父の呼ぶ声と、静かに動き出す
庭園での散歩を終えて温かい室内へ戻ると、
指先がようやくほぐれてきて、
アメリアは紅茶をひと口飲んでほっと息をついた。
(冬のお庭、やっぱり好きだな……
アレクと歩くと、もっと好きになる。)
そんなことを考えながらカップを置いた時──
扉の向こうから、静かなノックが響いた。
「アメリア様。
旦那様が“書斎へ”とお呼びです。」
執事ロイドの丁寧な声。
アメリアは首をかしげる。
(パパが私を? なんだろう……)
思い当たることは特にない。
叱られるようなこともしていないし、
帰省初日の挨拶もちゃんと済ませた。
「ありがとう、すぐ行くね。」
軽く裾を整え、
書斎へ向かう廊下を歩いていく。
廊下のランプが一定の間隔で灯り、
冬の夕日の名残が窓に淡く反射する。
その静けさが、なぜか胸を少しざわつかせた。
(……気のせいかな。)
書斎の前に立つと、
扉の下からあたたかい光が漏れている。
アメリアがノックすると、
すぐに父カインの穏やかな声が返ってきた。
「アメリア、入っておいで。」
入室すると、
父は書類の束を机に置き、
こちらをまっすぐ見つめて微笑んだ。
「帰省してくれて嬉しいよ。
今日はゆっくりできたか?」
「うん、とても!
パパとママが迎えてくれて……
本当に帰ってきたんだなって感じたよ。」
父の目尻が優しく下がる。
「それは良かった。」
暖炉の火がぱち、と静かに弾けた。
しかし──
父の背後、机の端に置かれた 未開封の封筒の束 が
どうしてか目に入った。
(……なんだろう、あれ?)
家に戻れば手紙はよく届く。
別に珍しい光景ではないはずなのに、
胸にだけ小さく違和感が残る。
父はその束の前に手を置いたが、
結局アメリアの前に出すことはなかった。
表情には余裕がある。
だからアメリアも気に留めず、椅子に腰かける。
「それでね、アメリア。
少し話をしようと思って呼んだ。」
父の声はあくまで穏やかで、
いつも通りの優しい響き。
アメリアは無邪気に頷く。
「うん。なぁに?」
──この時アメリアはまだ知らない。
父が何を話そうとしているのか。
何がこの後、自分たちの運命を動かしていくのか。
けれど、ほんの小さな予感が
胸の奥でそっと芽を出した。
理由もわからないまま。




