料理、バトル(前編)
お待たせしました。
――【†SSS†】が所有する拠点の玄関、そこでひとつの修羅場が形成されていた。
ギラギラと面越しからでも分かる強烈な殺気を放ちながら、目の前に居る人物はオレとニィナを睨みつける。
ニィナはニィナで、突然のことで呆気に取られつつ……今、自分に起きた生命の危機を自覚しているのか全身をガクガクと震えさせていた。しかも強烈な殺気を浴びているからか顔色が物凄く悪い。
……そして、オレは。
「……おい、貴様はあいつのエルミリサだろう? なのに、何故見知らぬ者を主の許可無く入れている? ――答えろ」
キャリキャリと金属同士が擦れ合う音を上げながら、オレと目の前の人物……ブシドーは互いに握り締めた包丁の刃と刃をかち合わせて拮抗していた。
しかもこの状態、変化が起きた場合……下手をすればオレとニィナは殺されること間違いないだろう。
というか、今のブシドーから考えると間違いない……! …………どうしてこうなった!?
そう心から思いながら、オレは少し前のことを思い出し始めた。
◆
ニィナの布のワンピースが縫い終わり、すぐさまそれを着るのを見たが……やっぱり恥かしかったんだろうな。
そして、ニィナが布のワンピースを作っている間に作ったブローチを彼女に渡すと、凄く嬉しそうに笑ってくれた。
あどけない無垢な笑顔を向けながら、とても大事そうにギュッと両手で握り締めたニィナは可憐な美少女であり……思わずスクショを取りたかったけれど自重した。……まあ、心の中には焼き付けたけどな。
その表情のまま、お礼を言おうとしたらしき彼女だったが……それよりも先に彼女のお腹がおなかを空いたと主張し始めた。……その音に、オレは何も言えず……そっとニィナから視線を反らした。
――何とも言えない空気が生まれた。
その直後、顔を真っ赤にしたニィナの口からは猫の鳴き声のような悲鳴が放たれた……。
きっと現実だったら鼓膜が破けてしまうほどの声量であり、街中だったら変質者に襲われたとでも思われるほどだ。
けれどここはゲームであり、拠点の中は一種の異空間であるため悲鳴は外に洩れることは無い。……まあ、そのため決まったプレイヤーしか拠点に入ることが出来ないというルールがある。
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バトルスキル【騒音耐性:LV1】を獲得しました。
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そう思っていると、不意にオレの頭の中にシステム音が鳴り響き、スキル獲得のお知らせが表示された。
――って、それでスキル獲得するってどういうことだよ……。
心の底から神さまにツッコミを入れたいと思いつつも、まずは目の前の問題を解決するのが先だと考えてオレはニィナに声を掛ける。
「えーっと……、とりあえず何か……食べるか?」
「…………うん」
どう言えば良いのか困るオレだったが、率直に聞くことにした。
ニィナも一瞬躊躇ったが、最終的に恥かしいのか顔を紅くしたままこくりと頷いた。
そんなニィナを連れてオレは作業部屋から出ると、ついさっきまでいたリビングへと歩く。
とりあえず、何かあっただろうか? そう思いながら、ニィナを椅子に座らせるとオレはシステムキッチンのようなつくりをした台所を漁り始める。
……下の棚を開ける。そこには各種調味料と乾燥食材が幾つかあるだけだった。
隣の棚を開けると、鍋などが入っていた。
冷蔵庫のような魔法道具の中を開けると、要冷蔵の食品が入ってるだけだった。
正直な話、オレ自身は料理なんてまったくしない。というタイプだ。だから未加工の食材だけでどうするべきかと思いつつも、ホームアビリティの中の《料理》の補佐があればある程度の料理は出来るはずだ。
そう思いながら、オレはホームアビリティの《鍛冶》を《料理》に入れ替えることにしたのだが……我が目を疑った。
「…………え? レ、レベル……8!? 何でだ!?」
普通に動揺する。だって、オレって《料理》のレベルはようやくLV:1になったぐらいに料理は全然作らない、しかも作る気もない。そんなプレイヤーだった筈なのに。
それに腹が減ったらエルに頼んで調理してもらって用意してもら…………あ。
合点がいった。今のオレはエルでもあるから、《料理》のレベルが受け継がれていても可笑しくない……はず。だよ、なぁ?
浮かんだ想像が当たっているかは分からないけれど、そう結論付けることにした。
まあ、それぐらい《料理》のレベルが高ければ、ササッと何かが作れるに違いない!
そう思いながら、オレは冷蔵庫モドキを前でレシピ一覧を表示するように念じる。すると、裁縫と同じように作れる物一覧が表示された。
表示された料理は基本的には元々の世界にある料理である和洋中を基本とした物が主体であり、他にも知名度が低い国の料理の名前、果てはこの世界独特の料理名が書かれているようだった。……殆どの料理が分からないぞ?
