小麦刈り
数日前の出来事を思い出したのか、ニィナがオレの側に近づき……ギュッと抱きついてくる。
多分、また襲ってこないかということを警戒しているのだろう。事実尻尾がピンと立っているのが見える。
そんなニィナの様子に気づいているのか、ブシドーから少し気まずそうな空気を感じた。
……ここは、間に立つべきなんだろうな。
「……しばらく振りだけど、いったいどうしたんだ?」
「っ! あ、ああ……少し、材料が欲しくなったので……この村に来たのだが、そちらは?」
「オレたちは初めての外を散策している。っていうところだ」
「そうか……。では失礼する」
会話が長く続かないのが向こうにも分かっているらしく、頭を下げると彼女はその場から素早く離れて行った。
そしてその姿が見えなくなってしばらくし……、ニィナから警戒心が少し薄れてきたのか尻尾が垂れるのが見え……。
「はふぅ……、こ……怖かったよぅ……」
「そうか? 向こうも気まずいだけだと思うんだけどな」
「わ、わかんないよ!? だって、いきなり包丁持って襲い掛かってきたんだもんっ!!」
「……ああ、第一印象最悪すぎたからなぁ……」
あのファーストコンタクトはいけなかったな。そう思いながら、オレは軽く溜息を吐くとニィナを次の場所へと案内することにした。
「まあ、とりあえずニィナ。今から行く場所は依頼を受けることが出来る場所なんだけど、良いか?」
「依頼? ってことは、小麦刈りとか?」
「まあ、そんな感じ――っと、ついたついた」
「これって……掲示板?」
そう言ってオレが立ち止まった場所は村に一軒だけある酒場の前だった。
そこには木で造られた掲示板が設置されており、雨に濡れて日に焼けた結果カピカピとなっている良く解らない文字で書かれた依頼用紙があった。
掲示板に貼られた用紙を数枚ほど眺めると、オレの前に半透明なパネルが表示され依頼一覧が表示された。
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クエスト一覧『ムーギュ村』
・牛の乳搾り:1時間につき100L(もしくは現物支給)
・小麦刈り :1時間につき150L(もしくは現物支給)
・街までの警護:500L
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3つの依頼が表示されているが、これがこの村の掲示板で受けることが出来る依頼だ。
それ以外は村の人との会話をすることで発生したりする物もあるのだが、オレはまだ見つけていない。
そう思いながらニィナを見ると、依頼をマジマジと見ているのだろう何も無い空間で手をフラフラとさせているのが見える。
「ニィナ?」
「へぁっ!? にゃ、にゃにっ!?」
「いや、多分依頼一覧を見るのに集中しているのだろうと思ったんだけど、ボーっとしすぎてたからさ」
「あ……、ごめんねエルサ。でもこういうのも初めてだったから……」
「まあ、そうだよな。で、依頼一覧っていうのはこういうクエストボードに貼られてるんだ、街だったら入口近くとか広場に設置されてるから街に戻ったら見てみるか?」
「うん、見てみようかな? そ、それで……エルサ?」
「ああ、わかってる」
モジモジしながらオレを見てくるニィナが何を望んでいるのかを理解しているので、依頼一覧の中から<小麦刈り>をタップする。
すると、タップしたことで新たに画面が切り替わった。
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クエスト<小麦刈り>を受注しますか?
<YES> <NO>
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<YES>っと。YESをタップすると、『クエスト<小麦刈り>を受注しました!』という文字が表示される。
ニィナのほうもパーティーを組んでいるような物だろうから、同じ物が表示されているだろう。
だから、ニィナの尻尾が興味心身にフラフラ揺れているのも頷ける。
「っと、クエスト開始場所まで移動しないとな」
「え? 受注してすぐに開始じゃないの?」
「ああ、クエストボードで受注しても仕事を行う場所まで行かないと何も始まらないんだ。例えば、牛の乳搾りだったら牧場まで移動して農夫NPC……向こうの神さまの部下に話しかけないと始まらないしさ」
「なるほど……。それじゃあ、あたしたちは小麦刈りを行うために誰かに話しかけないといけないってこと?」
「そういうことだ。まあ、この場合は小麦畑近くにある農家のおっさんだけどな」
オレの言葉に頷き、オレのあとをニィナが歩き出して村の中を移動し始めた。
あまり広くない村の中を5分ほど歩き、村を囲む木の柵ギリギリあたりに建てられた家の前に行くと、煙草らしき物を吸っているおっさんが居た。
そのおっさんを見ながら、ニィナがこの人で良いの?という風に不安げにオレを見てきた。
なのでオレは頷き、おっさんへと声をかける。
「おい、おっさん。小麦刈りの依頼を受けに来たぞ」
「おっさんと言うな、おれはまだそこまでの歳じゃな――ぶほっ!?」
面倒そうにこちらを振り返るおっさんだったが、オレの姿を見ていきなり咽始めた。
いったいどうしたんだ? …………あ。思い当たる点があった。
そう思いながら、咽るおっさんを見ていると……予想通り平伏していた。
「しゅ、主神さまっ!? な、何故このような場所に居られるのですかっ!? ま、まさか何か問題行為をしてしまいましたかっ!?」
「……あー、そんな風に畏まってるところ悪いんだけどさ……オレは中身が違うからな?」
「中身が……違う? というともしかしてお前が噂の?」
「どの噂かはわからないけど、その噂の転生者だよ」
「そ、そうだったのか……。はぁ、びっくりしたぜ……」
間違いを訂正した途端、おっさんは溜息を吐きながら立ち上がる。
というか、こいつゲーム内か向こうの世界でどんなことをしてるんだよ?
