静かに積み重なるもの
書斎の扉が閉まると、
外よりも少し暖かい空気と、
古い本の香りがアメリアを包んだ。
父カインは暖炉の前に立ち、
アメリアが席につくまで穏やかに待ってくれている。
「そんなに緊張しなくていいよ。
ただ、少し話がしたかっただけだ。」
その声音に安心して、アメリアも微笑んだ。
「うん。パパが私を呼ぶなんて珍しいから……
なにかあったのかなって思って。」
父はゆっくり頷き、
机の上に置かれた報告書の束へ視線を向けた。
「アメリア。
まず最初に言っておくが……
私は君が元気で学園生活を楽しんでくれていることを
本当に嬉しく思っている。」
父の言葉に、胸がじんと温かくなる。
「ありがとう、パパ。
学園、とても楽しいよ。
アレクも一緒だしね。」
「それは何よりだ。」
そう言ったあと、父は軽く息をつき、
机から一冊の黒いファイルを持ち上げた。
分厚く、何度も読まれたような跡がある。
「これは影部隊がまとめた“学園観察報告”だ。
……もちろん、君の学業の邪魔にならない程度に
最低限の情報しか集めてはいない。」
アメリアは目を瞬いた。
「影の皆が……私のことを?」
「護衛の一環だよ。
君の体調を気にしているのは学園の教師だけではない、ということだ。」
父の言葉は優しいのに、
その奥に何かを測るような鋭さが潜んでいる。
「報告によれば──
学園に入ってからというもの、
“病弱設定”にも関わらず、君の美しさ、魔術適性、成績の高さは
多くの者の目に留まっているようだ。」
「え……」
「クラスメイトから上級生まで、
君に好意を寄せる者も少なくない。」
アメリアは思わず背筋を伸ばした。
(好意……?
そんなふうに見られてるなんて……知らなかった。)
父は続ける。
「もちろん告白を試みようとした者たちは──
大体アレックスが処理しているようだが。」
「えっ……アレクが?」
「ふふ、報告書にね……
“アレックス様、迅速に進路を変更させました”
と、毎回妙に簡潔な一文が書かれていてね。」
アメリアの頬が熱くなる。
アレックスが……
そんなふうに自分のために動いてくれていたなんて。
「けれどね、アメリア。」
父は少しだけ真剣な顔つきになる。
「君が成長すればするほど──
君を“欲する者”も増えるということだ。」
胸の奥がきゅっと収縮する。
(“欲する者”……
そんな言い方……)
けれど父は、手を伸ばしてアメリアの頭を軽く撫でた。
「心配させたいわけではないんだ。
ただ……君が今、どれほど周囲に注目されているか。
君自身が知らないままでいるのは危ないからね。」
「……私、そんなすごいのかな。」
「すごいとも。
君は私たちの誇りだ。」
言われて嬉しいのに、
どこか胸が落ち着かない。
父は最後に、
報告書ではなく、アメリアの瞳をまっすぐ見つめた。
「アメリア。
私が言いたいのはただ一つだ。」
少し沈黙が落ちる。
暖炉の火がぱちりと弾けた音だけが響く。
「──自分を大切にしなさい。
誰かに押し流されるのではなく、
君が“選ぶ側”でいてほしい。」
その言葉は重くなく、
ただ深い愛情だけで満ちていた。
アメリアは胸に手を添えて、小さく頷く。
「……うん。ありがとう、パパ。」
父は緩やかに微笑んだ。
「それでいい。
それだけが、私の願いだ。」
アメリアの知らぬところで、
報告書の一番下には小さく
“アメリア様に近づいた生徒・12名 全員排除済み”
と書かれていたが──
彼女は、それを知らない。




