決定的な誤解と、決定的な確信
図書棟の扉を閉めたあとも、
心臓の鼓動はしばらく収まらなかった。
(……聞こえてしまった)
“アレクから決定的な言葉が欲しいだけなのに”
“最近は逆に距離を取られてる気がして”
“嫌われたのかなって”
嫌ってなんかいない。
むしろ、その逆だ。
(決定的な言葉、か)
それを言えば、
きっとアメリアは喜んでくれるだろう。
“好きだよ”
“ずっと一緒にいようよ”
そんな言葉を、
彼女は待ってくれているのかもしれない。
……本当に?
(アメリアは、優しい)
困っている人がいれば手を伸ばす。
誰にでも笑いかける。
俺以外の、他の男子にだって。
今日だってそうだ。
クラスに戻れば、
また誰かと楽しそうに話すのだろう。
(俺だけが特別だなんて、勝手な思い込みなんじゃないか?)
胸の奥で冷たい声がする。
“もし告白して、断られたら?”
“もし笑ってごまかされたら?”
“もし“家族だから”で終わらされたら?”
想像するだけで、
息が苦しくなった。
(アメリアの“好き”と、
俺の“好き”はきっと違う)
アメリアは、
きっと自分の足で未来を選ぶ。
病弱設定を自分で作って、
王立学園に行かない選択肢をしたように。
俺の知らないところで、
また別の選択肢を見つけてしまうかもしれない。
そして――
いつか本物の婚約者を選ぶ。
(俺じゃない誰かを)
父の言葉が、再び胸を刺す。
“アメリアには多くの縁談が来るだろう”
それは祝福の言葉だ。
でもアレックスには、呪いにしか聞こえなかった。
図書棟から少し離れた廊下。
影部隊の気配が、そっと近づいてくる。
「アレックス様。先ほどの――」
「……今、アメリアに近づこうとした奴は?」
「いえ、特に――」
「今後、アメリアに不必要に近づこうとする者がいたら、
まず報告しろ。
……それから、遠ざけろ」
声が、自分でも驚くほど冷たかった。
影は一瞬沈黙し、やがて頭を垂れる。
「御意」
気配が溶ける。
廊下に一人きりになって、
アレックスは壁にもたれた。
(決定的な言葉が欲しい、か)
それを聞いて、
アメリアは笑うかもしれない。
“ずっと一緒だよ”と言ってくれるかもしれない。
……でも。
(もし、時間が経って、
その“ずっと”が揺らいだら?)
“ごめんね”
“アレクは私の推しなの”
“やっぱり別の道を選ぶ”
“あなたは大事な家族だけど”
そんな言葉で、
簡単に終わらせられてしまうのだろうか。
(俺はもう、そのときには……
アメリアなしで生きる未来なんて、受け入れられない)
理解してしまった。
それが、一番危険な自覚だということも。
夕焼けが窓から差し込み、
長く伸びた影が床を染める。
その影の中で、
アレックスの瞳はゆっくりと色を深くしていった。