そんな風に呆れ返りながらおっさんを見ていると、頬を染めながら照れ始めた。
「おいおい……、こんなおっさんを見ても何も出ないぜ? そ、それに……おれには可愛い嫁さんが居るんだし」
「いや、ナンパじゃないからな? てか、照れんじゃねぇよ。気色悪いから」
「ぐ……っ! すごく、胸に突き刺さるぜ……その言葉はよ……」
「え、えと……エ、エルサ?」
胸を押さえるおっさんをオレは冷めた目で見ていると、ニィナが不安げに服の袖を引いてきたので目的を何とか思い出すことが出来た。
いけないいけない。何時もこのNPCからは「おお、依頼を受けてくれた人か! 今日は頼んだぞ!」と言う言葉しかもらっていなかったから新鮮すぎてついこうしてしまっていたようだ……。
自分の行動に少しばかり反省しつつ、改めて目の前のおっさんに語り掛けることにする。
「はあ……。とりあえず、胸を押さえるナイーブなおっさんは良いとして、オレとニィナは小麦刈りのクエストを受けて来たんだ」
「少しは気にしろよ……。まあ良い、小麦刈りのクエストだな? 何時間やる? そして報酬はどっちだ?」
「じゃあ……2、3時間で……給料は現物支給で挽かれているのを」
「わかった。それじゃあ、よろしく頼む」
オレの言葉におっさんは頷くと、何処からとも無く手に持つタイプの鎌を2つ取り出してオレたちに差し出す。
それをオレとニィナは受け取るのだが、ニィナのほうは首を傾げている。
というか、勝手にやって行ったけど問題は無かったよな?
「ニィナ、今更だけど2、3時間の作業で良かったか? それと報酬は現物……小麦粉で良かったか?」
「えっ!? べ、別にいいけど……あっという間に話がついちゃったから驚いたかも……」
「ああ、そうだよな……。悪い、今度は分かるように説明するからな」
「うん、ありがとうエルサ」
「んじゃあ、そろそろ行くか」
「うんっ!」
そう言うと、オレとニィナは歩き出し……小麦畑へと向かって歩き出した。
ちなみに歩いて3分ほどから小麦色の穂が風に靡く小麦畑となっているのだが……そこには修羅が居た。
「ヌオオオオオオオオオオオオオーーーーッ!!」
「す、すげぇ!! あの仮面、なんて速さだ……!」
「紅くないのに、赤くないのに三倍以上の速度を出してやがる!!」
「赤い彗星の再来か……!!」
「いや、超人だろう?!」
その様子を見ていたプレイヤーたちから驚きの声が洩れているのが聞こえるが、赤い彗星って何だよ赤い彗星って……。
剣道の面の中にモノアイなんて光っていないからな?
ましてや、アイツにはビッグ座とかストロング座とか名前は無いからな?
そんな風にオレは残像を残しながら、小麦を刈って行く修羅ことブシドーを見ていた。
というか、オレたちがやる分あるのだろうか?
