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楽屋前談話室

南保谷高校の校舎内は現在騒然に包まれていた。

数日前に放送された夜はヒットスタジオでの歌唱以来、様々なテレビ番組や雑誌に引っ張りだこになった厳島裕二が今、目の前でさも当然のように普通に歩いていたからだ。


芸能人が目の前に来る、しかもそれが今大人気の若手アイドルともなれば同年代の少年少女が熱狂しないはずもなく、瞬く間に校内に噂が広がり、ついには彼を一目見ようと学校外からも多くの野次馬が集まってくるほどだった。


その度、厳島裕二は、案内をしている当校の副校長に謝罪の念を伝えるばかりであった。やがて校内全てを見学し終えた厳島は握手やサイン等のファンサービスをしつつ車に乗り颯爽と去っていった。


高校、そして周辺の地域には嵐の後の静けさの如く、静寂に包まれていた。





41





午後5時、日が低くなり気温も下がりはじめた時間帯、俺はあらかた今日中の仕事を済ませると本日最後の現場へと向かった。


実に二度目の日本武道館、いつ見ても荘厳な雰囲気は変わらず、今日は新宿音楽賞とは違って業界で活躍するほとんどの有名歌手がこの舞台で歌唱を披露するため、芸能人の内から溢れ出るオーラが武道館の外に漏れ出て、前述の荘厳さにより拍車をかけていた。


俺は裏口から会場の控え室に向かった。控え室へと向かう通路にはあちらこちらに随分と見知った顔がチラホラおり、途中で会釈しながら挨拶を済ませた後、早速衣装に着替えることにした。


まだ出番までだいぶ時間があるというのに心臓の鼓動の荒さからかなり緊張していることが、自身で手に取るようにわかる。深呼吸で鼓動を整え楽屋の外へと繰り出した。


刹那、俺の胴に腕が巻きついた。



「おつかれさん!」


「ックリした...なんだ、今泉さんか」



まるでダッコちゃん人形のように後ろから腕を回した今泉さんはいつもの笑顔と、まるでさも10年来の親友が久方ぶりに再開したようなテンションで俺に挨拶をした。



「いやー久しぶりだね」


「まぁ、怪我してからしばらく会ってないですし」


「うん、しかし久方ぶりの再会がここ日本武道館ってのは...偶然なのかはたまた運命と言えるのか...」



最後に彼女との面識をもったのは何を隠そうここ日本武道館で、ステージ上でビール瓶に直撃して怪我をしたのもここ日本武道館である。良くも悪くも様々な思い出が一夜にして生まれたこの場所で、久しぶりに再会を成し遂げるというのは誰かのイタズラだろうか。



「そういえば、アッちゃんとの関係が解消されたらしいね」


「あっちゃん?」


「ん?あぁ、朱美ちゃんのこと中川朱美ちゃん」


「え、えぇまぁ夜ヒットの時に少しお互いに話し合って心の内にあった蟠りが解けたというか...はい.....それよりも、アッちゃんって...いつの間にそんな仲良くなったんですか」


「ん?新宿音楽賞のあと、私が朱美ちゃんの相談に乗ってあげて、そこから仲良くなったかな」


「相談?」


「ヒミツ、男子には教えられないこと」


「ひみつ...なんかデリケートそうなので聞くのやめときます」


「うんうん、やっぱり私が言っちゃまずいからね」


「ん?」


「なに、ただの独り言」



そんなこんなで話し込んでいるとまさかの御本人登場である。



「あ、アッちゃん!こっちこっち」


「まさかの...本人登場」



廊下の向こう側からシックな衣装に身を包んだ中川さんがトテトテと小走りでこちらへやってきた。



「なんしよーと?涼子ちゃん」


「ん?今、ほら厳島くんと話し込んでて」



彼女は何やら目を細めた後、ようやく俺であることに気がついたのか、深々と腰を曲げて挨拶をした。



「え、あ...こんにちは...じゃなくてこんばんは」


「こ、こんばんは」



思わず天然な部分が露見した中川さんは顔を仰いだ、そんな様子を今泉さんは先程から笑いを堪えながらマジマジと見つめていた。


周囲になんとも言えない雰囲気が漂う。今まで感じたことも無いような感情で胸がいっぱいになった。終始沈黙が流れた後、それを叩き割るように今泉さんが言った。



「青春かよっ!」


「ん?」


「...」


「なに、青春?」



楽屋の扉が開き、宇治正さんが顔をひょっこりと出す。おじさん一人と男一人、年頃の女子二人というカオスな空間が形成され、より一層神妙な面持ちになる。そしてまたもや人がやってきた。



「あ、厳島くん、久しぶり〜」


「清子さん、お久しぶりです」


「お、ユウくん」


「おぉ、マサ」



またもや男女2人がこのカオス集団に流入し、収拾のつかない状況へと昇華した。



「涼子ちゃん朱美ちゃん、あっちのケータリングにケーキあったよー...あ、厳島くんこんばんは」


「こんばんは」



水谷さんが、紙皿の上にケーキを乗せながらやってきた所で、いよいよ周囲のスタッフが思わず2度見するような異様な光景が完成された。

これ程同年代の少年少女が集まればあちらこちらで思い思いに会話を繰り広げ初め、俺の楽屋の前は一種の談話室と化していた。



「なんですか、この状況」


「さぁ」



俺と宇治正さんは首を傾げるほかなかった。

『日本歌謡大賞』の本番前だと言うのに、随分と拍子抜けな始まり方をしてとっくに緊張感も忘れ去っていた。











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