リネームと立ち位置
お待たせしました。
「そっ、それではそろそろこの世界に落ちてきた魂の特定を行うので戻らせていただきますねっ!」
そう言って、慌てながら神さまはその場から逃げ出そうとしたがオレはそれを呼び止めた。
「神さま、少し良いか?」
「えっと、なんですか? はやくもどらないといけないのですがー……?」
……なんだろうか、この反応。まるで余計なことを言ってより悲惨なことになる可能性が高いと言うような反応だぞ?
まあいい、既に余計なことが起きて悲惨なことになるのが目に見えてるんだ。
「これからはオレもだけど、計野さんも……この世界で暮らさないといけない。なのに、名前がエルミリサのままなのと……計野新那っていうリアルネームだったらマズいと思うんだ」
「あ……。ああ、なるほど。そうですね……」
どうやら、神さまはオレが言いたいことを理解したようだ。
すると、慌てて戻ろうとしていたのが嘘であるかのように佇まいを正してオレたちを見てきた。
その一方で、こういうことに慣れていないであろう計野さんは頭の上に『?』を浮かべながら首を傾げている。
とりあえず、説明をするべき……だな。
「えっとだな、計野さん。オレの今現在の名前になっているエルミリサって言うのは、一家に一台という風に1プレイヤーに1人付くような存在って思ってくれたら良いんだ。……分かるか?」
「は、はい……。何となくですが、分かりました」
「それで、今度は計野さんなんだけど……。元々オンラインゲームって言うのはリアルネームはご法度だったりするんだよ。
ほら、リアルネームでゲームをプレイしていたらネットの検索結果で自分の詳細なデータが表示されているとか、それが原因で色々と面倒なことが起きるとかさ」
「えっと、そう……なのですか? あたしはゲームなんて、小学生のころに友達がプレイしてたのぐらいしか見ていないので……」
「そしてこれが一番大事なんだけど……、オレの場合はエルミリサと言うアバターに入れられているから普通に名前を変えるだけで十分だと思う。だけど、計野さんは猫耳や尻尾が生えているけれど……顔とかはすべて元の世界の情報を元に創られている。ってことで良いんだよな神さま?」
「はい。そのようですね、とは言っても最後の結果よりも体重などの肉付きは良くされてるようですが」
オレの言葉を肯定するように神さまは頷く。
それを見ながら、再び計野さんへと向くと……。
「ご両親はゲームなんてしてないだろうけど、病院関係者とか学校の知り合いがプレイしてたりするかも知れない。だったら、そんな人たちは計野さんの名前とか顔を知ってる人だって居るはずだ。
そうしたら、本人が死んでいるって言うのにそんな瓜二つの人物がゲーム内に居るなんて変だろ? もしくは、不謹慎だと言って詰め寄ってくるに違いない」
「そ、れは……そう、ですね……」
「……あ、悪い…………」
死んでいる。その一言で計野さんは顔を暗くし、余計なことを言ってしまったことに気づいたオレは頭を下げる。
まだ心の整理が付いていないと思うのに、死んだなんて言われたら……イヤ、だよな。
そう思いながら下げた頭をほんの少しだけ上げて計野さんをチラリと見てみると、彼女もいきなり謝られたので「えっ? いや、あのその……」と言って戸惑っているらしく慌てているのが見えた。
うぅ……、こういうときに女性慣れしていなかったオレが憎いぜ……!
そう思っていると、神さまが計野さんに近づいたようだった。
「計野さん、今……あなたには戦う術はまったくありません。ステータスのほうは後で見てもらえば良いのですが……初期ステータスも少し……。それなのに、自ら危険なことをして欲しくは無いのです。
……ですから、辛いと思いますが……名前を変更していただけないでしょうか?」
「え、っと……その……」
「新那、……良い名前ですね。きっと、ご両親が考えて考えて付けたのでしょうね。そんな素晴らしい名前を変えるのは大変不本意かも知れません、ですがどうか……お願いします」
神さまの言葉に、計野さんは返事を返すに返せないようになっているのか口数が減って行き、最終的に黙ってしまった。
……彼女は如何答えを出すのだろうか……?