そう思いながら、小麦畑を見るのだが……瞬く間に風に揺れる穂が切り落とされていくのが見え、危機感を覚える。
「エ、エルサァ……」
「あー……うん、ニィナ。今回無理だったら、また今度……やろうな?」
「うん……」
隣に立ち悲しそうに耳を垂れさせているニィナへと、優しくそう言うが……すごく落ち込んでいるのか元気がまったく無いように見えた。
なので落ち込ませないために、オレは優しくニィナの頭を撫で始めることにした。
すると、ニィナの口から「にゃ、にゃぁあ……んっ!」と言う何処か気持ち良さそうな感じの鳴き声が洩れ始めているが……これはセクハラでも何でもない、ただ落ち込んでるニィナを励ましているだけなのだ。
だと言うのにそれを見ている他のプレイヤーからは荒い息を吐きながら見られたり、スクショを取られているのは何でだろうね……。
そう思っていると、殺気を感じ――急いでその場からニィナを抱き寄せて離れた。
そして、その勘は正しかったようで……直後、オレたちが居た場所へと鎌が勢い良く突き刺さった。
……あ、あのまま立っていたら、斬られていたかも知れないな。
そう背筋が凍るような思いを抱きながら、こんな馬鹿なことをしたのは一体誰かと思いつつ周囲を見ると……コフーコフーと荒い息を面の中から吐き出しながら怒っているブシドーの存在に気づいた。
そして、オレが自分に気づいたのを感じたのか……ビシリとオレを指差しながら近づいてきた。
「あ、ああ……あなたがたは何をしておられるっ!? そ、そのようなふしだらなことを……!!」
「ふしだらって……、オレは何もしていないんだけど?」
「何もしていないだと!? あ、あのような声を漏らさせて、何もしていないと言うのかっ!?」
「……いや、普通に頭を撫でてただけなんだけど? な、ニィナ?」
「う、うん……。ただ、エルサに撫でられるのがすごく嬉しくって……にゃはは」
多分、面の中にあるであろう顔は真っ赤になっているんだろうな。そう思いながら、オレはブシドーを見ながら返事を返していくのだが……、不埒なふしだらな……!とぶつぶつ呟いていた。
……あ、思い出した。こいつって色恋沙汰はまったく経験が無いんだよな……いや、オレもまったく皆無ですよ皆無。
でもオレの場合は知識はあったし、男だったからエロイのにも興味津々だったわけですよ。
けれど雪火の場合は基本刀に生きる女だったから、こういう性知識が無茶苦茶偏っているところがあったよな。
だから今現在、ニィナの頭を優しく撫でてゴロニャンな感じの声を漏らしているニィナとそれをしているオレはふしだらな行為をしているとみなされているようだ。
……うん、子供だな。
「ふ、ふしだらなことはしていないと言うのか?」
「ああ、まったくしているつもりは無いが? ただ頭を撫でているだけだって言ってるだろ?」
「あ、頭を……だと?」
まるで信じられないとばかりに、ブシドーはニィナのほうに視線を向けたが……警戒するようにオレに身を寄せながら頷いた。
それがどんな風に見えているのかはオレには分からないが、「う……っ!」という声からしてやはり気まずい気分になっているようだ。
……ああ、そろそろ逃げるかな? そう思い始めていると……。
「そ、それならば致しかたない……だ、だが頭を撫でているだけだと言ってもふしだらな行いをしているようにしか見えなかったからなっ!!」
「ああ、気をつける。……ところで、収穫はもう良いのか?」
「……あ、あなたがたが……その、いちゃいちゃとかしている間に一枚刈り終えたから……現物支給で貰える分は問題は無い」
「……うわ、本当だ」
「す、すごいね……」
ブシドーの言葉を聞いて、畑のほうを見るとそこはもう刈り終えたらしく金色に輝き靡く穂は無かった。
あるのはただ収穫をしたことが判る槌が見える畑だけだ。
……三十分も撫でていた覚えは無いのに、ここまで刈るということにオレとニィナの口からは呆気に取られた声が洩れる。
そんなオレたちの声を聞いて、ブシドーは少しだけ溜飲が下がったのか満足そうに胴越しに胸を張っているのが見えた。
「すごいだろうすごいだろう? では、拙者はもう行くとしよう。次は牛の乳搾りをしなければならないのでな」
「あ、ああ……頑張れよ?」
「ま……またね?」
高笑いしながら去っていくブシドーを見ながら、オレとニィナはそれぞれそう言うのだった。
そして、ブシドーが去ってしばらくして……傍観していた他のプレイヤーたちも他の小麦畑で収穫を始め……それを見ながら、
「えっと……オレたちも、始めるか?」
「え、あ、うん……」
ブシドーが去って行った方向をニィナはチラチラと見ているようだったが、オレが歩き出すと後に付いてくるのを感じ……オレたちは収穫を開始した。
……ちなみにオレたちが3時間ほど腰を痛めながら収穫した小麦の量は製粉したら、現実では1キロにも満たないらしい。
まあでも、ここはファンタジーというかゲームっていうことだからか、大量の小麦粉に変換されるようだ。
事実、オレとニィナに渡された報酬としての現物は、3キロほどの小麦粉だった。
色恋沙汰にはまったく耐性がないため、許容量限界になったら逃げ出すブシドー=サン。
そんなブシドー=サンへとQ&A
Q.恋人同士がキスをするとどうなる?
A.き、きき、きすというと……接吻、だな? し、知ってるぞ? あ、あれだ、接吻をすると、赤ちゃんが出来るのだろうっ!?(どや顔




