ふたりの歩幅がそろう瞬間
アレックスが来て一週間。
屋敷にも少し慣れ、声も前よりははっきり出るようになった。
ある日の午後。
アメリアが廊下を歩いていると、
曲がり角の向こうからアレックスの声が聞こえた。
「……あの、ここって、どこに……」
声が不安げで、急いで駆け寄ると、
アレックスが厨房の近くで迷っていた。
大きな鍋の煮える音や、
料理人たちの元気な声に驚いたのか、
アレックスは少し固まっている。
アメリアは笑いながら近づいた。
「アレックス、迷っちゃった?」
「……う、うん。
アメリアを探してたら……わかんなくなった……」
その言葉に、胸の奥がふっと温かくなる。
「探してくれたの?嬉しい!」
アレックスは頬をわずかに赤くし、俯いた。
「……アメリアがいないと……落ち着かなくて。」
アメリアは照れくさく笑った。
「じゃあ、迷わないように、手つなご?」
アレックスは驚きで目を丸くし、
少し迷ったあと、そっとアメリアの手を取った。
温かさが指先を通って伝わる。
「ほら、行こ!」
アメリアが歩き出すと、アレックスは小さく頷いた。
その様子があまりにも慎重で、可愛らしくて、
アメリアは心の中でそっとガッツポーズした。
廊下を歩く途中、
窓の外で白薔薇の茂みがちらりと目に入った。
ただの景色の一部。
けれどアメリアはなぜか、それが
“ふたりの歩幅がそろう瞬間” と重なったように感じた。
*
部屋へ戻ると、アレックスがもじもじしながら口を開いた。
「……ねぇアメリア。」
「ん?」
「“推し”って……
アメリアにとって、やっぱり特別なの?」
アメリアは一瞬だけ沈黙し、
けれどすぐに笑った。
「うん。アレックスは私の“特別”だよ。」
アレックスは視線をそらしたまま、
小さく、でも確かに言った。
「……僕も……アメリアがいると安心する。」
幼い声なのに、
その言葉だけは静かで深かった。
アメリアはそっと笑い返し、
アレックスの肩に軽く触れる。
「これからも一緒だよ。
家族なんだから。」
その瞬間、
窓の外で風が吹き、
白薔薇の影がほんの少し揺れた。
あくまでさり気なく。
ただそこにあるように。




