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蒲田清子という名のアイドル

「それで、どういうわけだ」


「いや…その」


「俺ゃあ驚いたぜ、なんせ昨日テレビをつけたらお前が清子ちゃんと共演してたんだからな…」


「お詫びに…今度共演したらサインでも…」


「かぁ…あんたね、分かっちゃないねェ」


「…」


「俺は別に怒ってはいない…ただ、言ってくれさえすればよかったんだ、心臓止まりそうだったんだぜ昨日の夜」


「…」


「ただ、サインは貰っておくよ」


「そうか…結局サインは受け取る気満々なのか」


「あぁ」



これでもしも、放送後の楽屋で清子さんと『仲良くなった』と言ったらまた怒るんだろうなぁ…やっぱり言うのはやめておこう。

やはり草薙には今後の予定を言える範囲で言っておくべきだと確信する俺であった。






18





夜はヒットスタジオエンディング終了後、お疲れ様でしたと言いながら俺は楽屋に戻り、開口一番に「どういうことですか」と楽屋の中央で茶飲んでいる宇治正さんの言い放った。



「なにが?」


「いや、結局ギター使わなかったじゃないですか」



この番組に出演すると聞かされた時、ギターも持ってきて欲しいと頼まれたはずなのに結局リハーサルでも本番でもギターを使わなかったことに対して違和感を覚えた。



「番組側が急遽ね、やっぱりギター持っちゃうとアイドルとしてよりもミュージシャンとしての色が強まっちゃうからじゃない?」


「…でも、おかげで振り付けとか無いんでなんのアクションもせずに立ち尽くしたまんまだったんですよ、テンポの遅い曲で落ち着いて歌うならまだしも、今回の曲はテンポも速いですし…」


「まぁまぁ、とりあえず座りなさんな」


「…座りは…しますけど」



促されつつ靴を脱いで畳に座る。



「別に、君の心配する点は特に見ている側からすれば変ではなかったよ」


「…どういうことです」


「だって振り付けの分、歌声でカバーしてたからね…確かに振り付けは大事だけれど、曲の構成部分として最も重要なのは歌声だろ?」


「…まぁ、そうですけど」


「それにデビューしたてなんだ、そんなに振り付けなんかできなくとも、君の素の…なんて言えばいいんだろうな、まだ飾り気のない素材の部分を見ている側に感じさせるってのも重要でね」


「…」


「そういう素の部分を見せることによって、ファンになる人間は君の成長を目の当たりにできるという、そういう人間らしさが意外と世間で受け入れられるものなんだ」


「…そうですか」


「うん、だからギターの巧妙な演奏も他のアイドルのような振り付けもまだ君には必要がないってこと、そもそもまだレコードさえでてないわけだから」



なにか言いくるめられたような気がしてならない、分が悪くなった俺は気を紛らわすためにパックの緑茶を淹れた。


ポットから出てきたお湯はまだ熱くとても飲める状態ではなかった。パックを上下に動かし緑色に染めていると、扉が2回叩かれた。



「はい」



宇治正さんが変わりに返事をしてくれ、それに応えたように扉は開いた。扉を開いた主は蒲田清子さんだった。



「先程ぶりです」


「おぉ、おつかれ」


「お疲れ様です」


「宇治正さん、どこでそんなに逸材見つけてきたんですか」


「ん?スター降臨」


「スター降臨かぁ…」


「……俺はタバコ吸ってくる、あとは2人で仲良くしなさんな」



宇治正さんは急に何かを思い出したように、タバコを手にして楽屋から去っていった。部屋に残された俺と清子さんは、戸惑ったように彼の後ろ姿を去ってまでもしばらく見ていた。


