村を目指して
お待たせしました。
ニィナの手を引いて駆け出してからしばらく経ったが、オレは未だニィナの手を引いて舗装のされていない道を駆けていた。
というか今現在オレの心の中にあるのは、あの現象を引き起こしたのがオレだとばれたらやばいということと急いでこの場から逃げ出さないとという犯罪者染みた精神であった。
ちなみにトップスピードで駆けているため、周囲のプレイヤーには突風が吹いたようにしか感じないだろう……。ただし、ニィナの「にゃあああああ~~~~~~っ!!?」というドップラー現象込みの。
結果、激しい風と共にネコの雄叫びが聞こえるという怪奇現象が噂されてしまうのだが、そのときのオレは知る良しもなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……。こ、ここまで来れば、問題はない……よな?」
「にゃ、にゃぅぅ~~……。目が回るぅ~~……」
「う、うわっ!? ニ、ニィナ、大丈夫かっ!? くそっ、一体誰がこんなことを――って、オレか!」
小麦畑が目に付くようになった頃、オレはスピードを徐々に緩め……最終的に立ち止まると、腰を下ろした。
……が、手を繋いでいたニィナの髪がボサボサになり、目がぐるんぐるんと回っているのに気づき、驚く。
そして驚きながらもニィナをこんな風にした犯人に憤りを抱くが、すぐに自分が犯人だと言うことを思い出し顔を引き攣らせ……目を回すニィナを膝枕することにした。
……と、とりあえず……目覚めて前後のことを覚えていなかったら、誤魔化そう。誤魔化そうったら誤魔化そう。
そう思いながら、目を回すニィナのサラサラとした髪を手櫛で整えていく。
「どうか目覚めるまでの出来事を忘れていますように……なむなむ」
「そ、それはむりぃ~~…………」
「…………もしかして、起きてる?」
「もしかしなくても、おきてるよ~……うにゃ~、めがまわるぅ~~……」
気絶してくれてたら良かったものを……そう思い始めてる自分が居るのだが、多分あの駄神さまの精神が影響し始めているに違いない。そうに違いないんだ!
――いえいえ、そんな訳無いじゃないですか。人のせいにしないでくださいよ!
何か頭の中にテレパシーが送られて来てるけどきっと幻聴だ、幻聴なんだ!!
そう思いながら、オレはなでなでとニィナの頭を撫で続けることにした。
……ちなみに撫でられて嬉しいのかニィナの尻尾はくにゃんと垂れ、気持ち良さそうなゴロゴロとした声が鳴っていた。
そして、落ち着いたニィナはしばらくそのまま横になっていたけれど……、そんなことでは騙されなかったようで頬を膨らませながらポカポカとオレを叩くのであった……。
「……で、落ち着いたか?」
「うぅ~……、落ち着いたけどさぁ、いきなり全力で走らないで欲しいな……」
「ああ、それは悪かった。けど、あんなことをしてしまったんだ。逃げないといけないだろ?」
「エルサ、それ……犯罪者の理論だと思うよ?」
しばらくオレを叩いたことで気が治まったのか、ニィナは大人しくなり……何気ない話を行うのだが、やはりまだ怒っているのか少し言葉に棘があるように感じられた。
いや、まあ……悪いことをして逃げるって言うのは犯罪者の理論って言うのは違いないけれどさ……。
自分で思っていたことをニィナにまで言われて何とも言えない気分になっていると、さぁー……っと柔らかな風が吹き、小麦畑が靡き、それをオレとニィナは見ていた。
何というか欧州とかの外国で見れそうな景色だと思うけれど、同時にファンタジーらしい一面だよなぁと揺れる小麦畑を見ながら思う。
隣に座るニィナはある意味幻想的な風景に見惚れているのか口を半開きにしたまま眺めている。
「すごいね、小麦が……金色だよ?」
「ああ、これらを村の人たちが刈って行ったり、村のクエストボードで収穫依頼とか出てたりしてオレたちプレイヤーが刈ったりするんだ」
「へ~……、すごいね……」
「まあ……凄いんだけどさ、けど一番凄いのは全て刈ったのに……1日で芽が出て、2日で若葉になって、3日目で収穫できるようになる小麦だと思うぞ」
「ファ、ファンタジーだね……」
半分無意識に返事を返しているのか、ニィナはオレの言葉にぼんやりしながら答えてくる。
そして、オレが言ったように小麦畑に突撃するプレイヤーたちに気づいたらしく、「あ」と声を漏らしていた。
オレもそのプレイヤーたちの様子を見ていると、彼らは収穫依頼で渡される専用装備である『収穫用鋸鎌』を手にザクザクと小麦を刈っていた。
……初めはオレもでかい鎌を持って、回転切りよろしくな感じに収穫していく物だと思っていたのだが、実際は手に持つタイプのギザギザの鋸のような刃が特徴的な鎌で一束に掴んだ小麦を刈って行くという物だったんだよなぁ。
懐かしいなぁ、と思いながらニィナを見ると……なんだか興味心身に見ているのに気づいた。
……もしかして、やりたい……のだろうか?
