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またも事情説明(前編)

お待たせしました。

 ――――― 雪火サイド ―――――


 目の前のエルミリサ……いや、さとるの操作するポータルに乗り一瞬の浮遊感を感じた瞬間、拙者たちはさとるの拠点の玄関に辿り着いていた。

 拙者の隣には、猫耳少女の……確か、ニィナと呼ばれていたな。その彼女が目を回しながらしゃがみ込んでいる。

 どうやらポータルでの移動は初めてだったようだ。アレは慣れるまでに時間が掛かるのだよな……。

 転移を行い始めた初めのころを思い出しながら、彼女を見ているのだが……何というか仕草の一つ一つがすごく愛らしいと思う。

 彼女も、人工知能搭載という訳じゃないのだろうか……? というか……。

 や、やはりさとるも、このように可愛らしい少女が好きだったのだろうか? ――って、何を考えているのだ拙者は!!


「さてと、多分居るよな……」

「……む? どうしたのだ、さとる?」

「……あー、とりあえず……リビングのほうに先客が居ると思うけど、過剰な反応はするなよ?」

「ふむ? 分かった……」


 何処かむず痒そうな表情を浮かべながら、さとるはリビングの扉に手を掛け……ゆっくりと開けた。

 というか、誰か居るのか? さとるの友人? いや、失礼な言い方だがやつには心を許せるような友人は居なかった覚えがある……。

 そう思っていると、何かテンポはずれな奇妙な歌声がリビングの中から聞こえているのに拙者はようやく気付いた。


『るーるるー、るるるるーるるるー、ららーららららーらー、るーるるるるー……』

「な、なんだこの素っ頓狂な歌声と呼べば良いのかどう呼べば言いものは……?」

「……うわぁ、これは……なんだかなぁ……」


 いったい誰の歌声か自称ハミングだと思っていると、ウンザリしたような口調でさとるが呟いた。

 どうしたのだ? そう思いながら、さとるの背中からリビングを覗いて見ると……さとるがウンザリとした声を上げている理由が分かった。

 何故なら、拙者が覚えているこの家のリビングは4人掛けのテーブルと椅子が置かれ、暖炉の前にはソファーが置かれているというアットホームな印象が強い物であった。

 なのに、今現在拙者の瞳に映るリビングは……、例えるならば昔からテレビで放送していた有名人を招く女優の部屋のセットのようであった。

 しかもテンポはずれな歌は良く聞いてみると、その番組で流されていたというメインテーマソングっぽい物ではないか。……歌っている者を見つけたが、見た目が物語に出てくる天使のようだというのにやる気が無さそうで目が死んでいるのが哀愁を放っている。

 そして、この大掛かりなセットを準備したであろう人物は……その歌を口ずさんでいる者を侍らせながら豪華なソファーに座っていた。


「あれは……エルミリサ? だが、普通と違うような……? いや、むしろあのシャマラと名乗った女性そっくりではないか?」

「あー、うん……たぶんその説明もしてくれるはずだから……」


 拙者が呟いた言葉を拾ったらしく、さとるはそう拙者に告げる。

 その言葉を聞きながら、さとるを先頭に中へと入ると……。


「ああ、来ましたね。こほん、今日のゲストはこちらの一行。エルサさんたちです。どうぞご覧ください」


 そう言いながら、そのエルミリサは拙者たちのほうへと手を向けながらそう言う。

 何だかすごく芝居がかっているように思うのだが、何故だろうか?

 しかもテレビカメラとかがあったりしたら拙者たちをアップで撮影しているような言いかただ。


「エルサさんは可愛らしい外見とは裏腹に何とも男らしい言葉を放っていますね。とても男らしいです。ナイスガイです。

 そして、ニィナさんはニィナさんで転移酔いが醒めていないのかまだ目を回していますね。グルグルと回している目が愛らしく、艶々とした両腿の間から見えるゆらゆらと揺れる尻尾が掴みたいほど可愛いですねー。

 更にブシドーさんはゲーム中では剣道の面ばかり被っていて男か女か正体不明だったのが、ついに明らかとなっていますねー。見てくださいすごく凛々しいじゃないですか。キラキラと光を放つ黒髪がすごく良いですね。こんな女性に護られてみたいですねー」


 そう思っていると、まるでその女優の真似とでも言うように、拙者たちを紹介し始めたではないか!

 何というか、恥かしいものを感じるな……!

