勉強会のお誘い
午前の授業は、
魔法式の初歩──“魔力配分の基礎”。
アメリアは光パネルに映る式を見つめながら、
丁寧にノートへ写していた。
(うん……昨日より理解しやすいかも。)
その時だった。
「アルバローザさん……あの、ここ……どうしても分からなくて……」
隣の席の男子が、
控えめにノートを差し出してきた。
アメリアはにっこり笑った。
「ここはね、数字の意味が変わるところで……
こうやって魔力が枝分かれするの。
見て、ここをこうつなげると分かりやすいよ。」
「え……すごい……!
アルバローザさん、説明上手だね!」
その声に、前後の席の生徒までそわそわし始める。
「あの……僕も聞いていい?」
「私も、その式苦手で……」
気づけば小さな輪ができていた。
アメリアは丁寧に一人ずつ説明する。
「この矢印は“魔力の向き”だよ。
ここが変わると、全体の流れも変わっちゃうの。」
「なるほど……!分かりやすい……!」
褒められて、アメリアは嬉しく微笑む。
(よかった……
私でも誰かの役に立てるんだ……)
授業後。
その男子がアメリアのもとに駆け寄った。
「あ、あの……アルバローザさん!
本当にありがとう!
その……もし良かったら……」
一拍置いて──
勇気を振り絞るように言った。
「今度の放課後、勉強会しない?
君の教え方、すごく分かりやすいし……!」
アメリアはぱっと顔を明るくした。
「いいよ!私でよければ──」
その言葉を遮るように、
すぐ後ろから低い声が落ちた。
「……だめだ。」
空気がぴたりと止まる。
アレックスだった。
男子がびくっと肩を跳ねさせる。
「えっ……あ、アレックス君?」
アレックスは一歩前へ出て、
アメリアの前にさり気なく立った。
顔や声は落ち着いているのに、
その眼差しがどこか鋭い。
「アルバローザは忙しい。
余計な時間は作れない。」
アメリアは驚いた。
「アレク、どうしたの?
私、別に──」
アレックスはアメリアへ向き直り、
少しだけ視線を落とす。
「……アメリアに負担をかけたくない。」
その言葉はやわらかいのに、
芯が通っている。
男子は明らかに気圧されて、
慌てて頭を下げた。
「そ、そっか!忙しいよね!
ごめん、アルバローザさん……!」
アメリアが何か言おうとした時、
アレックスが小さく息をついた。
「……断ってくれてよかった。」
「アレク、私……断るって言ってないよ?」
アメリアは笑って言った。
けれど、その笑顔には怒りも戸惑いもない。
本当にただ、やさしく言う。
「勉強会は……
アレクが嫌じゃないなら、考えてもいいけど……」
アレックスの喉がわずかに震えた。
「……嫌だ。」
しっかりした声だった。
いつもより静かで、強い。
アメリアは目を瞬く。
(……アレク……?
なんで……そんなに……)
アレックスは目を逸らした。
頬がかすかに赤い。
「嫌なんだ……
アメリアが……他の誰かと……いるのが。」
アメリアの胸が
どくん、と大きく跳ねた。
理由は分からない。
でも、胸が熱くなる。
アレックスの言葉の裏にある感情が
ぼんやりと形を帯び始めていた。
そしてアレックス自身も
自分の胸に宿る“何か”に
まだ気づききれてはいなかった。




