秋田
自宅にかかってきた電話を手に取る、その手は震えていた。
『そう言えばお前最近テレビ出てたよな』
「う、うん」
『そうか...なら金も持ってんだろ、ちょっと買いてぇもんがあってよ、5万程度でいいから送ってくんねぇか』
「こ、これで...今月何回目?」
『何回目?知るか んなもん、とりあえず金が必要なんだよ、黙って送れ』
「...これで、最後だからね 今度こそ」
『はいはい最後最後、じゃあ5万ね 明後日までに振り込まなきゃ家行くから』
「それは...困るって……!」
『なら金を振り込めばいい、なるべく早めにな こっちも時間ねぇんだよ』
「...」
電話が切れた。
地元に残してきた彼氏からの電話は毎回こういった金をせびるような内容ばかりであった。
千葉から上京して6ヶ月が経つ、アイドルとして仕事を始めたものの未だ芽は出ず、事務所側からの期待もなし、今出ている唯一のレギュラー番組『ピンクパンチ大回転』ももうすぐで新番組に移行する。
そうなっては完全にメディアへの露出がゼロになってしまう、幸いマネージャーさんの尽力もあって今話題の厳島裕二くんの楽曲提供権を事務所内で得ることが出来たが...この不定期的にテレビに出るような状態が1年や2年続けば事務所側からも見捨てられ、いつの間にか芸能界引退に追いやられていることだろう。
最初は楽観的だった、芸能界というのは華やかで誰しもが煌びやかな衣装に身を包み多くのファンに愛される存在、そう思っていた。
実際、私のようなデビューからずっと燻っている日陰者もいるわけで、表舞台で活躍しているのはほんのひと握りだ。
私と同じ思いをしている子は沢山いる、そんな子を蹴落としてまで私は上にあがりたくはない。ただ現実はそう甘くないことはわかっていた。
さらに上へ、向上心がなければ必ずと言っていいほど上には上がることが出来ない、気がつけば人気になっていたなんて、とんでもない天才か何かしらの奇跡が生じたに過ぎないだろう。
今活躍しているアイドルの子も努力 強い覚悟、そして向上心の賜物としてあの地位にいる。
私のような覚悟も向上心も無いような人間がこの世界で生き残ることははっきり言って難しいだろう。
いざ芸能界に入ってみたは良いものの、これといった目標が見つからずにいた私は引退の危機に瀕していた。
22
「へぇ、秋田出身なんですか!」
「え、えぇ...」
レッツオーユースという番組は公開生放送の音楽番組だ、当然生放送が故に観客の声は入るしミスがあればそのまま放送されることも多々ある。
生放送かつ50分という決められた時間の中で出演者全ての楽曲を披露するためには忙しないリレー形式のごとく歌う他なく、番組の途中でお便りのコーナーはあるもののそれ以外のすべての尺は歌やパフォーマンスに回されることになるわけだ。
ただそんな忙しない番組でもオープニングはきっちりとあるようで、出演する出演者が番組のテーマ曲に乗せて観客の前に現れるというのが通例になっていた。
当然、観客は目の前に現れたアーティストたちに熱烈な黄色い声援をおくり、NNNホール内は歓声で包まれる。耳をつんざくほどの歓声を浴びながらもオープニングを終えた俺はまだ番組開始3分程度なのにも関わらず観客の熱気に冷や汗をかいた。
オープニング終了後、出番を控えた出演者は一同にしてNNNホールの待機室へと案内された。待機室内はいくつものケータリングが並べられており一種のビュッフェ会場が形成されていた。
ここはスタッフもマネージャーも、番組やタレント関係者であれば好きなように出入りすることが出来る言わば多目的ホールのようなところで、あちこちでビジネスの話がなされていたり、また出演者同士で音楽のことについて語り合ったりと、それぞれが好きなように時間を過ごしていた。
そんな中、あまり他人と馴染めずに孤立していた俺の横に座ったのは先程、太陽のような笑顔を見せてくれた今泉さんだった。
「先程ぶりですね」
「えぇ...」
「さっきはすいませんでした、私少し興奮しすぎたみたいで...」
「いえいえ、気にしてませんので...」
「そう言えば厳島さんって、いま16歳でしたっけ」
「はい」
「なら正真正銘の同級生ですね」
彼女は何か嬉しそうに笑って見せた。
「この業界で同い年の子ってなかなか少なくて、大抵デビューした年が一緒だったとしても、年下だったり年上だったりですこしややこしいんですよね」
「あー、だからそんな嬉しそうに...」