 というかあまりの恥かしさのあまり、色々と言っているようだがまったく言葉が入ってこない。

 そう思ってると、さとるが溜息を吐いた。


「はあ~~……、神さま。出来れば、●子の部屋ごっこは後日にしてくれ。オレも雪火もニィナも色んなことがあって精神的に疲れているんだ。馬鹿な真似に付き合う余裕は無いからな……」

「ああ、本当にだるそうですね。……仕方ありませんね」


 すごく残念そうに言いながら、神様と呼ばれた女性は指を鳴らした。

 すると、●子の部屋のセットみたいだったリビングは一瞬で見慣れたものへと変化した。

 いきなりの変化に訳もわからずに驚いていると、コトリとテーブルに磁器が置かれる音がし……甘い匂いが鼻を擽った。

 これは……紅茶の香りと、


「ケーキ、か」

「はい、配下の者に作って貰ったので、良かったら話を聞きながら食べてください」


 そう言って、その女性は拙者たちを椅子に座るように促した。

 テーブルを見ると、ティーセットが用意されており……それぞれの椅子の前には綺麗な皿が置かれており、その上には拙者が作るようなケーキとは違い、まるで芸術品かと見間違うような美しいケーキが置かれていた。

 な、なんと美しい……。その素晴らしいケーキの造形にゴクリと喉が鳴る。

 正直な話、拙者は座りたい。……が、さとるが座らないと拙者も躊躇ってしまう。

 というよりも、座れ。さとる……座るのだ!!

 そんな感じに熱い視線を送っていると、女性がくすりと笑いながら拙者を見……さとるへと視線を向けた。


「エルサさん、とりあえず座ったほうが良いですよ? あなたのお友達が凄い感じに睨んでいますし……」

「む? に、睨んでいたか……?」

「はあ……、わかったよ」


 女性の言葉に、熱い視線はどうやら睨みになっていたと言うことに気づいた拙者は軽く反省する。

 すると、さとるが溜息を吐きつつサラサラの銀髪をガシガシと掻き揚げながら椅子を引いて座った。

 それを確認すると、拙者も椅子へと座ると……マジマジと前に置かれたケーキを見た。

 綺麗に切り揃えられたスポンジの層が上と下から挟むように果物が埋め込まれた生クリームの層……、乱雑な感じにカットされた果物は盛られているわけではない。均等に計算されているのが分かる代物だ。

 きっと食べたら、口の中で程好い甘さの生クリームとスポンジのふんわりとした舌触り、そして果物の甘さと食感が踊ることだろう。

 ああ、楽しみかも知れない。いや、楽しみだ。

 それに……紅茶のほうからも甘い果物の香りがする。多分果物を使ったフレーバーティーなのだろう。

 そう思っていると……、


「さて、それでは話を始めたいと思いますが……宜しいでしょうか?」

「っ!? う、うむ。分かった!」


 ケーキを見るのに夢中で我を忘れていた拙者は女性の声にビクリと震えながら返事を返す。

 そんな拙者の様子を優しい目で目の前の女性は見ているのだが……何というか、凄く恥かしい。

 何というか……穴があったら入りたい。

 そんな拙者の姿を見ていた女性はくすくすと笑い出す。……うぅ。


「ふふっ、やはり可愛らしいですね。……では、改めまして。わたしはこの世界の神さまです。呼ぶのが難しければ……マザーエルミリサとでも、マザーとでも呼んでください」

「は、はあ……」


 女性はそう言うのだが、拙者は気の抜けるような声で返事を返すだけだった。

 このマザーも、NPC……なのだろうか? だが、あのシャマラや目の前のマザーも……何というか、まるでこの世界に生きているように振舞っている。いや、振舞うのではなく当たり前のようだ。

 これは本当に……――


「これは本当にただのゲームなのか、と疑っていますよね?」

「っ!?」


 思っていることを当てられたため、拙者はビクリと震えた。

 だが、本当にゲームなのかと疑っているのも事実だ。

 そう思っていると、マザーは言葉を続ける。


「ブシドー……いえ、武者小路雪火さん。あなたが疑うようにこの世界はゲームなどではありません」


 その言葉を皮切りに、マザーは拙者にこのエルミリサというゲームの本当の姿を語り始めた。

 というか、信じられるか?

 このエルミリサというゲームは、実は異世界に本当にある世界で……拙者たちプレイヤーが動かしているアバターはその世界に実際に居る人であるが、魂は入っておらずゲームを始めたプレイヤーの魂が中に入って動かすというのだ。

 そしてNPCと思っていた人物たちは殆どの者たちが神々が動かしているというのだ。

 神さまとは、こんなにも身近に居る存在だったというのか……。

 ……そんな嘘みたいな本当の話を聞かされて頭が混乱しているところに、更にさとるがどうしてこうなったかをマザーは説明してくれた。

 て、転生? 拙者らの世界の神がやらかした?? そして、緊急措置としてエルミリサの体に魂を移した???


「す、すまん……、あ……頭が追いついてこないのだが……?」

「そうですね。普通はそうなります……。とりあえず、一度これらを食べて落ち着いてください」

「う……うむ」


 マザーに言われるままに拙者はティーカップを手に取り、冷め切っているであろう紅茶を口に含んだ。


「…………むっ?!」


 冷めて、ない……だと? しかも、紅茶独特の香りと共に芳醇な桃のような香りが鼻を突きぬけ……拙者はまるで桃園でお茶会をしているのではないのかと思ってしまった。

 多分冷めていないのはマザーが何かをしているのかも知れない。だが、この甘く芳醇な桃のような香りは何だ? しかも、味も紅茶の渋みと共に爽やかな甘みが含まれているではないか。

 だ、だが……ケーキ。ケーキを食べて味が崩れたらどうしようもない!

