安心と、胸の奥に芽生えた何か
アレックス視点
朝の光が差し込む廊下を、
アメリアと並んで歩く。
アメリアは先ほど靴紐を結んでやった時から、
どこか柔らかい笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見て、
アレックスは胸の強張りがゆっくりほどけていくのを感じた。
(……よかった。
今日は……昨日みたいに寂しそうじゃない。)
アメリアが自分を避けていると思った昨日。
胸がちくりと痛んで、
授業どころではなかった。
けれど今は──
横にアメリアがいて、
笑ってくれている。
ただそれだけで、
胸の奥に暖かい灯が灯る。
アメリアがふと楽しげに言った。
「今日はいい天気だね。
何だか気持ちが明るくなるよ。」
「……ああ。」
本当は“アメリアが笑っているからだ”と言いたい。
でも、それを口にする言葉はまだ準備できない。
アメリアが制服の胸元を押さえながら微笑む。
「ねえ、アレク。
昨日……ありがとうね。」
その言葉が胸に深く落ちた。
(……アメリアに“ありがとう”と言われるのは……
どうしてこんなに……嬉しいんだろう。)
アメリアが誰かに礼を言う姿は何度も見てきた。
けれど、“自分だけに向けられたありがとう”は
まるで特別な魔法のように心を満たす。
その瞬間、
胸の奥がじん、と熱くなる。
(……アメリアが誰かに守ってほしいって思う時……
俺以外じゃ……嫌だ。)
ふと生まれた感情に、
自分で自分が驚いた。
(……今のは……何だ?)
アメリアは気づかず、
いつもの明るい声で続ける。
「今日は何の授業かな。
たくさん歩きそうだけど、頑張らなきゃね!」
アレックスは横目でアメリアを見た。
柔らかく揺れる黒髪。
朝の光を映して赤くきらめく瞳。
何も知らない無垢な笑顔。
(……アメリアは、俺の世界を全部明るくするくせに……
時々、他の誰かに向けて笑う……
それが……嫌だ。)
その感情の名前が
まだ彼には分からない。
ただ胸の奥で、
ゆっくり、確かに何かが芽を出していた。
アレックスは足を止め、
アメリアを呼んだ。
「……アメリア。」
「ん?どうしたの?」
アレックスは言葉を探したが、
結局ひとつだけが口からこぼれた。
「……今日も、隣にいろ。」
アメリアは少し驚いたように瞬きしたあと、
ふわっと微笑んだ。
「もちろん。
アレクの隣にいるよ。」
その言葉は、
アレックスの胸にすっと溶け込んだ。
(……そう言ってくれるなら……
アメリアは……俺が守る。)
心の奥で芽生えた何かが
静かに根を張りはじめていた。




