眠れない夜に落ちた言葉
その夜、アレックスはどうしても眠れなかった。
ベッドに横になっても、
アメリアと過ごした一日が頭をぐるぐる回る。
(……アメリアと公爵は何を話してたんだ。)
気づけば部屋を出て、
静まり返った廊下を歩いていた。
冬の夜気は冷たく、
精神を落ち着かせてくれる……はずだった。
曲がり角を通りかかったとき、
薄く光が漏れる部屋の前で声がした。
書斎の扉が少しだけ開いている。
父カインと母マリアの声が
微かに漏れてくる。
アレックスは入るつもりなどなかった。
ただ、何となく足が止まった。
そして──聞こえてしまった。
「……学園では、アメリアに好意を寄せる者が
本当に多いのね。」
マリアの声。柔らかいが、重みがある。
「そうだ。
報告書を見ればわかるが……
“接触しようとした者”だけで十二名を超える。
アレックスが気づいて排除してくれているようだ。」
心臓が跳ねる。
(……知ってたのか。)
カインの低い声が続く。
「アメリアは広く見られすぎている。
これから、周囲はもっと動く。
“彼女を迎えたい”という申し出も増えるだろう。」
“迎えたい”
その言葉が耳から離れない。
アレックスは扉にもたれかかるようにして
息をひそめた。
マリアの声が重なる。
「でも……本人はまだ何も知らないし、
急かすつもりもないわ。
あの子の気持ちを尊重しましょう。」
カインが静かに頷く音がした。
「そうだな。
アメリアが“誰を選ぶか”……
それが大切だ。」
その一言が、
アレックスの胸を鋭く刺した。
(……選ぶ?
アメリアが……誰かを?)
足元がふらつく。
自分こそ、アメリアの隣にいるはずだと思っていた。
幼い頃から一緒にいた。
守ってきた。
アメリアの“好き”も、何度も聞いてきた。
それなのに──
(俺じゃ、ない……のか……?)
頭の中が真っ白になる。
気づけば廊下から離れ、
自分の部屋へ戻ろうとしていた。
歩く足取りは重く、
胸は冷たく、
息は荒いままだ。
(……眠れない。)
アレックスの夜は、
静かに深く沈んでいった。




