色を取り戻した世界で君と…
アメリアの中へ朱里が入ったイレギュラーの余波。
アルフレッド視点です。
あの日、また世界が終わる気配がした。
胸の奥を細い刃でなぞられるような感覚。
風向きが変わり、色彩が失われ、音が遠ざかる。
あれを、何度味わってきただろう。
ミシェルの死が確定した時、この世界は必ず崩れ、やがて闇に呑まれる。
本来のミシェルは、毎回ウィリアムに向かっていった。
彼女は王子に惹かれ、王子も応えようとする。
だが、必ず世界が歪む。
歪みが生じるたびに、“隠しキャラ”として
最後の最後で存在を思い出されるかどうかの扱いで、
誰にも手を伸ばされず、役目も果たせず、
ただ終わりへ落ちていく。
何度も何度も、置き去りにされた。
助けたかった者すら救えず、世界の崩壊を止める権限もなく、やがて全部が黒く沈んで巻き戻る。
希望が砕ける音にも もう慣れてしまうほど、繰り返されてきた。
ああ、またか……
何度目だろうか……
世界が巻き戻されていく。
建物が壊れた順番で再構築され、風景が逆再生のように戻り、人々の声が音の塊になって吸い込まれていく。
――だが、何かが変わった。
これまでの記憶がある。
闇に囚われていた、巻き戻る前の世界を覚えていた。
その中で、俺は初めて
“期待” を抱いた。
世界が巻き戻った瞬間。
前の世界と寸分たがわぬ定位置に降り立った。
直後、王立学園の正門で立ち止まっていた少女。
ミシェルだ。
しかし、俺の知る“ミシェル”と違った。
最初に感じたのは戸惑いだ。
なぜだろう。
彼女は、まるで決められたルートの線路から外れた存在のようで、風の流れすら変えてしまうような気配をまとっていた。
その瞬間、胸の奥にぬるく痛むものが湧いた。
喪失を繰り返した者だけが知る、弱くて脆い希望の形。
チャンスだ。
何度も届かなかった“正しい未来”へ踏み出せる、たった一度の。
それなのに、自分でも驚いたけれど、気づけば視線が彼女を追っていた。
ウィリアムではない。
本来のミシェルでもない。
誰の物語にも定められていない、新しいミシェル。
どうしてこんなにも惹かれるのか、自分で分析しようとしても答えは出なかった。
ただ、彼女が一歩進むたび、俺の世界は色を取り戻していった。
言葉を交わせば交わすほど、これまで感じたことのない
「自分が存在している実感」を得た。
誰にも届かず消えていく役割ではなく、
彼女が僕を“見る”。
そのたった一つが、どれほどの救いになるか。
だから必死だった。
失敗が許されないのはもちろんだけど、それ以上に――
今度こそ、終わらせたくなかった。
世界のためではない。
ウィリアムのためでもない。
俺だけの ミシェル のために。
彼女が傷つく未来も、泣いて立ち尽くす未来も、闇に飲まれる世界も、もう二度と見たくなかった。
僕自身も、あの孤独を繰り返す運命に戻りたくなかった。
だから、こうなった。
執着だと周りが呼ぶのなら、好きに呼べばいい。
手放す気がないという意味では、間違っていない。
けれど、僕にとっては少し違う。
ミシェルは、数百回の終わりの末にようやく辿り着いた
“唯一のはじまり”だ。
彼女が笑えば未来が開き、泣けば世界が軋む気がする。
あれほど脆かった世界が、彼女を中心に息を吹き返した。
髪に触れ、頬に手を添え
ゆっくりと唇を重ねる。
互いの熱を感じながら深く沈んでゆく……
彼女が現れた時から、心はずっと決まっていた。
――俺だけのミシェル。
それが、彼女に執着した理由。
数えきれない破滅の果てに、
ようやく迎えた“ 救い ”だから。
大切に…大切に……
時が止まる瞬間がきたとしても
この腕に抱き続ける――