「……ニィナ、もしかして……やってみたいとか?」
「えっ!? えと、その……す、すこしやってみたいかも」
「そうか……。それじゃあ、さっさと村まで行くか」
「う、うんっ!」
恥かしそうに頷いたニィナを見てからオレは立ち上がると、ぱちくりと目を瞬かせるニィナだったがオレの言ってる意味に気づいたらしく笑顔で頷き立ち上がった。
そしてそこから少し歩き、木の柵で囲いがされた道へと辿り着き、そこから5分ほど歩くと……ようやく村の入口へと辿り着いた。
村の入口の門は木を組み合わせて造られており、大きさも街の巨大な門よりも遥かに小さいけれど村であることを分からせるような物であった。
ちなみに途中から道の左右を塞ぐように囲いがされていた木の柵は牧場であり、時折モォ~という牛の鳴き声が聞こえてはいた。
「よしっ、到着だ!」
「これが……村。すごく、田舎みたいだけど……心が落ち着くかも」
両手を伸ばして、うんっ……と声を漏らすオレとは対照的に、ニィナは初めて見た村の光景に目を奪われているようだった。
まあ、日本の田舎って言ったらもう殆ど残っていない上に、イメージとしては合掌造りの家々が並ぶような物だったりする。
だけど今オレたちが辿り着いた村は、同じ木造建築だとしても中世ヨーロッパなどの資料で見たことがある……所謂完全に木で造られた家が点々と立てられており、その家々の近くには木が生えていたり、畑が見えていたりするものであった。
いかにもファンタジー系の建物って、こういう感じの家が多いよなぁ……。
そう思いながら、ニィナがこの光景に目を奪われるのも頷けるが……、やるべきことをやらないといけないのを思い出した。
「っと、ニィナ。村の景色に見惚れているのもいいけど、ちょっと来てくれ」
「わっ!? な、なに? もしかして、また他の人の邪魔になってた?」
「いや、違う違う。ちょっと初めて来た村や街でやらないといけないことがあるんだよ」
「やらないといけないこと??」
「そう、やらないといけないこと」
手を引かれたニィナは街を出たときと同じように邪魔になってるのかと思ったようだけれど、オレたち以外にプレイヤーが近くに居ないので問題は無い。
なので、この際に初めて訪れた場所でどんなことをするのかを説明するために歩き出した。
……しばらく歩き、村の真ん中辺りまで辿り着くとオレとニィナはある像の前に立った。
その像は何処の村にも街にもある主神の像なのだが、見た目は本当にエルミリサそっくりであり……何度もオレたちの前に現れている駄神さまそのままな感じであった。
改めて見るけど……無駄にクオリティ高いな、おい。
「えと、エルサ? これって……」
「ああ、神さまの像だ」
「う、うん……やっぱり」
マジマジとその像を見ながらニィナは小さく「本当にすごい神さまだったんだ……」と呟いているが、天上人ではなくたまにこっちに現れるフレンドリーすぎた神さまだったために偉いとか凄いという印象がまったく湧いていなかったようだ。
そう思いつつ、オレは神さまの像の前に立ち……祈りっぽいものを捧げる。
すると――。
―――――
転移ポイントに『ムーギュ村』の登録が完了しました!
―――――
「よし、登録完了」
「ニィナ? 登録かんりょう?」
オレが頷いているとニィナは何をしているのかまったく分かっていないようで、目を白黒させている。
とと、置いてきぼりにしていたな。そう思いながら、オレはニィナに声をかける。
「とりあえず、ニィナも同じように祈ってみてからだな」
「え、う……うん。じゃあ………………え、えぇ??」
「登録完了したか?」
「う、うん……したけど、これって……?」
驚いているニィナだけれど、無事に登録が完了出来たようで安心しながら……説明することにした。
というよりも、説明してから登録させたほうが良かったかなぁ?
「ま、それは別にいっか。で、ニィナ。これは簡単にいうとゲームでいうところの転移ポイントっていうやつだ」
「転移ポイント?」
「そうだ。初めて訪れた場所にはこんな風に神さまの像が置かれていて、そこで祈るとその街や村が転移ポイントに登録されるんだ。
分かり易く言うとだ……、こうやって登録していくと普通ならゲーム時間で4日とか掛かったりする距離もこの像の前で移動選択を行うことでほんの一瞬で行ったことがある目的地に移動出来るようになるってわけだ」
「…………な、なるほど! すごく便利だねっ!!」
「ああ――っと、誰か転移してくるな。ニィナ離れよう」
「うん」
ゲームらしい一面を聞いて、ニィナは驚いているというよりも……理解出来ていないような表情をしており、慣れるのには時間が掛かるだろうと思う。
そう思っていると、足元が光り出したのに気づき……誰かが転移してくるということに気づいた。
なので、ニィナと共に像の前から離れると光が像の周囲を被い、ある程度の高さまで伸びた瞬間――光は消え、そこには転移してきたプレイヤーが立っていた。
――って、こいつは……。
「うわ……」
「にゃう……」
「ぬ? あたながたは……」
現れたプレイヤーにオレとニィナは半ば無意識に声を漏らしており、その声を聞いたのかそいつは面越しにオレたちを見てきた。
そう、転移してきたプレイヤー。それはリアルネーム『武者小路雪火』こと、アバターネーム『ブシドー』であった……。
ってことで、のんびり2人でデートっぽいことな状況でエンカウントしました。




