閉じていくルートと、先回りされる未来
昼休みの中庭。
冬の日差しは弱く、噴水の水が光を欠いて揺れていた。
ミシェルはカバンを抱えて歩きながら、
小さくため息をついた。
(今日こそ……ウィリアムと話さないと)
今のままではまずい。
イベントは途切れ、好感度は下がる一方。
このままでは攻略どころか“友人位置”すら難しい。
(もう一度だけ……話すチャンスが欲しい)
そう思って角を曲がった瞬間。
「あっ……!」
ウィリアムがいた。
しかも珍しく一人だ。
ミシェルの心臓が跳ねた。
チャンスだ――。
声をかけようと踏み出したその一瞬。
「ミシェル?」
アルフレッド…?
なぜ、こんなタイミングで。
なぜ、こんな近くに。
しかも、まるでミシェルが振り返る前から
そこに“待っていた”かのように自然だった。
ミシェルの動きが一瞬止まる。
その刹那、ウィリアムの視線がミシェルとアルフレッドの間に落ちた。
王子は表情を変えず、
ただ静かに一歩だけ距離を置く。
ミシェルは、
そのとき気づいてしまった。
(……あ、もうだめだ)
ウィリアムのルートは――完全に閉じた。
ゲームなら
「BADルート確定音」
が鳴っているレベルだ。
ミシェルは焦りながらアルフレッドへ向き直る。
「えっと……あの、どうしてここに?」
「散歩だ」
淡々とした答え。
だがその目は、ミシェルが“誰を探していたか”を
正確に見抜いていた。
「誰かに会う予定だったか?」
柔らかい声音。
しかし拒否すれば空気が凍ると直感で分かる。
ミシェルは笑顔を作った。
「い、いえ……別に……」
その瞬間。
アルフレッドの指先が、
ミシェルの髪の端をそっと摘んだ。
「風で乱れている」
(や、やめ――!)
触れていない。
触れたのは髪だけ。
それなのに背筋が冷える。
「君は、誰かに見られる前に整えた方がいい」
その“誰か”が
ウィリアムであることを、
アルフレッドは一言も言っていない。
でも、言っていないのに “分かる”。
ミシェルの背中に冷たい汗がにじむ。
ウィリアムは、
黙ったまま去っていった。
(……終わった。本当に、ルートが……)
心が沈みかけたその時。
「昼食、付き合え」
「へ……?」
アルフレッドは自然な仕草でミシェルの手に触れないように、
しかし逃げられない距離で歩き出す。
「嫌か?」
「いや、その……」
「なら、来い」
命令のようで、優しさのようで。
拒否できない重さを持つ声。
ミシェルはついていくしかなかった。
◆
学園カフェテリアの隅。
人気のない席で向かい合う。
アルフレッドは静かに紅茶を飲む。
ミシェルは緊張でスプーンを落としそうになりながら座っていた。
しばらく沈黙が続いた後。
「……他の男を、探していたのか?」
ミシェルはびくっと肩を跳ねさせた。
「え、いや……! そんな――」
「嘘は下手だな」
彼は淡々と言う。
責めるでもなく、ただ“事実”を告げるように。
「君の視線の動き。歩幅。 ……探していた相手が、誰か。」
淡々と説明される。
観察されていた。
全部。
「気にする必要はない。
――君が誰を見ても、最終的に俺を見るなら」
その言葉は優しい声音なのに、
意味は明確すぎる鎖だった。
(なんでこんな……
優しいのに……苦しくなるの……?)
胸の奥がぎゅっと縮む。
ウィリアムのルートは閉じた。
他の攻略対象も、イベントを逃してもう無理。
(……じゃあ私は……どこへ向かってるの……?)
アルフレッドが静かに言う。
「ミシェル。
君には“俺を避ける未来”が似合わない」
それは予言のようで、
決定事項のようだった。
ミシェルは言い返せず、
ただ紅茶の湯気を見つめた。
気づく。
(私……アルフレッドの前だと、全然息ができない……)
でも――嫌ではない。
怖いのに、離れられない。
その感覚に自分で驚く。
(……おかしい。
恋愛イベントじゃない……よね?)




