」
優しい微笑み。だけど、何だかからかわれているようにも思えるその微笑みを見ながら、あたしは…………頷いていた。
聞いてしまうと取り返しの付かないことになるかも知れない。だけど、今の気持ちが分からないのは少し……ううん、嫌だと思う。
多分、そう思っているのも神さまは分かってるかも知れない。そう思いながら待っていると……。
「ニィナさんの今渦巻いている感情。それは……『嫉妬』です」
「……し、っと?」
「はい、あなたはエルサさんと雪火さんの二人が仲良くしているとムカムカしたと答えましたよね?」
その言葉に、あたしは頷きます。
「それは仲の良い友達が取られたからですか? それとも、どう感じたんですか?」
「そ、れは……」
あたしとエルサは仲の良い友達? たぶん、そうなのかも知れない。
だけど、あたしは、どう思ってるんだろう? 仲の良い友達が他の子と一緒に楽しく話してるのに嫉妬したの? ……でも、そこまでムカムカすることは無いと思う。
そういう経験はまったく無かったからわからないけれど、少女マンガとかだったら少しだけイラッとしてるヒロインが居たよね? でも、……あ、あれ? 少女マンガだったら、あたしの反応って……。
仲の良い友達が別の友達と話しているのにムカムカした。仲の良い友達を思ってキューンってした。仲の良い友達とキスをしちゃったかも知れないと思って悶々しちゃってる。
「……なんだろう、凄く少女マンガのヒロインみたいな立ち位置だけど…………」
「ええ、凄く立ち位置的にはヒロインですよね。……で、感情的にあなたはエルサさんをどう思って居るのですか?」
「あたしが、エルサを……?」
「はい、自分自身が思ったことを思ったまま言ってみてください。そうしたら、心の悩みは晴れるかも知れませんよ?」
もしくは、より悩むかも知れませんし。とポツリと神さまは付け加えたけれど、あたしはゆっくりとエルサとどんな関係を気づきたいのかを考えることにした。
あたしは……エルサと、仲良くしたい。……本当にそれだけ? 一緒に居たいし、お……お風呂に入ったりもしたい、一緒に眠ったりもしたい……。
女同士でキスをするなんて変かもって思ってたけど、したいかも知れない。何というか濃厚なほどに力強いキスをしたいかも……ううん、したい。やりたい。
そんな感じに何だか沸々と濁ったと言うか邪な考えが頭の中を駆け巡っていくけれど、何というか……止める気が一切起きない。
「あ、あの? ニ、ニィナさーん??」
苦笑しながら、神さまがあたしを見るけれど……あたしの手でエルサがあたしの物になっていくのを想像すると何だか胸がドクドクして、体がゾクゾクしてきた。
なんだろう、すごく……うれしいというか……きもちいいにちがいない……。
そう思うと、びくんびくんと体が震えて……あたしは体を抱き締める。
「も、もしもーし? ニ、ニィナさーん、聞こえていますかー?? ……あかん、こらあかんやつや」
何か関西弁っぽいことを神さまが呟いているけれど、気にしない。
だって、あたしはエルサのことをどう思ってるか理解出来たんだし……そして、その隣を奪おうとする人へどう言うかを理解したんだから。
「神さま、ありがとうございます……。あたし、決めました」
「……は、はあ…………」
「ちょっと、エルサのくちびるうばってきます」
「ちょーーーーっ!! それ、駄目なやつ! 駄目なやつですからぁっ!!」
「行って来ますッ!!」
神さまが止める間も無く、あたしは興奮冷めぬまま部屋から飛び出します。
タタタッと廊下を駆け、階段を下り、バンッとリビングへの扉を開ける。すると驚いた様子でエルサとブシドーさんがこちらを見てきた。
「ニ、ニィナ?」
「ま、待て、さとる……。なにやら様子がおかしくはないか……」
「エルサ……、この人と話なんてしないで」
「「え?」」
ボソボソと話をする二人を見ると、ムカムカし出し……あたしはゆっくりとその言葉を口にしながらエルサへと近づく。
対するエルサはポカンとした様子であたしを見るけれど、あたしは気にせずにエルサの体に抱きつくと……、
「――んむっ!? む、む~~~~~~っ!!?」
エルサの唇に自らの唇を押し付けた。
突然のことで、ポカンとしていたエルサだったけれど、目の前で驚きながら目を見開く顔が見えた。
ああ、その顔……ゾクゾクする。ゾクゾクしたついでに……舌を口の中へと押し込む。
そういえば、ブシドーさんにもキスしてたよね? だったら、あたしの口で綺麗にしないと……。
目を白黒させて、動揺しているエルサの口の中をあたしの舌は這い回り、自分色に染め上げていくということに……凄く興奮した。
と言うか、どうしてこうなったんだっけ? …………まあ、別に良いや。
「んちゅ……んっ、むぅ……んちゅ……」
「…………はっ!! お、おまえたち何をしているのだっ!!?」
「んぷ……っ。何ですか、いきなり?」
突然ブシドーさんの声が聞こえると、あたしの唇とエルサの唇は離されました。
……何ですか、いきなり? 本当に心からそう思いながら、あたしの唇とエルサの唇を繋ぐように垂れていたよだれの橋が切れるのを残念そうに見てから、ブシドーさんを睨みつけました。
その反応に驚いたのか、ブシドーさんの体がビクリと震えましたが……笑いませんよ? けど、これだけは言います。
「ブシドーさんが、さとるさとるって言いますけど、彼女はもうエルサなんです。だからエルサは……渡さない!」
「っ!? ど、どういう……意味だ?」
「多分、ブシドーさんが思っている意味だと思いますよ」
「そう……か、ならば拙者ときさまは好敵手、ということで良いのか?」
あたしの言葉に目を見開いたブシドーさんでしたが、納得したように頷くとあたしにそう言う。
だから、あたしも返事を返すように頷く。
多分……きっと、あたしとブシドーさんの間には目に見えない火花が散っているかも知れない。ううん、散っているはず。
けど、負けるつもりはないし、負ける気も無い。
だって、さとるって呼ばれていた昔はブシドーさんが有利だったかも知れないけど、今はエルサで一緒に居るのはあたしなんだ。
だから、エルサは渡さない。渡すつもりも無い。
そう心の中に認めてしまった想いを示すように、目を回すエルサの体をあたしはギュウ~と強く抱き締めた。
ニィナ、壊れる。
と言うか、本能覚醒もとい本性覚醒?




