落ちた一粒の涙。
涙が一滴、肌に落ちた。
その瞬間――
世界の色が、ふっと変わった。
視界の端に、
見覚えのある枠がにじむ。
(……これは)
HPバー。
メッセージウィンドウ。
右下の “AUTO” と “SKIP”。
かつて、朱里として
何十回も見たゲーム画面のUIが、
現実の視界にじわじわ重なってきていた。
“バッドエンドスチル獲得”
そんな文字が、
どこかで小さく点滅している気がする。
(分かってる。
これは、攻略してはいけない義弟を
アメリア(私)が攻略してしまったルートの先)
アメリアとしての意識と、
朱里としての記憶が重なっていく。
“なんで攻略対象じゃないの!”と
スマホの前で叫んでいた自分。
“このスチルの意味が知りたい”と
繰り返しバッドエンドを見ていた自分。
今、その答えを
自分自身として体験している。
(私が……)
推しの義弟を守るつもりで、
悪役ルートを回避するつもりで、
距離を詰めて、甘やかして、
“特別”を確認しようとして――
その積み重ねの全部が……
「アメリア」
スチルの中央、固定された構図の中で、
アレックスは静かに微笑んでいた。
涙を流しながら、
まるで許しを乞うみたいに。
「君が“好きだ”って言ってくれたから、
もう、俺は……君なしで戻れない」
その言葉を最後に、
音が消える。
風の音も、心臓の鼓動も、
アメリアの息遣いも。
ただ、
涙を浮かべたアレックスの顔だけが
画面の中央で静止し――
世界は、真っ白に、フェードアウトした。
画面が切り替わる直前、
どこか遠くで、
誰かの軽い声が聞こえた気がした――




