静かに、確実に“選ばれている”視線
アルフレッド視点▶︎ミシェル視点
王立学園の廊下。
昼休みの喧騒を少し離れた場所で見つめながら、
アルフレッドは薄く笑んでいた。
――あの少女は、今日も人混みに埋もれている。
ピンク色の髪。
薄紫の瞳。
怯えを含んだ表情の奥には、
必死に前へ進もうとする強さが見える。
どうして自分の視界に留まってしまうのか。
理由は分からない。
ただ、“気配の質”が周囲と違う。
他の令嬢たちのような
計算された媚びも、奢りも、虚勢もない。
ぽつん、と。
孤独な光を放っている。
(……だから、目につく)
それだけだった。
最初は、その程度の興味。
だが――
図書棟での偶然の接触。
視線を向ける前にこちらの気配に反応したこと。
肩が触れただけで、怯えながらも礼を言ったこと。
それらが妙に“癖になる”。
そして今日。
隣国から届いていた報告書の一文が
心の隅を揺らした。
『伯爵家の次女ミシェル――
幼少期より精神的圧迫を受けている可能性あり。
社交経験に乏しく、対人スキルは未成熟。』
(……ああ。だから、あの反応か)
腑に落ちた。
理解した瞬間――
彼女の怯えも、脆さも、痛ましさも、
すべてが美しく思えた。
“守りたくなる”のではない。
“掌の上に乗せておきたくなる”のだ。
誰にも触れさせず、
誰にも近づけず、
自分だけを映す瞳に変えていく。
(……簡単だ)
彼女は、愛に飢えている。
少しの優しさで、簡単に揺れる。
少しの興味で、心を傾ける。
なら――
あとはゆっくり、確実に距離を詰めればいい。
アルフレッドは歩き出す。
次の“偶然の遭遇”へ向けて。
(名前を呼んだ時、固まった顔……良かったな)
***
王立学園の中庭で、ミシェルは鞄をぎゅっと握りしめていた。
(ウィリアムのイベント……またズレた。
本当にどうなってるの……?)
つい昨日も、
図書棟での誤解をきっかけに
ウィリアムに距離を置かれてしまった。
そのショックが尾を引いている。
(頑張っても頑張っても……全然ゲームどおりに進まない)
落胆して歩き始めた時だった。
「ミシェル」
背後から呼ばれた声で、
思わず硬直した。
ゆっくり振り返ると――
黒いフードの男子が立っていた。
昨日と同じ、感情の読めない瞳。
だけど、ほんの少しだけ優しい色を帯びているようにも見えた。
「驚かせたか?」
「……いえ。ちょっとびっくりしただけ」
自然と距離を取ろうとする。
しかし、彼の歩幅はそれを許さない。
(なんで……こんなに距離が縮まるの?)
緊張で呼吸が浅くなったその時、
風が吹き、ミシェルの手から鞄が落ちた。
「あっ――」
しゃがもうとした瞬間、
彼が先に拾い上げた。
指先が触れそうなほど近くで、
黒フードの男子が微笑む。
「大切に扱え。
君の持ち物だろう?」
(……なんでそんな当たり前のことで心臓が跳ねるの?)
ミシェルは困惑していた。
知らないキャラだ。
攻略対象じゃないのに、
やけに“イベントみたいな距離感”で接してくる。
すると彼が、
さらりと彼女を見つめて言った。
「君は、もっと大切にされるべきだ」
「っ……!」
胸の奥がズキン、と脈打つ。
そんなこと、
誰にも言われたことがなかった。
父も。
伯爵夫人も。
嫡男メガロも。
ミシェルを“大切にすべき存在”として扱ったことは一度もない。
(ドキドキする。)
顔が熱くなる。
だが彼の瞳は、
ミシェルの反応をひとつ逃さないように観察していた。
まるで――
“自分の色に染まる瞬間を待っている”ように。
「また後で」
それだけ言って、
黒フードの男子は去っていった。
ミシェルは膝から力が抜けるのを感じた。
(……誰なの、本当に)
胸の奥のざわめきは、
ウィリアムに対する淡い憧れとは違う。
もっと、深くて、
もっと、危うい。
(私……変なルートに入ってない?)




