封じられていく選択肢と、見えない檻の影
翌朝。
薄い雪雲が空を覆い、光が地面まで届かず、学園全体が灰色に沈んでいた。
ミシェルは胸の奥の重さを引きずったまま教室へ向かう。
(……昨日、アルフレッドに言われた言葉……)
「君をひとりにするつもりはない」
優しい声で、柔らかい表情で。
なのにあの一言は、まるで
“この世界で君が自由に動く未来はない”
と告げる宣告のように聞こえた。
(怖い……でも……嫌じゃなかった……
なんで……?)
混乱するたびに息が浅くなり、
ミシェルは寒さより胸のざわめきの方が気になっていた。
◆
教室に入ると、
クラスメイトの男子グループが話しているのが耳に入る。
「昨日、例の上級生が振られてたぞ」
「相手、あのミシェルって子だろ?」
「っていうかさ……あいつ最近、誰にも近づけなくね?」
「誰か先に手回ししてるんじゃ……」
ミシェルは肩を震わせた。
(わ、私……そんな……)
違う。
告白された覚えはない。
近づく機会があったとも思えない。
(どうして……誰も……近づこうとしないの……?)
“近づけない”のは偶然なのか。
それとも――
アルフレッドが“先に何かをしている”のか。
疑いたくない。
でも思い当たる節はいくつもある。
昨日、リリィが怯えていたこと。
寮に返しに行くと言った本を、当然のように“奪うように”持っていたこと。
誰と話そうとしても、すぐ近くにいたこと。
全部つながってしまう。
(いやだ……考えたくない……)
◆
休み時間。
ミシェルはリリィと少しだけ話すことができた。
「ミシェル……最近、本当に気をつけてね」
リリィは声を潜めて囁いた。
「聞いたことあるの。
“選択肢が減り始めた女の子は危ない”って。
最初は優しく接して距離を詰めて、
気づけば周囲から誰も近づけない状況にして……」
ミシェルの胸が強く締めつけられる。
(選択肢……減ってるの……?)
リリィは続ける。
「前に読んだ小説でもね、
“隠しキャラルート”って、
本来の攻略が全部閉じてから始まるらしいの。
普通の人は気づかないんだけど、
主人公が振り返った時だけ……
“あ、もう戻れないんだ”って理解するんだって」
(……っ)
ミシェルの心臓が跳ねた。
(選択肢が……閉じていく……
まさか……私……?)
けれど、受け止めきれずに笑って誤魔化す。
「ま、まさか……そんな……!
だって私、攻略なんてしてないし……!」
「ミシェル……
攻略は“してなくても踏む時は踏む”んだよ」
その瞬間、脳裏にフラッシュバックが走った。
前世の朱里の声。
『ちょっと!それ絶対踏んじゃダメなやつ!
一回踏んだら最後!
推しルート行きたくても行けず……
ふふ……リセットしかないんだよね……
見た目はいいんだけど……見た目は……!!』
(……踏んだの……?
踏んじゃったの……?
あの偶然が……全部……?)
息が苦しくなった。
◆
そのときだった。
「ミシェル」
背後から声が落ちる。
優しい声なのに、雷のように心臓が跳ねた。
アルフレッドだ。
なぜ――
今この会話をしている、この瞬間に。
(……どうして……来るの……?)
アルフレッドはリリィに軽く会釈し、
ミシェルへ視線を戻した。
「昼食、まだだろう?」
「え、あ、あの……今日はリリィと――」
「リリィは授業準備がある」
「え?」
リリィがびくっと肩を震わせる。
「え、えっと……」
「そう、そうなの……ミシェル、ごめん……!」
嘘だ。
声が震えている。
さっきまで準備の話など一度も出ていない。
(……リリィ……恐がってる……)
アルフレッドは微笑む。
柔らかく、優しく。
けれど“結論を覆す気がない”目。
「行こう、ミシェル。
君が食事を抜くのは良くない」
ミシェルの手は冷たく震えた。
彼は決して強引に腕を掴まない。
触れない。
触れないのに――
逃げられない。
(……これが……“選択肢が閉じる”ってこと……?)
ミシェルは小さく頷くしかなかった。
「……うん」
アルフレッドは静かに言う。
「良かった。
君が俺について来るのは、自然なことだ」
その言葉に、
ぞくりとした。
優しいのに。
優しいのに――
“逃げ場を封じる形”の優しさ。
ミシェルは気づき始めていた。
自分の未来はもう、
選び直せる道ではなくなっている。