初めて見る名前とか、漫画やアニメなどでで見たことがある名前とかが並ぶ中で、手軽に作れるような物が無いかとスクロールしながら見ていく。
パン、うどん、パスタ各種、ラーメン、ハンバーグ、カレー……様々な食べ物が並ぶ中、スクロールしていく内に煮込めば良い物を作ることを考え始めていた。
「お、これなんて良いかな? 材料は……揃ってるみたいだな」
ポトフ、それはコンソメベースのスープの中にゴロゴロ野菜とベーコンとかソーセージが入ったスープだったはずだ。
そう思いながら『ポトフ』の項目をタップすると必要な食材が表示され、食材が無い場合は灰色になる仕様であることが理解出来た。
これに一応買い置きしている固パンを一緒に出せば良いよな? 作る物を決めたのでオレはニィナに声を掛ける。
「ニィナ、ポトフを作るけど良いかー?」
「う、うん、良いよー!」
いきなり話しかけられてびっくりしているのか、驚いた声でニィナは返事を返してきたのでオレは早速ポトフを作ることにした。
ガイドに従って、包丁を片手に冷蔵庫モドキと野菜室から取り出した野菜とソーセージやベーコンを切ったり剥いたりしていく。
というか、ポトフって材料を水から煮込むときにコンソメを入れるんだなー。
初めて知った事実に少しばかり驚きつつ、オレは材料とコンソメを水が入った寸胴鍋へと放り込んでいくと、最後にコンロモドキに火をつけた。
「後はじっくりコトコト煮込めば良いはずだよな」
そう思いつつ、視界に映るガイドが暫定的な煮込み時間を表示し始めるのを確認した辺りで来客を告げる鐘の音が響いた。
来客を告げるベルの音だ……来客? 妙な胸騒ぎを感じるオレだったが、ニィナのほうは何もしていないことに気が引けていたのか立ち上がり……。
「あたしが出てくるね! エルサはそこで料理を続けててっ♪」
「あっ、待て――!!」
オレの返答を聞くよりも先に、ドビュンとニィナは駆け出し玄関へと向かって行った。
そして、それを追うようにしてオレもニィナの後へと付いていった。
――――― ニィナサイド ―――――
エルサが少し遠慮がちにご飯を食べるかと聞いてきたので、あたしは凄く恥かしかったけれど……頷いた。
だって、最後に食べ物を食べたのは半年よりも前だったのだから。……亡くなるまでの半年間は栄養剤を点滴で注入されていたけれど、美味しいご飯が食べたいと思わなかったことは無い。
だからキュルルと鳴ったお腹の音は、恥かしいと思うと同時に……懐かしいとも思えた。
そして台所へと入って行ったエルサだったけれど、何か驚いたような声を上げていた。いったいどうしたんだろう?
そう思いつつも、手作りの料理って久しぶりだなー……。病院食ばかりだったし、最後は点滴だったから味覚おかしくなってないかなぁ?
エルサが作ってくれる物を美味しいって言えるかなー……うーん。
――心配だなぁ……。
あたしが不安になっている間にエルサはどんな料理を作るのかを決めたらしく、あたしに声を掛けてきた。
作るのはポトフらしく、どんな味に仕上がるかは分からないけれど凄く楽しみだ。
シャッ、シャッ……と包丁が皮を剥く音が耳に響き、タン、タン……とまな板の上で包丁が食材を切っていく音が鮮明に耳に届く。
音を捉えるあたしの耳は生きていた頃よりも凄く良く聞こえるようになっていて、これが猫の耳になっているっていう結果なんだろうなと思う。
けど……懐かしいな……、この包丁がトントンって鳴る音……。そうだ、今度料理作るときがあったらエルサにお願いしてやらせてもらおう。
いっぱい包丁を振るったり、お鍋で煮込んだり、フライパンで炒めたりしたいな……。あ、揚げ物は怖いけど……。
そう決意していると、コンロに火が点火された音が聞こえた。
ファンタジーっぽい世界なのにコンロってあるんだなぁ。……どんな感じなんだろう?
そんな風に思っていると、ガランガランっていう音が耳に届いた。玄関からしたよね?
エルサは……調理中だから出ることが出来ないよね。だったら……!
「あたしが出てくるね! エルサはそこで料理を続けててっ♪」
元気良くあたしが飛び出すと、それを止めるようなエルサの声が聞こえた。
どうしたんだろう? そう思いつつあたしが玄関への扉を開けると……、そこには変な人が居た。
「え……? だ、だれ……?」
戸惑いつつも自分に問い掛けるのかそれとも相手に尋ねるのか分からないけれど、あたしの口からはその言葉が洩れた。
それでもあたしは目の前の人物をマジマジと見つめる。確かあれって……、剣道の防具……だったよね?
エルサの知り合い……なのかな? そう思いながら相手を見ていると、何か驚いている様な雰囲気を感じる。どうしてだろう?
そう不思議に思っていると、その人は何処からか包丁を取り出して、あたしに向けてきた。――え?
「答えろ、ここは【†SSS†】の拠点のはずだ。そして奴はフレンドをあまり作る気はないという者だった。なのに貴様は何故ここにいる? さては……泥棒だな」
「え? え……? あ、あの……」
良く分からずに戸惑うあたしだったが、目の前の人物は何かを結論付けたようだった。
直後――あたしは強烈な寒気を感じ、玄関に居た人は目の前へと一瞬で移動し手にしていた包丁をあたしの首へと――――
「危ないっ!!」
エルサの声が聞こえた瞬間、不意にグイッと体が後ろへと引っ張られた。そして、キィンッ!――っていう金属同士がぶつかる音があたしの耳に鳴り響いた。
タイトルの嘘は言っていません。
料理、バトルですからね(ω