ふと、我に返り 清子さんの分の茶を淹れた。

彼女はお礼を言いつつも先程まで宇治正さんが座っていた座布団の上に正座した。

沈黙がしばらく流れる、気まづく思った俺は宇治正さんとの関係について素朴な疑問を装って投げかけた。



「清子さんと宇治正さんってどういう関係なんですか?」


「ん?あぁ宇治正さんと…えぇと、私がデビューした時にアドバイスを貰って、それからずっと尊敬している人間っていうか」


「恩人?」


「うん、そうそう恩人 あの頃は私も芸能界入りたてでさ 右往左往何をしようにも分からなくって、正直いって私の所属する事務所は他の子を推してたし…」


「今の姿からは想像もつかないですね」


「そう?でも今があるのは宇治正さんのおかげ…」


「宇治正さんってどんなアドバイスしたんですか?」


「え…」


「……いやなにか問題なら言わなくても別に…」


「いや、特にそういうわけじゃないんだけど」



清子さんはなにか、戸惑ったようにソワソワすると打ち明けるように話し始めた。



「車を…」


「車を?」


「買ってやるって…」


「それアドバイスじゃなくて完全に口説いてません?」


「あ、いや口説いてるわけじゃないんだ……………多分」


「多分……これは、口説いてますね」


「いや、私の言い方が悪かったかも…宇治正さんがそういったのは別に口説こうって訳じゃなくて、笑わせようとしてくれたみたい…当時の私は本当に疲れきってたし」


「でも、ジョークでそういうこと言います?」


「言うの あの人は…なんかギリギリを責めた本当かよく分からないようなジョークを…でも、その後には続きがあってね」


「続き?」


「そう、俺にはお金が無いとかなんとか言って、でそのジョークを言ったあとに私が、どうしたら売れますか?って質問したの」


「どうしたら売れますか…なんか難しい質問ですね」


「そう、でも宇治正さんは考える素振りも見せずに 自分らしさをさらけ出しなさいって言ってくれた」


「自分らしさ?」


「うん」



清子さんは出したお茶を一口含むと再び続きを話し始めた。



「当時の私が疲れきっていた理由の一つに、事務所の色に染め上げられていたって言うのがあってね」


「事務所の色?」


「そう、当時人気だった山口百子さんが引退することになって、事務所は我こそは次のポスト百子をって息巻いて、同じような色に染めようと私共々 他の子達の売り出し方を変えたわけ」


「つまり百子さんのようなクールなキャラクターで売り出されたわけですか?」


「そういうこと」



山口百子さんは、蒲田清子さんより一つ前の世代の人気アイドルで、当時の百子さんのキャラといえばクールで笑わない、どこか大人の女性を思わせるような色気を出した、言わば 今の明るさを前面に押し出した清子さんのようなキャラクターとは正反対だったわけである。



「そのせいか、百子さんの後継となりうることとか 自分とは違ったキャラを演じなくちゃいけないことに少し疲れてた頃に宇治正さんと出会ったの」


「だから、自分をさらけだしなさいと…」


「そういうこと、そのおかげか今では多くの人に知って貰えるようになったわけ」


「なるほど…」


「ところでさ」



清子さんは何かを思い出したように切り出した。



「君って、すごいね」


「え?」


「作詞作曲もできて見た目もいいでしょ?他の子が可哀想になるほどなんか、パーフェクトな人間というか」


「いやいや、自分なんかまだまだですよ…」


「謙遜しなくてもいいの、この業界は自分に自信を持たないとやってけないって部分もあるからね、間違いなく自分は才能があるって確信しなくちゃ」


「そういうもんですか?」


「うん、ただ程よくね…逆に謙遜しすぎないのも相手からの印象を悪くしちゃうから」


「なるほど」



先輩からのアドバイスはなにか胸に刺さるものがあった。彼女にとって宇治正さんからのアドバイスがこういった胸に刺さるような感覚だったのではないかと思うと、宇治正さんの凄さが間接的にわかった気がする。



「じゃあね、私はそろそろ次の仕事があるから」


「え、今から次の仕事ですか」



既に時間は22時を回っておりとても今から仕事だとは考えられないほど夜は深かった。



「そう、この後 ラジオの仕事が入ってるの」


「はぇ…頑張ってくださいね」


「ありがと」



彼女はゆっくりと立ち上がり、スカートの裾を直しつつ楽屋の出口の方へと向かった。

去り際に彼女は



「あ、これから多分かなり会うと思うから 仲良くしてくれる?」


「…自分で良ければ是非」


「もう、そんな腰低くなくていいよ 今度から敬語はよしてね」


「あ…はい」



小さく手を振りながら去る彼女は先程まで赤裸々に話していた時とは違って、アイドル 蒲田清子の雰囲気を前面に出ていた、そんな彼女と入れ替わるように宇治正さんが帰ってきた。



「どうだった清子ちゃん」


「色々な苦労があったんですね 彼女にも」


「うん…あの時は私も…いややめておこう」


「車を買ってやるよ」


「え?」


「俺にはお金ないから」


「は…え?ちょっとそれどこで」


「さ、帰りますか」


「ちょっと、どういうこと」



俺は動揺する宇治正さんに少し口角を持ち上げた。


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