「はい、やっぱり同い年同士で繋がりを持っておいた方がこの広い業界でも安心できると思いますし」
「なるほど」
確かに一理ある。
芸能界というのは年齢の振り幅も非常に大きく、それだけ業界内のタレントの数たるや数え切れないほどいる、そんな大海原の中、我々高校1年生組同士で繋がりを持つことも大切なことだとは思う。
「それよりもこんな話、聞きませんでした?」
「なんですか?」
「今、私たちの世代って花の82年組って呼ばれてるらしいですよ」
「花?中三トリオじゃなくて?」
「花の中三トリオですか...懐かしいですね、そうじゃなくて、私たち82年にデビューしたアイドルは大抵が粒ぞろいだとかで 花の82年組って呼ばれてるんです」
「つまるところ今年がアイドルの豊作って意味ですか?」
「恐らく」
「へぇ...実感無いですね」
確かに去年の暮れから今年にかけて、デビューしたアイドルの数も例年より多いとアイドル博士である草薙がことある事に言っていた。そう思うと、今年デビューした者が花の82年組と言われるのも頷ける話だ。ただ、そのうちの一人である俺からすれば微塵も実感がわかなかった。
「となると...来年はどうなるんですかね」
「んー、どうでしょうね...今年のデビュー人数が多いせいか来年は若干見劣りするような気がしてならないです」
「……そうですか」
「我々一年先輩も陰ながら後輩を支えることにしましょうよ」
いつのまにか話は83年を支えるといったよく分からない話に発展していた。話題を切り替えようと俺は今泉さんに出身地を聞き出す作戦を決行した。
「今泉さんって...どこ出身で」
「横浜です」
「横浜...ということは山口百子さんと同じですか?」
「あれ、百子さんは横須賀だったような」
「あぁ...たぶん今泉さんのが合ってると思います」
「良かった...そう言えば厳島さんはどちら出身で?」
「東京です、育ちは秋田ですけど」
「へぇ、秋田出身なんですか!」
「え、えぇ...」
今泉さんの突然の食いつきに思わずたじろぐ。
「秋田といえば秋田犬ですよね、私飼ってたんですよ秋田犬」
「へ、へぇ...」
「いいなぁ、秋田 犬に囲まれて過ごしたい...」
「……そうですか?」
「え?」
「いや、自分としてはあまり秋田に居た頃いい思い出がなくて...」
「...なにか、あるんですか」
「……なにかというか、幼少の頃からつい最近までの長い年月を、娯楽の無いような田舎で過ごしたと言うことにすこしだけ...心残りがあって」
今泉さんはなにやら、ため息をついて口を開いた。
「安心しました」
「え?」
「怒りとか、憤りとかそういった感情じゃなくて...心残りということに安心したんですよ」
「……」
「たしかに厳島さんにとって、長い年月をすごしたその場所はあまりいい思い出もないのかもしれないですけど……思い出ってそういうもんじゃないですか?」
「というと?」
「楽しかったことも、悲しかったことも、全部が多分これから大人になっていく私たちにとって今後、淡くて懐かしい思い出にすり変わるような気がするんです」
「...」
「人間、心底怒りを感じたり嫌なことがあったりしたら大抵がすぐ忘れちゃうもんですけど、厳島さんにとってその場所は自覚してないだけで何かしら楽しかったことや嬉しかったこともあるんじゃないですかね」
「...」
俺は...、俺は彼女の言葉を聞いた途端黙り込むしか無かった。たしかにそうだ、自分が初めて音楽に出会ったとき、大好きなおばあちゃんと過ごした幼少期、小さな少年にとって退屈の塊であったあの村も、今思えば多くの思い出が詰まった故郷であることを改めるように思い出した。
「なんか...その言葉を聞くと、今まで過去のことに囚われていたような気がしてならないです」
「...囚われていた?」
「はい、いい思い出を記憶の片隅に追いやって、勝手に自分の首を絞めていたような...今となってはなんでか分からないですけど、でも今泉さんの言葉で吹っ切れたような気がします」
「よ、良かったです…私としては単にお互いの思い出話をしていた感覚だったんですけど...いつの間にやら悩みを解決していたようで……」
「……なんかすいません、辛気臭い感じになっちゃって」
「あぁ、いえ全然……」
俺はその夜、初めて中学校の卒業アルバムを自室で開いた。退屈だと思っていたあの村も、今の自分からすれば幼少の淡い記憶が詰まった純朴な故郷なのだとアルバムに乗っていた写真を眺めて思い出すように笑った。