そう思っていると、今度は神さまはオレのほうへと近づいてきた。
「今度はあなたのほうですが……、候補は決めてあるのですか?」
「候補、……あ」
候補、つまりは新しい名前の候補ということだろう。
……そういえば、名前を変えるべきと思ってたけれど名前のほうはまったく考えていなかったな。
本名の悟を使うべきか? いや、同じことを計野さんに言ったばかりだろ?
うぅむ……悩む。
そんなオレの様子に気づいているのか神さまは軽く艶のある溜息を吐いた。
「……ふう、仕方ありません。少し席を外しますので、その間にでも自身が付けたい名前を考え直してください。
決まり次第、私を呼んでくだされば新しく名前をつけますから……では」
そう言うと神さまはオレたちの返答を待たずに姿をかき消した。
……しかし、名前かあ。改めて考えると悩むものだった。
悟、さとる、サドル……サトル、さと……うぅむ、というか今自転車の部品が混じってたような気が……。
サトルだったとしたら、普通に男の名前だと思うんだよなあ。
女の体で男の名前かあ、ある意味ありだけど……。それは変な需要を求めるわけではないだろうし。
そういえば、……計野さんの場合は、どんな名前が似合うだろう?
そうだな、例えば……
「にぃな……とか」
「――え?」
ポツリと口にした言葉だったが、計野さんには聞こえてしまっていたらしく……驚いた様子でオレを見てきた。
そしてオレはオレで、聞かれてたということに驚きつつ慌て始めた。
「あ、ご……ごめん! 独り言のつもりだったのに、聞こえた? そ、その……気にしないでくれないか?」
「あの、いま……にぃなって……? もしかして、あたしの……?」
「あー……うん、元々の名前が新那だし……そのままは無理でも、せめてそれに近い名前だったらって思って……。けど勝手に決められて……イヤ、だよな?」
というよりも、思ったことをポツリと呟いた結果だったからイヤって言ってくれたほうが良いかも知れない。
そう思っていると、計野さんは俯いたまま小さく何かを呟いていたが、良く聞こえない。
うぅ、やっぱり俯くほどイヤだったか……。
自分で言ってしまった結果だったことだけれど、自分自身でもショックを受けつつ……オレは自分の名前を考えることにする。
……サトル、エルミリサ……サル……って、誰がサルだ?! プロゴルファーでもないってのっ!!
サエル、トルサ、サトミ、……うーむ、いや逆の発想を考えてみるべきだな、こういうときは。
オレ自身、この体というか今のオレのあだ名はエルで良いって思ってる。
そして、元々の名前のサトルが混じっていれば良い……。じゃあ、エルサかエルトの2つか。
「エルサかエルトか……」
「え?」
「あ、いや、オレ自身の名前をちょっと考えててさ」
またも呟いていた言葉が計野さんに聞こえていたらしく、きょとんとした瞳でオレを見てきた。
なのでオレは素直に考えていることを口にした。
すると、計野さんは少し恥かしそうにだが……良く届く声で、
「あたしは……、エルサが良いかな。だって、エルトだったら男みたいな名前だし」
と言った。
……男みたい、かあ。まあ、エルトって男キャラでつけるのが多そうな名前かな。
そう思いながら、今現在の自分の名前を考え……決めることにした。
「どうやら決まったみたいですね」
「「うわっ!?」」
まるで見ていたとでも言うように神さまが突然現れ、オレたちは驚き声を漏らした。
というか見ていた、絶対に見ていた。
そう思いながら神さまを見ていると、誤魔化すように吹けない口笛を吹く仕草をとっていた。
「ま、まあ、決めたのなら名前を変更しようと思いますが宜しいでしょうか?
それと、あなたがたのこの世界の立ち位置というかプレイヤーへの公式発表を話そうと思いますので」
「大丈夫だけど……立ち位置に公式発表?」
「え、っと……おねがい、します?」
神さまの言葉にそこはかとない嫌な予感をまたも感じつつ、オレと計野さんは名前変更の意思を示す。
すると、オレの目の前に半透明のプレートが表示された。多分同じものが計野さんにも表示されていることだろう。
――――――――――
キャラクターネーム【エルミリサ】を変更しますか?
