すれ違いを溶かした一秒
寮の玄関ホールは、夕方の点呼で人が集まり始めていた。
学生たちの声が重なり、普段より少しざわついている。
アメリアとアレックス、ノエラの三人が入ると、
寮母が呼びかけた。
「玄関で荷物を倒した人がいるから、気をつけてねー!」
見れば、玄関脇に積んであった箱が一つだけ不安定に揺れていた。
誰かが急ぎ足で通ったせいだろう。
アメリアは気づかないまま、その横を通り過ぎようとした。
カタンッ──。
ほんのわずかな音。
でもアレックスには“危険”の合図に聞こえた。
次の瞬間には身体が勝手に動いていた。
「アメリア!」
アメリアの腕を掴んで、ぐっと引き寄せる。
箱が落ちる。
アメリアのすぐ横に、ドサッと重い音を立てて。
「あ……っ!」
アメリアは驚いてアレックスを見上げた。
アレックスの腕の中に、
すっぽり収まる形になっている。
ほんの少しだけ、鼓動が近い。
(……また、助けられた……)
アメリアは胸がふわっと温かくなった。
アレックスは箱を睨みつけたあと、
アメリアへ向き直った。
「気をつけろ。
こういう時、周りをちゃんと見ろ。」
いつもなら少し棘のある言葉。
でも今日は違う。
声は低いのに、
やわらかくて、
どこか震えていた。
(……怖かったんだ……アレク……)
アメリアは息をのみながら答える。
「……うん。
ごめん……アレク、ありがとう。」
ありがとうと口にした瞬間──
アレックスの表情がわずかに緩んだ。
ほんの少しだけ。
頬が赤くなったのをアメリアは気づいていない。
(アメリアが……笑ってる……
よかった……本当によかった……)
アレックスの胸の奥の緊張が
じわじわと解けていった。
その様子を、ノエラは横目で見ながら
心の中で静かに拍手した。
(はい、すれ違い解消〜〜〜。
よかった……本当に……
隊長、幸せになってください……)
アメリアはまだアレックスの腕の中。
そのことに気づいた瞬間──
アレックスも同じタイミングで
ハッと目を見開いた。
「……っ!」
慌ててアメリアから手を離す。
アメリアも急いで一歩後ろへ下がった。
けれど、二人の指先には
一瞬だけ、離れる前の温度が残っていた。
アメリアの胸はどきどきしている。
アレックスの胸はもっとどきどきしている。
(……やっぱりアレク……
すごく……かっこいい……)
(……アメリアは…
俺が、かならず守る……)
二人の心の温度は
それぞれ違う形なのに、ふしぎと同じ方向を向いていた。