 そう思いながら、拙者はケーキと向き合う。……しかし、何と言う美しさなのだ。

 食べるのが勿体無いとさえ思ってしまうではないか……!


「だ、だが……美しくともケーキなのだ。魅せるためにあると同時に食べるためにあるのだ……いざ!!」


 決意を改め、拙者はフォークを片手にケーキを食べることにした。

 綺麗にデコレーションされた生クリームへと横に倒したフォークをゆっくりと降ろして行き、スポンジがフォークによって軽く潰されるが……すぐにフォークを受け入れるかのようにスポンジが切られていく。そして生クリームの層を通り、下のスポンジを一瞬押し潰し……切っていく。

 そして、切り取った一片を恐る恐る……拙者は口へと運び、口に入った瞬間――


「ふぁ……ふぁああ~~……、な、なんだ……この甘過ぎず、それで居てあっさりとしている。なのに口の中に広がっていく甘さは……!」


 多分、いやきっと……拙者の今の顔は蕩けきっていることだろう。武士の顔ではないに違いない。

 だが良い、素晴らしきケーキに出会うことが出来たのだ。

 そう思いながら、ゆっくりと噛み締めていくと柔らかなスポンジは口の中でホロホロと崩れて行き、生クリームと混ざり合って行く。

 しかも、しかもだ……口の中に広がったままであった紅茶の味はケーキの味を崩すどころか何倍……いや、何十倍にも美味さを引き上げており、幸福感を漲らせていく。

 更に言うならば、生クリームが口の中に残る桃のような味わいとマッチして新しい味を作り出している。

 ああ、こんなにも素晴らしい味……、拙者にはまだ無理だな。……本当に、お菓子作りは奥が深い。

 心からそう実感していると、生クリームの中の果物の味と鮮度にも気が付いた。


「この果物……、ゲーム……いや、この世界にもあるのか?」

「はい、これらの果物はルーツフ地方から仕入れた物です」

「ルーツフ地方? 聞いたことが無いのだが、そこはいったい……」

「そうですね、一言で言うならば……地球の果物とよく似た物や同じ物が大量に実っている地方です」

「そ、そのような場所があるのかっ!?」

「ええ、ありますよ。今はまだ未公開マップですが、もうすぐアップデートを行って公か――……ああ、今のは聞かなかったことに」


 ……どうやら聞いてはいけないことだったらしい。だが、ルーツフ地方か……。

 果物がたっぷり実っているのか……素晴らしいな。

 そのマップが解禁されたら、行ってみたい。そう拙者は心から思う。

 けれど、一番大事なのは心を込めて作ることだ。そう拙者は自身に納得させながら、最後の一口を頬張ると紅茶を飲み干した。

 拙者のお腹の中が幸せになったところで、マザーは再び拙者を見てくる。


「それで……お話なのですが、秘密を知る者のひとりとなったことですし、暇なときで良いですからエルサさんとニィナさんの二人と冒険をしてくださいませんか?」

「それは……もしかしなくても、あの化け物のような者たちと戦う、ということか?」

「端的に言えばそうなりますね。ですが、別の言いかたをしますと……事情を知ったあなたを野放しにすることは出来ない。と言ったところでしょうか」

「っ!?」


 そう言ってマザーは微笑むのだが、その微笑みの中に凄みを感じる。

 何というか、刀を持ったお爺様以上の凄みだ。

 ただ微笑んでるだけだというのに、何と言う威圧感……。

 心からそう思っている拙者だったが、不意にニィナ……さんが恐る恐る手を上げてきた。


「あ、あの……い、良いですか?」

「はい、どうしましたかニィナさん?」

「えっと、えっとですね……。あの、その……」


 言っても良いことなのか分からないと言う風にしながら、ニィナさんはモジモジと指を付き合わせる。

 だけど、意を決したらしく、真っ赤な顔でマザーと拙者を見てきた。


「エ、エルサって……、おとこのひと……だったんですか……?!」


 その言葉に、お茶を飲んでいたさとるが咽そうになる。だが、そんな様子のさとるを見て、拙者は理解した。

 なので、非難するように声を出す。


「さとるよ……、おまえはまさか現実で、いやこの場合は生前か? まあ、どちらでも良い、兎に角向こうでの性別を言っていなかったのか?」

「た、多分……言ったと思うけど、……どう、だったか覚えていない」


 ……多分、本当に言っていないのだろう。何となくそう思う。

 だが、これからもさとるがニィナさんと一緒に居るのならば、生前のことを教えておくべきだろう。


「ニィナさん、今からこいつの、さとるの話をしようと思うのだが……宜しいだろうか?」

「お、お願い……します」


 ごくりと喉を鳴らすようにしながら、ニィナさんは拙者を見るのだった。

今回は雪火のみとなりましたが、次回はニィナとなる予定です。

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