夜の中庭で、やっと言えた「好き」
夜の鐘が鳴り終わる頃、
私はひとり中庭へ向かっていた。
ノエラに
「今日です、今日しかないです!」
とものすごい勢いで背中を押されたせいでもあるけれど――
(私も、もう逃げたくないから)
魔術灯の光が、石畳を淡く照らしている。
吐く息は白く、指先は少し冷たい。
白薔薇の植え込みの近く。
アレックスはそこにいた。
銀髪が夜の光を受け、
微かに光っている。
「アレク!」
呼びかけると、
彼はゆっくりこちらを振り向いた。
「……アメリア」
いつも通りの低い声。
でも、その奥に何か固いものが混じっている気がした。
「さっきは、ごめんね。
図書棟で変なところ聞かせちゃって」
「……変じゃなかった」
アレックスは短く言う。
「俺のせいだ。
アメリアを不安にさせていた」
胸がぎゅっとなる。
「アレクのせいじゃないよ。
私が勝手に不安になってただけ」
そう言いながら、
私はアレックスの前まで歩み寄った。
「でも、ちゃんと言いたくて。
ノエラにも“誤解させたままはダメです”って怒られたしね」
少しだけ冗談めかしてみせると、
アレックスの口元がかすかに揺れた。
「ノエラ……余計なことを」
「余計じゃないよ」
私は、胸の前で手を握りしめた。
(言うんだ。ちゃんと言う)
「アレク」
名前を呼ぶと、
碧の瞳がまっすぐこちらを捉える。
心臓が痛いくらいに鳴っていた。
「私ね、アレクに距離を取られてる気がして……
嫌われたのかなって、本当に怖かった」
アレックスの目が揺れた。
「嫌ってなんか――」
「分かってる。今は。
でも、分からないままだと怖くて、
どうしていいか分からなくて」
だから、決めた。
「だから、先に言うね」
うまく笑えている自信はなかった。
それでも、
私は言葉を口にした。
「アレクのことが、好きだよ」
静かな夜に、
自分の声がすこし大きく響く。
友達としてでも、義弟としてでもなく。
一人の男の子として。
一緒に未来を歩きたいと思える人として。
「ずっと一緒にいたいって思ってる。
アレクが私を大事にしてくれたみたいに、
私もアレクを大事にしたい」
アレックスは、しばらく何も言わなかった。
驚いているのか、
拒絶されるのか、
何も分からないまま、
私は息を止める。
やがて――
彼は、ひどくかすれた声で言った。
「……どうして、今なんだ」
「え?」
思わず聞き返す。
アレックスの表情は、
悲鳴を飲み込んだ人のようだった。
「もっと早く言ってくれていたら、
俺はきっと、
“守る”ことだけ考えていられたのに」
「アレク……?」
「今さらそんなことを言われたら、
もう戻れないだろ」
何に対しての“戻れない”なのか、
そのときの私には、まだ分からなかった。