≪YES≫ ≪NO≫
――――――――――
通常ならそこで選択を行うのだが、神さまが操作をしているのか自動的に≪YES≫が選択され、次のステップへと移行した。
――――――――――
変更後のキャラクターネームを設定してください。
【(名前を入力してください)】
――――――――――
「名前のほうは、頭で思っていただければ自動的に入力されますのでキーボード操作が不慣れでも問題はありません」
「は、はい」
やっぱり目の前に表示されるというのが慣れていないのか、計野さんは緊張したように頷いていた。
まあ、オレもこのゲームを始めたころは透明パネルは慣れなかったよなあ……。
少しだけ懐かしさを感じながら、オレも決めた名前を頭の中にイメージする。
すると、変えようとしていた名前が表示された。
――――――――――
変更後のキャラクターネームは、【エルサ】で宜しいでしょうか?
≪YES≫ ≪NO≫
――――――――――
最後に間違っていないかとの確認を込めて、自分で選択をするという風になっているらしく……オレは迷わず≪YES≫をタップする。
一方で計野さんも慣れない手付きでだが、自身に見える半透明のパネルの≪YES≫をタップしているのだろう。
オレたちの名前の変更を終えたらしく神さまは改めてオレたちを見てきた。
「さて、おふたりの名前変更を終えたのであなたがたの立ち位置と公式発表の説明を行わせていただきますね」
「立ち位置とか公式発表ってどう言う意味だ?」
「……実はですね。おふたりの姿が向こうの掲示板に大量に晒されていたらしく、秘密にしておくのが難しくなってしまったようなんですよ……。本当、ネット社会怖いですね」
「え、え……えぇ?!」
「ま、まさかー……?」
驚く計野さん……いや、名前を変更したからか名前が表示されている。【****】から……【ニィナ】へと。
結局、その名前にしたんだ……。
そう思いつつ、出来るかどうか分からないけれど掲示板を表示を行うことにした。
(――メニュー)
頭の中で呟くと同時に半透明のプレートで創られたメニュー画面が表示された。
……一応、ゲーム時代のままメニューも見れるんだな。でも、当たり前にログアウトボタンは無い……と。
気になっていた疑問が解消されつつ、オレはメニュー画面を見渡す。
すると目当てのボタンを見つけ、迷わずそれを押した。
その瞬間、メニュー画面の他に半透明のプレートが現れたのだが……そのサイズはまるで本棚とでも言わんばかりの大きさだった。
ちなみに表示されている物は掲示板の見出し。……要するにオレが押したボタンは運営が設置している掲示板へと移動するためのボタンだった。
「うわあ……、ヘッドセットだったら半ログアウト状態で掲示板を見るっていう感じになってたけど、こうなるのか……」
「面倒だとは思いますが、慣れたら楽になりますから頑張って慣れてくださいね」
げんなりするオレに対して神さまはあっさりとそう言う。……これに慣れないといけないかぁ……。
先行きを不安に思いつつ、見出しを見ると……トップ、つまりは新規スレッドのタイトルを見た瞬間、即座に閉じた。
何故閉じたかは……察して欲しい。
……まあ例えるな、運営BBSなのに5ちゃんねる化してた。ってことで。
「……分かりましたね?」
「あー、はい。……オレと計野さんが、しばらく人気の的になること間違いなしってことは分かりました……」
「分かっていただけて嬉しいです。ですから私たちが話し合った結果、あなたがたの立ち位置は『運営が試験的に成長するAIをアバターに入れてプレイさせている』という風にさせてもらいますね」
「…………はい?」
えっと、何言ってんのこの神さま。
恐ろしく残念な物を見るような瞳で神さまを見ると、神さまは頬を膨らませ始める。
「ひとを残念な風に見るんじゃありません! 仕方ないじゃないですか、元々VRMMOなんですから魂入ってますなんて言っても信じるわけがないでしょう! だったら、ここはAIで押し切る。それが一番です!
兎に角、人間味溢れる成長するAIってことなら、今までどおりで問題はありません! なので、そういうキャラクター2体を追加しましたって公式サイトにアップします!!」
……苛立ちが我慢の限界だったのか、神さまは怒鳴り終えるとそのまま姿を掻き消した。
そんな神さまを唖然というか呆然というか……そんな感じに見送っていたオレたちだったが、神さまが居なくなったから話題が無くなったと言うべきか……部屋は一気に静まり返った。
色々鬱憤が溜まり過ぎてしまった神さま。




